学園との契約
「まさか、こんな深夜に来られるとは思いませんでしたよ」
「電車が俺たちを怖がってな。途中から歩きで来ることになったんだよ。文句なら鉄道会社にしてくれ」
絨毯が敷かれ、シンプルながらも部屋に合った調度品が随所に置かれた綺麗な部屋。
その中央に向かい合うようあったソファに深く座り込むドールをチラりと見た後、彼女は私と、その背負っている籠の中身を怪訝な目で見つめてきた。
この荷物の危険性を指摘されて電車を降ろされた、とでも思っているのだろう。
正解だ。
綺麗な白髪を一つに纏め、目元の鋭さをそのままに歳を重ねているのが分かる外見をした、教育ママのような雰囲気をした女性。
この目の前に立つお年を召したこの女性こそ、これから私たちが勤務することになる学園の長だ。
ドールとは違い籠を背負ったまま隣に立つ私をそのままに、彼女もまた机を挟んでドールと向き合うよう、もう一つのソファへと腰を下ろす。
疲れているのを誇示するかのように深々と座るドールとは対象的に、背中に鉄棒でも入れているのか背筋をピンと伸ばしているその姿は、生真面目でマナーに煩そうな感じがしてしまう。
「ですが、連絡の一つをするのが常識ではないですか?」
「驚いたな。この学校にはちゃんと電話が設置されているのか? そうした連絡を取る手段を教えてもらえないから、てっきり魔法使いらしく無いものだと思っていたが」
本来なら朝の内にこの街に着いて、そのままこの学校へと足を運ぶ手はずだった。のだが、さっきドールが言ったように、あと数駅というところでこの籠を指摘され、電車を降ろされたのだ。
そこからは、商人の馬車や道を走るトラック等を捕まえることも出来ず、歩いてこの街まで来たので、こんな時間になってしまった。
この街に着いてすぐ、脇目も振らずこの場にそのまま向かっていれば、時計の長短針が頂点で交わる間際とかいうこんな時間にはならなかっただろう。が、人気の無い道に追い込まれるよう逃されている女の子を見かけ、助けない訳にも、助けてそれっきり放置という訳にもさすがにいかなかった。
「そのような言い訳……そんなことで我が校の教師が務まるのですか?」
嫌味ったらしい目をドールに向けるが、彼は一つ鼻で笑い、
「務まる、というお墨付きはしっかりとあるはずだが? それとも、『並行世界』の魔王程度の推薦状では不服ということか?」
「っ……」
そう言われては、何も言い返せないだろう。
世界に八人しかいない、“世界と契約した魔法使い”。
それが「魔王」。
この存在がいなければ、今頃魔王以外の魔法使いは、自分の中にある魔法しか使えないことになっていた。
そんな、あらゆる魔法使いの可能性を広げている人物からの推薦状でダメだと言うのなら、誰なら魔法使いの学校に相応しいというのか。
「尤も、あなたがこちらの提出した書類が本物かどうかの判断すらも出来ない人だと言うのなら、こちらとしても色々と考える必要が出てくるかもだがな」
「……分かりました。次からは気をつけて下さい」
ドールの言葉に苛立ちを覚えながらも、学園長はなんとかソレ抑え、話を先に進める。
「本当は今朝の朝礼であなたを紹介する予定でしたが、それが出来ませんでしたからね。明日改めて時間を取りますので、挨拶の方を考えておいて下さい」
「いや、挨拶は必要ない」
「は?」
「ここは生徒に講義を選択させる方式だろ? 違ったか?」
「……ええ。その通りです。ですがどうしてそれを?」
「随分前にこの学校には世話になったからな。その頃から変わっていなければ、というだけだ。
ともかくそういうことなら、選択講義の一覧に、俺が担当することになる『魔力操作』を加えてくれるだけで良い。もちろん、講義内容について説明する時も、特別なことを言う必要はない」
「それは……」
「魔王の推薦があった教師だからといってわざわざ紹介すると、それだけで興味もなく来るかもしれない。
俺としては、受けたいと思うヤツだけ来てくれればそれで良い。どうせ一年間の特別講義だから、そこまで念を入れる必要もないだろう」
「…………」
ドールの言葉を受け、こちらが事前に送っていた書類に、改めて目を通す学園長。
魔王推薦の教師なのに、その給料が新人教師並に安い。そのことにようやく合点がいったのかもしれない。
魔王推薦の教師、と銘打てば、確かにほとんどの生徒が彼の講義を取ろうとするだろう。
なんせ世界に八人しかいない魔法使いの推薦だ。魔法を真剣に学びに来た者にとっては、受けないほうがどうかしている分類に入る。
「第一こちらとしても、生徒数が増えて、一年以上この学校に勤めて欲しいとされても困るしな。そちらとしても、こんな約束の時間も守れないようなヤツ、無駄に長く居させるのも面倒だろ?
そもそも魔王推薦の教師なんて肩書き自体が、学校全体にトラブルの火種を招く可能性すらある。黙っているのがそちらとしても得策だと思うが」
「…………分かりました」
一度目を瞑り、小さく息を吐き出した後、とりあえず学園長も納得してくれた。
きっとその頭に浮かんだのは、ドールが示唆した、魔法使いを目の敵にしている人間達のことだろう。
何百年も前、一人の男が多くの魔王を殺し、その英雄然とした姿に感化された人間達が、同じく多くの魔法使いを殺そうとした。
その時はその一人の男が殺されたことで収まったが、今でもまだ、魔法使いの虐殺を行おうとする者達は確かに存在する。
特に、何かの組織に属しているという訳ではない。
宗教的なものがある訳でもない。
ただ全ての魔法使いは、奴らのことを、恐怖と警戒心を込めてこう呼んでいる。
かつての一人の男を指していた単語と、当時頓挫したその作戦名を併せた──『勇者の魔女狩り(ブーンドック)』という名を。




