9.二層・レギオニス古代遺跡(1)
石造りの通路に、高い天井。壁にはニューラの文字とは違う、奇妙な模様が描かれている。ぼんやりと発光する模様は、異質な雰囲気を醸し出すと同時に、回廊を照らす照明代わりにもなっている。
まるで、古代遺跡の中を歩いているような気分だ。
そして、それは間違っていない。
レギオニス古代遺跡。
俺達がいるのは二層の東に位置する場所だ。
ここは迷路のように入り組んだ巨大な建物の内部でその名の通り、今や誰も住む者のいない遺跡だ。
「迷宮兎窟とは随分雰囲気が違う場所ですね」
「そうだな。地下迷宮ヨルムは大きな一つのダンジョンだが、その内部は場所によって全く違う。ダンジョンというよりも、いくつかの異世界が組み合わさっ
たような場所だと思った方がいい」
クーニャの言うとおり、薄暗く湿った雰囲気の迷宮兎窟とは大分雰囲気が違う。レギオニス古代遺跡、という名前だけが伝えられる石の迷宮。綺麗に整えられた遺跡は明らかに知能のある生き物が作り上げた場所、という雰囲気を感じさせる。
だが、ここにそんな敵はいない。いるのは他の場所から入り込んで住み着いた迷宮トカゲの一種と、
「テ……キ……発見……テキ、テキ……」
知能のない、魔法によって稼働する石人形だけだ。
「こっち来ましたよ、ユズル! しかも三体!」
歪な形の石をつなぎあわせ、無理やり人型にしたそれの大きさは三m弱。俺たちを認識すると一直線に向かってくる。
更に手前のゴーレムの奥、曲がり角の先からも新たに二体のゴーレムが姿をあらわす。
「落ち着け。こいつらは魔力で近くの仲間を呼ぶから、逃げまわると余計に敵を増やすことになる。だから、ここで倒すぞ」
腰の剣を抜いて構えると、クーニャも覚悟を決めたのか、弓を握る。
それを確認して俺は剣を構えたまま前にでる。できれば、奥の二体が寄ってくる前に手前を潰しておきたい。
ゴリッ、ガコッ、と床と石がこすれる音を立てながらゴーレムが近づいてくる。
一歩、二歩。そしてあと一歩でお互いの攻撃領域という距離まで近づく。
「テキ……排除!」
緩慢な動作でゴーレムの石の右腕が振り上げられる。それが叩きつけられる前に俺はゴーレムの懐へと踏み込み、剣を下から上に向かって刃を一閃。右腕の肘に当たる部分から先の石がバラバラと地面に落ちる。
魔力によってつながっていた石と石の接続部分を断ったのだ。
「遅えっ!」
だが相手は命を持たないゴーレムだ。当然、右腕を失っただけでは止まらない。
今度は左腕を振り上げようとする。が、その前に蹴りをゴーレムの左膝部分に叩き込む。強化魔法の<フィジカルエンチャント>で強化された蹴りは石を砕くのに十分な威力だ。
膝から下を勢い良く吹き飛ばされたゴーレムはバランスを崩し、後ろへとひっくり返る。すぐさま、倒れこんだゴーレムの残った左腕、右足にも剣を振るう。魔力の流れが断ち切られたことでただの瓦礫と化す石の四肢。
これでもう立ち上がることは出来ないだろうが、まだ十分とは言えない。
コイツらは放っておくと魔法式が自動で周囲の石を使って再生するからだ。
俺が剣の先でゴーレムの頭部に嵌めこまれた赤い石――結晶核を割ると、立ち上がろうともがいていたゴーレムの動きがやっと停止する。
ここまでやって、初めてこの敵は『倒した』といえるのだ。
まあ、最初っから頭部を狙えばそれで終わりなんだが。
今回はクーニャへのレクチャーだ。
「頭の結晶核を破壊すれば動きが止まる。――次、行くぞ!」
「はいっ!」
後ろで見ていたクーニャのはっきりとした返事を聞いて、俺は再び前へと駆け出す。
迫ってくるゴーレムの距離は二体ともほぼ同じ。同時に二体を相手にすることになる。
「テ……キ……」
「排除……排除……」
モフウサの脚力に比べれば大分緩慢な動きのゴーレムだが、油断はできない。当たらなければなんともないが、それは逆に言えば当たれば致命傷になり得るということでもある。このゴーレムにその将来ごと叩き潰された冒険者も少なくないはずだ。
左右から振り下ろされる腕をバックステップで回避する。直後、通路に硬いものが砕ける音が響く。
直前まで俺のいた部分の地面には大きなヒビ割れが穿たれていた。動きは単純だが、大した威力だ。
これをまともに食らったらペシャンコだな。
二体のゴーレムを見上げる。さてどちらから処理するか。
思案する俺の背後から、クーニャの声が響く。
「ユズルは右を!」
その声を聞いた俺は、すぐさま右側のゴーレムのまだ地面に埋まったままの腕の上に飛び乗ると、その頭部へと駆け上がる。
そのまま跳躍し、頭部を飛び越えながら剣を横に一閃。
結晶核ごと横一文字に切られた頭部がゴトリ、と音を立てて胴体から落ちる。
それとほぼ同時に、左側からパキン、と何かが砕ける音。
振り向くと左のゴーレムの結晶核、その中央に正確に一本の矢が突き刺さっていた。
石の巨体が仰向けに倒れこむ。
「やった……? 私が倒したんですよね、ユズル!?」
