10.レギオニス古代遺跡(2)
今回ちょっとキリが悪いです。すみません。
「……今のゴーレムは俺達が先に見つけたと思ったんだが」
立ち上がって、人影に問う。
「あら。獲物は先に手を出した方の物。冒険者なら、常識でしょ?」
俺達の後ろから現れた三人組の中の一人――片手剣と小盾を持った青銀色の髪の少女が一歩前に出て答える。
腰ほどまでもある髪の毛を二つにくくった少女の、気の強そうな瞳が俺たちを見ていた。残りの二人は黙ったまま、ことの成り行きを不安げな目で見つめている。
雰囲気的にこの青髪の娘がリーダーか。
「それはそうだが……でも、限度ってものがあるんじゃないか? 今のは明らかに、俺達の獲物だったと思うんだが」
「だったら何? 獲物を取られたくなかったら私達より先に倒せば良かったじゃない」
なんとまあ無茶苦茶な。
冒険者が皆そんなノリだったら、迷宮のそこら中でどっちが先に手を出したどうだで大騒乱だ。
先に手を出した方の物、というのは同じタイミングで獲物に鉢合わせた冒険者同士が円滑に問題を解決するためのルール、というのが前提にある。それは決して、どんな状況でも先に手を出しておけば全て自分の獲物だと主張できるというモノではない。
「何? 文句があるのかしら」
文句はあるけど……でもなあ。これ多分、言ってもわかってくれないよなあ。
話を聞かないオーラがめっちゃ出てるし。どうしたもんか。
ゴトッ、ゴリッ。
「……ユズル、またゴーレムが来てます」
背後から石のこすれる音。クーニャが俺に囁く。
俺が思案している間にも、再び通路の奥からゴーレムやってきたようだ。
クーニャは弓を握りしめるものの、この状況ですぐにゴーレムを倒すべきか悩んでいる。その動きが、一瞬鈍る。
「攻撃しないなら私がもらうわよ」
その隙を見逃さなかったのか、青髪の少女の剣に魔力が宿る。
青白い魔力に包まれた剣を振り上げ、払う。
振るわれた剣の切っ先から何かが飛び放たれる。
それは、先ほど俺とクーニャの頭上を通過し、ゴーレムの結晶核を砕いた蒼白の刃。
ひやりとした空気が俺の肌を舐める。冷気。魔力で作られた氷の刃がその正体か。なるほど。こうやってさっきもゴーレムを倒したわけか。あの距離から大したもんだ。
放たれた氷刃は空中を疾駆する。
だが――
「流石に二度目は、な」
俺は立ち上がり、アイテムボックスから果物ナイフを取り出す。
ゴーレムに向かって振り返りながら、サイドスローの要領でナイフを投擲する。当然、風の加速をつけて。
神速の速度で放たれ、一筋の銀閃と化したナイフはあっという間に少女の氷刃を追い越してゴーレムに突き刺さる。衝突のエネルギーはそれだけでは収まらず、結晶核のはまった頭部ごと粉々に砕け散る。
パギャァン、と果物ナイフと結晶核、それから石の砕ける音が響く。グッバイ、マイ果物ナイフ。
石の巨体が地面に倒れる。それに、カキン、と少女の放った氷の刃が落ちる音が続く。
「先に手を出した方の物、だったか。これでお互い様だな」
「アンタ……私に喧嘩売ってるの……!」
少女が憤怒の瞳で俺を睨む。今にも俺に向かって刃を放たんとする勢いだ。だが、そんなもので怯む俺でもない。
「別にそんなつもりはない。だが、君がそう感じたんなら、俺達が抗議したのも分かってくれると思うんだが」
結局のところ「自分がされて嫌なことはやめましょう」ってことだ。
他人の敵に手を出す自由を語るならば、自分の獲物に手を出されることも認めなくてはいけない。冒険者の間に暗黙のルールが存在するのには、それなりの理由がある。
「……うるさいっ! ちょっとできるからって調子に乗らないで。私は早く、強くならなきゃいけないんだから……!」
「そうかい。じゃあこの話はこれでお終いにしよう。ほらクーニャ、立てるか」
何やら訳ありのようだが、譲れない以上は早めに切り上げた方が良い。このままヒートアップして刃傷沙汰になったら笑えないからな。迷宮の中で魔物にやられるならともかく、同じ冒険者と殺し合いになるのは勘弁したい。俺はまだ殺される気もないし、人を殺す気もない。
黙って俺と少女のやりとりを見ていたクーニャは俺の言葉ではっとしたように立ち上がる。
「あ、はい。大丈夫です」
「じゃあな。次会ったときは、もうちょっとお手柔らかに頼むよ」
