生徒たちとの対面
そうして、学園長と話をしてから三日後。
学校側が事前に一年契約で用意してくれていたワンルームの小汚いアパートの一室を出て、最初に訪れた夜のちょっとした寒さが嘘のような、温かい春の陽気。
朝から賑やかな市場通りを横切り、再びこの学校へとやってきた。
ついに今日から、この学校で教鞭を執ることになる。
……ドールが、だけど。
私は相変わらず、あらゆる武器が詰まった籠を背負ったまま、その隣に立つだけだ。
まあ、子供にしか見えない私が前に立ったところで、誰も話を聞いてくれないだろうから順当だろう。
この国での──というかほとんどの国では、魔法使いの学校は、厳密には教育機関ではない。
ここでいくら教育を受けようとも、学歴欄には何も書くことが出来ないのだ。
言ってしまえば塾のようなものでしかなく、現に入学して全く勉強せず過ごしても、平気でそのまま卒業できてしまう。
そして一度卒業した学校には、二度と入学することが出来ない。
とはいえ、別の街にある学校に行くことはできるので、列車など交通手段が発達してきた今となっては、大した制限ではないだろうが。
学校としても生徒が入ってくれなければ、満足のいく運営も出来ない。学びたい人を選んでいる余裕なんてない。
ちなみに魔法を扱う職に就くことになっても、魔法を学べる学校に行っていた、なんて経歴は、ほぼ価値がない。
精々「同能力で何も学んでいない人よりはマシだろう」程度にしか思われないだろう。
魔法使いの能力で就職しようというのだから、あくまで必要なのはその実力。
それならば、その場で確認したほうが手っ取り早いというものだろう。
今回私達が行く学校は、入学から卒業までの期間は二年。
そして先に入学していたからと言って、後で入学してきた生徒よりも良い授業が取れるという訳でもない、そんな場所だ。
つまり、新入生と既存生が同じ授業を受ける、なんてことがザラに起きるということ。
魔法を一年学んできた人と、新しく入ってきた人……その差は大きい。
まあ当然、この学校の仕組み上、本人たちの“やる気”に依存することになるのは言うまでもないが。
「俺達が生徒を教える場所はここか」
言ってドールが立ち止まったのは、学校の敷地隅にある、フェンスで囲まれた一角。
広さとしてはそこまでではない。野球というスポーツをしようとすれば、ベースを規定距離に置き、外野の人を置いてしまえば、すぐ背中が壁についてしまうだろう。
フェンスで覆っているのではなく、四方の内二辺が建物の壁で、残り二辺をフェンスで囲うことで敷地として成り立たせている。
元々生徒たちに補習させる際に使うエリアだと聞いていただけに、納得の広さだ。
嫌がらせで人気のない端に追いやられた……という訳ではないだろう。
魔法を扱える場所を教室代わりに、とお願いした上でのこの場所。
フェンスの向こう側にいる生徒の数が二桁にも満ていないところを見るに、授業を受けた生徒が少ないからここになった、と考えるのが自然だろうか。
明日以降は他の授業との兼ね合いで、参加してくる生徒といない生徒が出てくるが、少なくとも初回の授業となる昨日と今日は違う。
先生側が自分の授業にどれだけの生徒がいるのかを把握するためにも、この二日間はどの授業も全生徒が参加出来るよう、学校側で時間割が調整されている。
つまり今、あの中にいる九人だけが、この授業を受けてくれた生徒全員、ということになるだろう。
こんだけ少数なら、週二回ある授業のどちらでも、この全員の顔を見ることになりそうだ。
「これで全員か。思いの外集まったな」
授業開始の鐘が鳴る前にその敷地内へと入り、生徒たちを見回してドールはそう声を上げる。
大きな声、という訳ではないのだが、さっきまで幾つかのグループに別れて、何やら雑談を交わしていた生徒たちの声が止んだ。
