決着は、一瞬
「今までの子達なら、開花している自分の魔法を使ってきたもんよ~。
まあその場合は対処できないと逃げてたんだけど……でも、そういう魔法がない場合は、君のように自分から襲ってきた。
つまり、アンタはまだ己の魔法を開花してない、って訳だぁ!」
「っ、ぐっ……!」
離れない。
掴まれた木片を後ろに引こうとも、びくともしない。
「でもその中でも、いきなり首元を狙ったり、こうした拾った武器に魔法を使ったりしてきたんだけどさ~……君はそれをしなかったもんね~。
自分が犯されるかもしれないのにさ。
本当に優しい子だね~」
木片を掴んだ男が何かを言っているが、少女の耳には届いていない。
ただ必死だった。
自分の作戦があっさりと破られ、次にどうして良いのか分からなくなったその頭で、逃げるための方法を考えながら、とりあえずこの状況をどうにかしなければという衝動だけに身を任せ、動いていた。
「だから、そこまで酷いことはしないであげる☆」
ここでようやく、そのパニックで埋め尽くされた頭の中に、僅かにだが冷静に思考できる部分が蘇ったのだろう。
その掴んでいた木片を──凶器としていたソレを、ようやく自分から手放した。
ドスッ!
「っ!」
それとほぼ同時に、再び木箱の中へと蹴り落とされる。
窪んでいた木箱すらも壊し、積み上げていたそれが再び崩れ、身体の上に落ちてきた。
再びの衝撃。
先程から中身が空で助かっているようなものだ。
もし中身が重いもので満たされていたら、今の彼女では内臓の一つぐらいは潰れていたかもしれない。
「おいおい、優しくするんじゃねぇの?」
「優しくしたっしょ? 魔法使わねぇで蹴ったんだし」
確かに、と笑いながら、連れの男が並んでくる。
……あの少女には今、この景色がどう映っているのか。
きっと衝撃でボヤける視界の中、ただでさえ自分よりも背の高い男二人が、自分を見下ろし、いやらしい笑みを浮かべているように見えているのだろう。
ただ男二人の視線は、少女の顔、というよりも、そのめくれ上がったスカートの中や、そこへと繋がる太ももへと注がれているのだが。
「んじゃ、連れて行くか」
「だね~。向こうで楽しめて翌朝渡して金もらえて、いい気分になるのに金がもらえるなんて、めっちゃ良い仕事っしょ」
頭がグラつき、視界も定まらず、辛うじて薄っすらと開いた瞳はどこも見ることが出来ていない。
蹴られた時に頭でも打ったのか、ちゃんとした思考も出来ていないであろうその少女の手を掴み、引き上げようとする男たち──
カツン。
「「っ!!」」
──その後ろから突然、何かで壁を叩くような音がすれば、驚いて振り返ってしまうのも無理はないだろう。
「そんなに良い仕事なら、俺にも一枚噛ませてもらえないか?」
立っているのは、男たちが少女を投げ飛ばした場所。
どこかカッコつけているようなセリフを吐いたのは、一振りの木の剣を持った男性。
音の正体は、その木の剣で建物の壁を軽く小突いた音。
「もっとも、お前たちみたいな小悪党なんかとつるんだところで、俺の格が落ちるだろうがな」
どこか少年の色を残したその声が、閉鎖されたこの場所ではイヤに響く。
きっとこの男に、口調と同じような威厳のある風貌が整っていれば、少女を連れ去ろうとしていた男たちもビビってくれたかもしれない。
硬さがありそうな金色の髪に、少し幼さが残っているようにも見える鋭い目つき。
整っていることに違いはないが、整いすぎている訳でもない顔立ち。
にも関わらず、今の暗がりも合わさって、どこか近寄り難い雰囲気がある。
きっとそれは、平均的な身長に平均的な体つきと特別強そうには見えない癖に、その佇まいに一切の隙が見受けられないせいだろう。
「おいおい、カッコつけて男の子が入って来ちゃいましたよ~?」
「お土産でも買ってもらってイキっちゃいましたか~?」
小馬鹿にした顔で乱入者を思いっきり煽る。
