11.レギオニス古代遺跡(3)
ああ、クソッ。
あんな顔で助けてなんて言われたら、なんとしてでも助けるしかないじゃねえか。さっき俺達の獲物を横取りした相手? だからどうした。知ったことか。このまま目の前で三人が殺されるのを眺めていることなんて、できるわけない。ここで助けなきゃ俺が後悔する。
身体中の魔力をフル稼働し、強化魔術を全力で発動させる。回せ回せ。魔力を回せ。
過剰に供給された魔力が電気のような火花となって両足から迸る。十分以上の魔力を込めて、地を蹴る。
「――らぁァッ!!」
ベゴォ! と踏み込んだ足元の床石を大きく陥没させながら跳躍する。
空中を駆ける弾丸と化した俺は一瞬でネリネ達の頭上を通過し、赤狼女王へと到達する。
剣を振り下ろそうとしていた奴の目が一瞬俺を捉えて剣を向けようとするが、俺の速度には追いつかない。
「吹っ飛べ……!」
強化した飛び蹴りを人狼の顎へ向けて、下から上に叩き込む。肉と肉がぶつかる音が通路に響く。
「グッ、ゴ、ガ、ガガァァ!!」
赤狼女王はなんとか耐えようと踏ん張るが、蹴りの威力を殺すことはできない。巨体が浮いて空中へと吹き飛び、遺跡の天井に大穴を開ける勢いで突っ込む。それから数瞬を置いて巨体が崩壊した天井の石と共に地に落ちてくる。もうもうとした砂煙が通路に立ち込める。
「首から上をとばそうと思ったんだけど……やっぱ硬えな」
普通のワーウルフならまとめて五、六匹は始末できる威力があったはずだが、流石はネームドモンスターといったところか。タフネスも段違いだ。
奴が起きてくる前に、と後ろの三人に振り返る。
「動けるか? 後ろで俺の連れがゴーレムを足止めしてる。協力してなんとか一緒に地上まで逃げてくれ」
「は……はい……ありがとうございます、シリィ、立てる?」
「あ、ありがとうミリス……大丈夫」
手を貸した黒髪の少女がミリスで、金髪の方がシリィというらしい。
ネリネは黙ったままだったが、大きな怪我はなさそうだ。三人が動けるのを確認すると、俺は再び奴が吹っ飛んだ方に視線を戻す。
奴はちょうど立ち上がろうとしているところだった。上半身を起こし、こちらを睨みながら剣を構え直している。今にも飛びかかってきそうだ。そうなる前に、こちらから攻める。できるだけ移動させずに決着をつけたい。
「おらァッ!」
踏み込み、再び疾風と化した俺の剣が赤狼女王の首筋を狙う。
しかし、鋭く一閃された刃は肉を浅く斬るにとどまり、致命傷には至らない。幾百匹のワーウルフを統べる女王の毛はそれ自体が鎧に等しい。生半可な一撃では切り裂くことはできないか。
「ガァッ!」
反撃だとばかりに左右から二本の刃が俺を狙う。後ろに跳ねて回避し、距離を取る。その着地の隙を見逃すまいと、俺目掛けて立ち上がった奴が肉薄してくる。剣と剣がぶつかり合う。金属の弾け合う音。
クッソ、重てえな。俺の身体はともかく剣が折れそうだ。こんなのとどっちかが倒れるまで肉弾戦なんて勘弁願いたい。
というか、後ろの三人とクーニャは無事にゴーレムを突破できたのだろうか。まあ大丈夫だとは思うが、後ろを振り向く暇がないので分からない。
そんなことを考えている間にも剣はガンガン襲いかかってくる。右の刃を避け、左の刃を受け流し、極力相手の剣を直接受けないように立ちまわる。
「なんとかコイツの武器を収奪できりゃいいんだが……」
収奪。
俺は道具箱を応用して相手の武器をアイテムボックスに入れ、一瞬で奪うことができる。昼間に酒場で絡んできたムキムキから斧を奪い取ったのもそれだ。と言っても、他人の握っている武器を直接奪うことは難しい。手放さない限りは武器に流れている持ち主の魔力が反発するからだ。持ち主が気を許していたり、油断しきっているチンピラ程度なら簡単に奪えるのだが……。
