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募る思い


再び意識を回復したとき、僕は誰かに抱えられ運ばれていた。

この感触は覚えがある。何よりこの香り。日本女性よりもつよく女性を意識させる香り。


『・・・アマンダさん?』


『セツコ。大丈夫?ヨシヒロ中隊長から依頼を受けあなたを搬送するために来た。

沖縄の病院に貴方を送るわ。安心して。そのまま眠ってて』


この時僕は知らなかった。出来るだけ早く、僕をCT検査ができる病院へ緊急搬送するために、連隊長が沖縄の海兵隊に掛け合ってくれたことを。その結果、速度があり足の長いオスプレイが、「いせ」艦上まで迎えに来てくれた。僕は最速でCT検査の可能な那覇市内の病院に搬送されることとなった。


*****


検査の結果、心配された硬膜下出血やくも膜下出血の症状は見られなかった。

だが、同時に眼窩底骨折および視神経管骨折、視神経損傷が確定診断された。手術をしたとしても損傷した視神経の回復が困難な状況だ。結局僕は、手術はせず、3週間余りの入院・加療との診断が下された。

翌日、米軍が横田・沖縄間で運行する輸送定期便に便乗させてもらい、自衛隊中央病院に転院する運びとなった。こういう時、米軍は意外なほど傷病者のために融通を効かせてくれることがある。


視力を失い、安静のため寝ている事が多くなると、昼夜の区別が付きにくい。特に、朝、目が覚めた時は、時間の感覚がなく不安な気持ちになる。

一人、ベッドの中で体を起こし、これからのことを考える。


これから、ちゃんと生きていくには、いろいろ覚える必要があるだろう。

何から手を付ければよいのだろう?

自衛隊は退役することになるだろう。もう医官は続けられない。

退職金や保険のようなものはどうなっているのだろうか?

成人後の失明者のための学べる場所が、相浦駐屯地の近くにあるといいけど。

携帯も、スマートフォンでは使えない。ガラケーに変えなければ。

いろいろ、調べたいことがあるけど、手を付けられない。どうしたらよいか。


ふと、人の気配を感じ少し警戒する。


『おはよう、セツコ。早いのね』


この声は、アマンダさんだ。まだ朝食前だけど来てくれたんだ。

自衛隊もそうだけど、軍人の朝はどこの国でも早いですよね。


『おはよう、アマンダさん。今何時ですか?』


アマンダさんはその問いに答えることはなく、僕の近くに歩み寄ると、僕の頭部のけがを気遣いながら、優しく抱きしめてくる。


『なぜここに、ノリコはいないの?私ならあなたを一人にはさせないわ』


いつもの明るい雰囲気とは違う。そうか。彼女は僕の診断結果を知ったのだな。


『彼女は怪我をしています。それに、責任ある立場です。今ごろは、「いせ」で佐世保に向かって航海中だと思います。彼女にはアイノウラキャンプまで、隊を連れて帰る義務があります』


『そんなもの、関係ないわ』


『それはだめです。僕が望みません』


アマンダさんが大粒の涙を流していることに気付く。僕は、彼女が僕のために泣いてくれたことに感謝をする。


『ありがとう。アマンダさん』


彼女の涙が僕の心の不安を少し洗い流してくれる気がした。


*****


その日の昼、僕はアマンダさんに助けられ米軍の沖縄基地から横田基地に移動した。移動先で頼りになる人が声をかけてくれる。


「お疲れ。立花一尉。どうだ、新しいC130のJ型は?」


「沼田二佐、すいません。付き合わせてしまって。これは新型だったのですか?全然、わかりませんでした。二佐は横田まではどのように移動されたのですか?」


「幸い、負傷者数も大したことなかったからね。派遣部隊は臼杵に任せた。私はどのみち東京に帰る必要があった。佐世保入港前に、ヘリで大村航空基地に送ってもらい、長崎空港から民間機で羽田に移動したよ。此処に来たのはつい先程だ。さあ、一緒に中央病院に行こうか」


沼田二佐は、僕が気を使わないよう、あえて自らの利便性を強調して話し掛けてくれる。彼女の優しさが身に染みる。


彼女は中央病院に入院した後も、暇を見つけては僕の部屋に来て、僕が必要なことを調べるのを手伝ってくれた。特に、退役にかかわる手続きについては、ずいぶんと助けてくれた。おかげで、これから僕がやるべきことが少しだけわかってくる。


僕は、他人に迷惑をかけずに、生きていく必要があるのだ。

そして、彼女との約束を果たしに、一人で相浦に帰るんだ。自分の足で。


夜、ベッドで一人になると、僕は教子さんのことを思い出す。


初めて会った時の横顔。

一緒に帰った夜の笑顔。

赤色灯下での優しい顔。

出撃前の凛々しい横顔。


それらの思い出はどれも色鮮やかだ。

僕はその映像を忘れたくない。


だから何度も思い出す。


彼女は今頃、何をしているだろうか?


彼女に会いたい。





*****





派遣部隊は本日の解団式をもって解団し各部隊は通常勤務に戻った。


私は久しぶりに自宅に戻る。

夜の風は秋の訪れを感じさせる。


今の私を支えるのは、小隊長と言う責任感だ。

一人になると後悔ばかりが募る。


私のせいだ。


あの時、私は道雪の指示に従い、負傷者として「いせ」に戻ってしまった。少し考えれば分かったはずだ。彼が医官として不法侵入者の遺体の確認を行うリスクがどれほどのものか。彼が、一つの命を救うために、何をするか。


私は道雪のもとを離れるべきではなかった。彼から眼を離してはいけなかった。


那覇の病院で検査を受けた後、彼は自衛隊中央病院に転院した。彼の病状については、指導医だった沼田二佐が頻繁に連絡を入れてくれる。彼は相浦駐屯地近くに視覚障害になった方が学べる場所を探しているらしい。彼は忘れていないのだ。出撃前の最後の約束を。


アマンダからもメールがあった。那覇にいるときに見舞いに行ってくれたらしい。彼女は彼の前で私を非難したらしいけど、彼は私を庇ったそうだ。それでも彼女は私を責めてくれる。彼女に責められることで、私は救われている。


道雪。


あなたは今、どうしているの?

一人で暗闇の中にいるの?

寂しくはない?

不安になってはいない?

傍に誰かいてくれるの?


あなたに会いたい。


会ってその体を抱きしめたい。



道雪。









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