ただそこに、油断なんてものはない。
カッコつけるためにイキってこの状況に入ってきたということはそれなりに強い魔法を持っているかもしれない、と考えているからだろう。
「まあ、そんなところだと思ってくれて構わんさ」
──そう、男の返事に注意が向き、少女と僅かに距離が開いたその瞬間、“私”は男たちと少女の間に立つよう、その建物から飛び降りた。
「「っ!!」」
フワリと、極力音を立てないように降り立ったつもりだが、この静けさではあまり意味を成さなかった。
……まぁ、背負っている大きな籠の中身まで、音を完璧には抑えることが出来なかったせいだろう。今の状況ではその少しでも、やたら大きく響いてしまった。
「失礼」
誰にでもなく一言断って、私が入り込めそうな程のその大きな籠を、驚き警戒する男たちとの間にドガっと置く。
「大丈夫ですか……?」
そして無防備にも後ろを振り返り、倒れたままの少女の頬をペチペチと叩いて声をかけた。
「う……うん……」
未だ定まらぬ視点のまま、辛うじて頷きを返してくれる。
……意識がちゃんとしていれば、少女は私に声をかけられる違和感で顔をしかめたかもしれない。
私の背後にいる男たちが手を出してこないのだって、この状況にそぐわない“子供”が現れたからだろう。
褐色の肌を隠すための、色褪せたフード付きの白コート。
肩の後ろまで伸びた赤みがかった茶色い髪も、どこか子供っぽい。
先程まで背負っていた籠を背負えば、少し大きなコートも合わさって、余計小柄に見えただろう。
「その中の物は好きに使え」
この袋小路の入口近くから聞こえる口調に反した少年っぽい声。
その中の物……というのは、私が男たちとの道線に置いた、いつも背負っている籠の中身のこと。
一振りの長剣から両手じゃないと持ち上がらないだろう大剣、抜き身で無造作に入れられた両刃斧に弓と矢筒、三節棍に折りたたみ式の槍とその先端を斧槍に変えるための装備その他諸々……大雑把に言えば「色々な武器が入った大きな籠」だ。
少年声の持ち主──ドールが持っている木の剣もまた、いつもはここに入れている武器の一つだ。
「抜いた瞬間か、このまま俺が近づいて間合いに入ったら、戦闘開始だ。降参はそれまで受け付けてやるし、逃走だって許してやる」
静かな夜を刻むよう、一定間隔で聞こえる歩く足音。
それが段々と近づいてくるのが、少女に意識を向けている私の背中にも伝わってくる。
その足音が、まだ遠くにある内に──
「はぁ? テメェバカかっての!」
──少女を追いかけていた男が、籠の中に手を突っ込み、鞘に収められたままの長剣を引き抜く。
「こんなに武器があってもテメェと戦うかっての!」
叫び、その剣が鞘から抜かれる音の中──
「こっちには女二人の人質が──」
──急に、バカン! という重い音と共に、男の声が止まった。
……背中で行われている行為は見えない。
見えないけれど、何が起きたのかは、察することが出来た。
「出来るんなら、やってみせて欲しかったもんだ」
なんせドールの声が、さっきまで聞こえていた足音の場所よりも遥かに近くで、聞こえてきたから。
抜いた瞬間、戦闘開始とドールが言った。
だから私達をすぐに殺せると示すため、得物を取って抜いたその瞬間……魔力操作で加速して接近し、その後頭部を木の剣で殴りつけたのだろう。
「えっ……?」
それも、殴られた男の相方が気付かない程の速さで。
特別な魔法なんてものはない。
男たちと少女がさっきまでの逃走劇でしていたのと同じのを、高レベルで行っただけだ。
殴られた男は“そうして気絶させられたことすらも気付かず”、意識を失ったに違いない。
「抜いたら戦闘開始。そう言ったはずだが」
「あ──」
もしかしたら、少女を投げ飛ばしたその男は、謝罪を口にしようとしたのかもしれない。
しかしそれより、ドールの木の剣が男を殴りつける方が、圧倒的に速かった。