少女は相変わらず憮然とした面持ちで俺を睨んでいるが、それ以上は何も言ってこなかった。
流石にこの場で斬りつけるような真似はしないだけの分別はあったようで安心する。
「ネリネちゃん……」
「も、もういいんじゃないかな?」
「ふん……ミリス、シリィ、行くわよ」
黒髪の少女と金髪の少女が心配そうな声で話しかけている。
踵を翻して来た道を戻ろうと振り返る青髪の少女。ネリネというらしい。
さっさと歩き出したネリネの後ろをミリス、シリィと呼ばれた二人が慌ててついていく。
その後ろ姿を見ながら、クーニャがぽつりとつぶやく。
「……びっくりしました。色んな人がいるんですね」
「まあな。でもあんまり面倒なことにはならずに終わったし、全然マシな方だよ」
「もっと面倒なことがあるんですか?」
「ああ。プレイヤーキラー……冒険者狩りって言ってな。他の冒険者に奇襲を仕掛けて荷物や装備を奪おうとする奴らがいるんだよ」
ゲーム内でもそういうプレイヤーは極一部に過ぎなかった。だが逆にどんなゲームをやっても一定を割合でいるのが同業者殺しという存在だ。恐らくこっちの世界でもそういった人間がいる確率は高い。
気を引き締めないとな、と思う。この世界では死んだらそこで即、ゲームオーバーだ。コンティニューは存在しない。
「同じ冒険者を襲うんですか……。私には理解できないです」
「俺も同じ気持さ。……さて、ゴーレムの結晶核を回収したらそろそろ戻るか」
迷宮に潜り始めて三時間程。そろそろ日も暮れる時間のはず。いい頃合いだろう。
――ガコッ。
そのとき、通路に何かがはまったような音が響く。
「えっ?」
音のした方を見ると、ネリネが自身の足元を見つめていた。俺もその視線を追う。遠目で確認しづらかったが、踏んだ部分の床がへこんでいた。
直後、ネリネの足元の床から魔力が迸り、魔法陣が広がる。危険を察知した彼女がその場から飛び退く。
魔法陣は光を放ち、通路の幅一杯に大きさとなる。当然俺達が発動したものではないし、ネリネの反応を見るに、彼女達の誰かというわけでもない。
――罠!
俺とネリネが同時に叫ぶ。
スイッチと床の見分けがつかない程の精巧な罠。
少し前に同じところを通った俺でも気づかなかった。というか、このエリアに罠があること自体、初めてだ。俺の知っている世界とはやはり違う所があるということか。
全員に緊張が走る。
踏んでしまったものは仕方がない。が、問題は罠の種類だ。もしもこのエリア中の敵を呼び寄せるものだったりしたら厄介だ。
だが、結果は俺の予想とは違うものだった。
「……なにこれ。扉?」
ネリネが不思議そうな声をあげてそれを見上げる。
魔法陣の中から湧き上がるように現れたのは扉だった。かなり大きい。高さは四m程もあるだろうか。左右には石で出来た重厚な柱が二本そびえている。扉というよりも門といった方がいいかもしれない。
様子を伺いながら立ち尽くす俺たちをよそに、扉がひとりでに開き始める。
ギ、ギギ、と軋んだ音をあげながら開いた向こうに見えたのは、古代遺跡の通路ではなかった。
真っ暗な空間。ぽっかりと開いた闇が口を広げていた。
「転移門、だと?」
別空間に繋がる扉。なんでそんなモノがここに。
このギミックはもっと深い層の一部にしかないはずだ。
クソッ、罠があるだけじゃなく、転移門が出てくるとは予想外が過ぎるぞ……!
――嫌な予感がする。
レギオニス古代遺跡に罠がある時点で予想外なのに、その上出てきたものが転移門だったなんて不吉以外の何物でもない。
「なにこれ……真っ暗じゃないの。よく見えない」
「おい……それに近づくなッ! 何があるかわかったもんじゃない!」
不用意に扉の中を覗き込もうとしたネリネに慌てて注意する。扉の先がどこにつながっているかわからない以上、接触するのは得策ではない。
俺の声に、あと一歩で扉に足を踏み入れるところだったネリネが慌てた様子でパッと扉から数歩後ずさる。
「う、うるさいわね! 分かってるわよ!」
「まったく……頼むぞ。……クーニャ、どうした?」
隣にいるクーニャが俺の肩をたたいているのに気づく。不安げな声音でつぶやく。
「ユズル、何か音がします。多分、あの扉の奥から」
「音?」
「何かの足音みたいな……、ちょっとずつ大きくなってます」
何かが、近づいている?