「ああ。素早いとは言えないゴーレムとはいえ、一発で……しかも真ん中に当てるとは驚いた」
モフウサに比べれば図体のでかい的にすぎないのかもしれない。
移動速度が遅いこともあって、遠距離から攻撃できるクーニャとは相性が良いようだ。
「ふふん。あの程度の動き、止まってるも同然です!」
ドヤ顔を決めるクーニャ。略してドヤーニャ。
ピンと立った耳も自慢気、尻尾も左右に揺れている。
「いい感じだな。その調子で頼む」
思っていたよりも、クーニャは冒険者に向いているかもしれない。
メンタル面に不安はあるが、それを乗り越えられれば……。持ち前の身体能力で二層ぐらいなら一人でも大丈夫かもしれない。
といっても、今はまだ早い。もう少しレベルは上げる必要があるが。
「よっと」
俺はしゃがみこみ、倒した三体のゴーレムから結晶核を回収しそのうちの一個を吸収する。
……特に変化なし。
うーん。やっぱりこの程度じゃ全然だめだな。
もっと集めれば話は別かもしれないが、俺自身も強くなろうと思ったらもっと深く潜らないとダメそうだ。
「と、いうわけで残りの二つはクーニャにあげよう」
「えっ! でも私一匹しか倒してないですよ」
「初心者ボーナスだ。初心者ボーナス」
「しょ、初心者ボーナス……? よくわかんないけど、ありがとうございます」
さっそく俺から受け取った結晶核を吸収するクーニャ。こっちじゃステータスが見れないのでわからないけど、これでクーニャのレベルが上がればいいんだが……。
二つの結晶核を吸収したクーニャはなんか難しい顔をしている。
「んんん……」
唸りながら十秒ほどその表情で固まっていたかと思うと、今度は目を開いて不思議な顔をし始めた。
おや、クーニャの様子が……?
「ほぁ……? ほああ! なんかきました! ぐわーっと! こう、ぐわーっと!」
あ、レベル上がったっぽい。おめでとうございます。
ていうかなんだ、ぐわーって。
いや分かるんだけどな。
確かにレベル上がったらぐわーっとくるから。なんか内なるパワー的なものが。
「それがレベルアップ……あー、クーニャが成長したってことだ。そのぐわーってのを繰り返して強くなるんだ」
「ほぁぁ……私、強くなったんですね……!」
ジーン……といった感じで感極まっている様子のクーニャ。
あ、そういうときも尻尾がピーンてするんだ。また新発見。
「この調子で狩っていこう。上手く行けばもう一段階くらい強くなれるかもしれない」
「レベルアップ、ですね!」
「そうだな。レベルアップできるかもだな」
嬉しそうに跳ねるクーニャを見てるとやっぱり和む。
……頭をなでてやりたくなるな。いや、やらないけど。
知り合ったばかりの女の子にボディタッチする勇気は、俺にはない。
ヘタレって言うな。
「おっと、次のゴーレムが来たな……クーニャ、準備はいいか?」
通路の先から現れた二体のゴーレムを認めると武器を構えるクーニャ。
その目は自信に満ちている。良いぞ。その調子だ。
パニックにさえならなければ、ここでも十分に通用するのは確かだ。
「任せて下さいっ!」
俺たちは再び、ゴーレム狩りを開始する。
一度に多くの敵が集まりすぎないよう、ゆっくりと移動する。
敵と遭遇したら、俺が前に出て足止めを担当し、クーニャが弓で結晶核を撃つ。
俺も敵の数とクーニャの様子を伺いながら、きつそうだと判断したらゴーレムを倒す。
その繰り返しだ。
出来る限りクーニャに倒させるように俺が立ちまわっているので時間は少しかかるものの、狩り自体はかなり順調だ。
三十分も経つ頃にはゴーレムが二体程度なら、俺が前に出ることもなくなっていた。隣のクーニャは鼻歌交じりに結晶核を射抜いている。
いくらゴーレムの動きは遅いとはいえ、ここまで戦えるとは予想外だ。
これなら既にEランク、もしかしたらDランク程度の実力はあるんじゃなかろうか。
と、そう思っている間にもまた新たなゴーレムが登場。
「ふっふー。またきましたね……さあ、私の矢の錆になるのですっ!」
矢をつがえ、狙いを定めるクーニャ。
――その瞬間、俺の耳に風を切る音。背後だ。何かが飛んできている。
「……クーニャッ!!」
「ッ!?」
俺が叫ぶ前にクーニャの耳もその音を捉えていたのだろう。
咄嗟に弓を射つ動作を中断し、その場でしゃがみこむ。
強化した視力で、俺達の頭上を通過していくそれを見る。飛来物は青く透き通った刃だった。
刃の飛んだ先を視線で追うと、そのまま俺達の前方にいたゴーレムの結晶核の端に突き刺さる。
結晶核を破壊され、沈黙するゴーレム。
「今のは……一体……?」
「……冒険者だ。俺達とは別のな」
クーニャに首で背後を示す。それに従ってクーニャも後ろを見る。
「大げさね。ちゃんと当たらないように飛ばしたわよ」
俺達の視線の先にいたのは三人の少女――いや、冒険者の姿があった。
五人の視線が交差する。
……さて。面倒なことにならなければいいんだが。