……まあ、自分たちとそう変わらない若い声が聞こえ、次いでそちらを向いてみれば、年上なのは違いないがそこまで年は取っていない男が、言葉だけは教師然としたことを言ってくるような場面に巻き込まれては、仕方がないと言えば仕方がないのだろうけど。
「さて、また授業は始まっていないが、挨拶はしておこうか。
俺の名はドール・ラティーク。この学校で一年間だけの臨時講師をすることになった、雇われの教師だ。名前は無理に覚える必要はないが、その場合は先生と呼んでもらうことになる。
ま、短い間だが、よろしく頼む」
まるでその短い自己紹介が終わるタイミングを待っていたかのように、授業開始の鐘が鳴った。
ドールの後に続くように入った私は、いくつもの武器が入った籠を背負い直しつつ、彼の少し後ろに待機して、生徒たちを見渡す。
男子三人に女子が六人。男子は三人で固まっているが、女子は四人グループと二人グループに別れている。
……と、女子グループの二人しかいない方の片割れ……あの子はこの街に来た夜に助けた子じゃないだろうか? 昨夜とは違いメガネを掛けているため、パッと見は人違いかもと思ってしまいそうだが、向こうも私とドールを見て驚いているようなので、間違いないだろう。
なんとも珍しい巡り合わせだ。
「ちょっと」
と、女子四人グループの一人──生まれつきの私とは違う、後天的に焼けたような肌色と、大きな胸を強調した露出の激しい服装がかなりセクシーな子が、指を差す代わりに、視線を私にくれる。
「その子供は何なの?」
「ああ、俺の生命線みたいなものだ──」
言いながら、ドールは右足を一歩後ろに引き、私が背負っている籠の中から一本の木の剣を抜き、続ける。
「──が……ま、気にするな」
「気にするなって……」
「とはいえ、ただ無関係者を連れてきただけって訳でもない。
これでも魔女の端くれだ。魔法使いはその起源の関係上女が多いからな。男の俺よりも相談しやすいこともあるだろ」
「そう言えば、先生は男性の方でしたわね」
褐色巨乳の隣にいた子が、丁寧な言葉遣いながらもどこか嫌味っぽく口を挟んできた。
「私達、実技系の授業を男性に教わるのは初めてなのですが……どういった魔法をお使いになるのですか?」
「生憎だが、俺は魔法を使えない」
「えっ? それなのに、私達に授業を?」
小馬鹿にしたような言葉にもしかし、ドールは気にした様子を全く浮かべない。
「それなのに、だ。
こんなのでも、お前たちに教えられることが沢山あるんだよ」
「ふふっ、とてもそうは思えませんけど」
「そうは言われても、この授業を取った以上は受けてもらうことになるだろ? 今更変えられる訳でも無いのだから、役に立たないと思ったらサボるための授業だと思ってくれて構わんさ」
あっさりとそんなことを言われると思っていなかったのか、その女子生徒は面食らった顔を浮かべ押し黙った。
「真面目に受けさせる授業内容に出来なかった俺が悪いというだけの話だ。
尤も、そんなことにはならんだろうがな。
なんせお前たちは、授業内容を書かず、講師の名前も見たこと無い奴の授業を受けたんだ。それだけで、魔法使いとしての素質はある」
「は?」
と、これは男性生徒の集まりから漏れた言葉。
とはいえ、他の皆も言葉にはしなかったものの、同じような疑問を抱いているのがすぐに分かった。
「魔法使いに必要なのは好奇心──それも、自分自身に向けての、な。
自分の魔法を開花するために必要なのは、まず自分について深く考え、自分ですらも気付いていない奥底を見つけることだ。
そうしなければ魔法の開花はまずあり得ん。
次に、そうして開花させた自分の魔法を、どうやって発展させていくのかを考える必要がある。最初は教科書通りのものでも良いだろうが、そんなものは相手に対処されやすいということでもある。
せっかく自分にしかない魔法なんだから、自分にしか思いつかない発展を加えて、誰にも対処できない魔法を身につけるべきだろう。
そしてそれをするためにもまた、好奇心が必要──という訳だ」