クーニャの言葉にハッとする。
「三人とも扉から離れろ! 何か出てくるぞ!」
「――ッ!」
瞬間、暗闇の中から何かが姿を現した。でかい。扉の高さギリギリの大きさだ。それと同時にゴォン、と音を立てて扉が閉じる。
飛び出すように扉から現れたそいつが持っていたのは刃渡り二mはありそうな馬鹿でかい剣だ。それも一本ではない。二本。二刀流だ。
一本は大きく歪曲した大曲剣。もう一本は幅広の両刃剣。
「ん、なッ、何よコイツッ……! ゴーレムじゃ、ないじゃないっ!」
躍りかかるように振り下ろされた右手の剣を、ネリネが咄嗟に小盾で受け流す。だが、受け流しきれなかったのか、苦しそうな声があがる。
「ぐッ……! 知らないわよ、こんな奴……!」
そこへすぐさま左手の剣が振り下ろされる。横に転がって回避するネリネ。更に右手の剣が振り下ろされる。それをなんとか剣で弾く。また追い打ちの左手の剣。なんとか避ける。
明らかに力量が違う。防戦一方だ。
「なんであれが、こんな所にいる!?」
それを見た俺は、驚きに思わず叫ぶ。
扉から現れ、三人組を襲っているのは四m近い大きさの人狼だった。本来、こんな場所にいるはずの魔物ではない。
しかも、ただのワーウルフじゃない。普通のはあんなにでかくない。普通のは精々二m程度だ。四m近いワーウルフなど、規格外だ。その上、体を覆う毛も一般的なワーウルフの灰色や茶色ではなかった。それは燃えるような赤色。
それらの特徴に、俺は見覚えが会った。
「赤狼女王……!」
本来四層に群れで暮らしているはずのワーウルフ。それらは部族ごとに王を持つ。
目の前のアレは、その一体だ。一族を束ねる赤毛の人狼の女王。ゲーム内ではネームドモンスターと呼ばれていた、抜きん出た力をもつ魔物。
「……ぐっ、う……! こいつ、強い……! ミリィ、シリスッ、アンタ達は逃げなさい……!」
「そ、そんなこと……ネリネちゃんが……」
その差を感じ取ったのか、ネリネが背後の二人に向かって言い放つ。
なんとかかろうじて二刀の直撃を避けながら赤狼女王と対峙するネリネ。残りの二人は格の違う相手に腰が引けているようだ。戦うネリネの姿をただ見つめている。
ネリネも逃げ出さずに立ち向かう姿勢は立派だが、流石に相手が悪すぎる。この階層にいる冒険者が勝てる相手じゃない。
「テキ……排除……」
「チッ!」
加勢に行こうとした俺を阻むかのように、後ろからゴーレムが現れる。それも一体ではない。四体、五体……。
罠を踏んだ時に発動した魔法にはゴーレムを帯び寄せる効果もあったというところか。恐らく数はまだ増えるだろう。
どうする……? ゴーレムを処理してる間、前方の三人、というかネリネが耐えていられるという保証はない。
「……ユズル、行って下さい!」
「クーニャ?」
「ゴーレムは私が足止めします。だから、早く助けに行ってあげて下さい!」
弓を構えて、クーニャが叫ぶ。その声には覚悟があった。
だが……いや。迷っている暇はない。今はクーニャを信じて任せるしかない。
「……任せる。危なくなったら無理はするな!」
「任されました!」
ゴーレム達に背を向け、走りだす。
振り返った俺の視界に飛び込んできたのは蒼白の盾だった。
その中心にいるのはネリネだ。二人を庇うようにして、氷で巨大な盾をつくりあげている。盾は三人と赤狼女王を阻む壁となってその身を削りながらも、二刀の猛攻を凌いでいた。
だが、それだけだ。
ネリネは魔力を氷の盾に注ぎ続けることでなんとか攻撃を防いでいるが、それで精一杯だ。魔力が尽きればその時点で終わる。
「なんとか耐えろ……!」
既に限界が近いのか、パギン、という氷の割れる甲高い音と共に、どんどん盾は薄くなっていく。赤毛の女王は勝ちを確信したのか、氷越しにもその剣速が増しているのが分かる。
ふいに、ネリネの顔がこちらを向く。その口元がなにかを呟いている。
「……け……て」
紺色の揺れる瞳と視線が合う。
「たすけて」
パァン! と、もはや薄氷となった盾の最後の一枚が砕け散る。割れた氷の向こうから、ネリネ達をあざ笑うかのように歪んだ深紅の双眸が現れる。
ネリネだけはなんとか剣を構えるが、もはやその手に覇気はない。三人を見下ろす赤狼女王のその姿は死神じみていた。
そして死の宣告の如く、巨剣が振り上げられた。