流石にこのレベルの相手だとそれも難しいだろう。
「っぐ、しまった……!」
頭上から振り下ろされた大曲剣を、咄嗟に右手に掲げたロングソードで受けてしまう。片手では勢いを殺しきれず、俺の右肩が下がり、バランスを崩してしまう。
「グルアアア!!」
その隙を見逃す敵ではない。女王の右手に握る両刃剣が大きく振り上げられる。右に大きく傾き、無防備に晒された俺の左半身に向けて、絶命必至の一撃が撃ち落とされる。赤狼女王の獣の顔が狂喜に歪む。
「なんてな」
「グルアッ!?」
相手が勝利を確信したときが最大のチャンスだ。
わざとバランスを崩すことで、勝ちを確信した相手から大ぶりの一撃を繰り出させる。予想通りだ。
俺の左手には既にロングソードが握られている。道具箱を通じて右手から左手へと移動させたのだ。
一歩斜め前に踏み込み、相手の刃を躱すと同時に、下から上へとロングソードを振り上げる。
俺と赤狼女王との間に剣閃が走る。狙いは振り下ろした右手首。
振り下ろした右手の勢いと、振り上げた俺の剣の勢いとが合わさる。赤い毛に覆われた右手首に到達したロングソードの刃はその半ばまで深く切り裂く。赤毛を更に紅く染める血が吹き出す。
切断には至らなかったが、手応えは十分。
俺と女王の間に、冷やりとした空気が流れる。
「グゥルガアアア!!」
勝ちを確信した直後に、逆に自分が斬られているという事実に驚いた巨体が一歩後退する。痛みを堪えるような唸り声と共にその右手が開かれ、その五指から剣がガシャン、と音を立てて床に落ちる。
「――武器を手放したな」
そしてこれが本命だ。即座にアイテムボックスの『口』を開き、右手から取り落とされた両刃剣を奪う。瞬く間に巨大な両刃剣が消え失せる。
「グルァァ!?」
自身の武器が一瞬で消え去ったことで、赤狼女王に焦燥の色が浮かぶ。理解できない事態への恐怖からか、巨体が数歩後ずさる。
――逃がすか!
すかさず、懐へ向けて踏み込んでいく。
しかし相手も王者の意地か、それとも引いては勝てぬという獣の勘か。
その眼に再び闘志の炎をが宿ったかと思うと、後ろへ引こうとする足を踏みとどめ、残った左手の大曲剣を力任せに無理やり振りかざす。
「グルァァアアアア!!」
瞬間、全身に冷気が走る。
「――氷結せよ!」
声と共に、俺の背後から蒼刃が魔力の尾を引いて赤狼女王へと疾走する。
「グルルゥ!?」
女王の目が驚愕に見開かれる。
目前の俺しか意識していなかっただろう相手にとっては、完全に不意を打たれたに違いない。突然砂煙を切り裂いて現れたそれに回避動作すら取れずに動きが止まる。そして、大曲剣を振り下ろそうとしていた左手に氷刃が命中する。その瞬間、刃に込められていた魔力が開放され、着弾地点を中心に巨大な氷の華が咲く。
――氷結の魔法。
瞬く間に氷は手と剣、更には肘の辺りまでを覆い尽くす。氷そのものは奴が本気になれば十秒もあれば砕けるだろう。だが、逆に言えば十秒は剣を振るえない。
そしてこの状況での十秒は――致命的だ。
懐に潜り込んだ俺は足を止めて上を見上げ、右手の剣を強く握りこむ。
狙いは、皮膚の薄い下顎。
右腕に力を込める。ロングソードを強く握りしめ、振りかぶる。
「これで――――終わりだ!」
顎の真下から天へと向けて一直線に剣を投擲する。右手と剣から魔力が迸り、必殺の光となって閃く。
俺の手から放たれ、神速の魔剣と化したロングソードは瞬きをする間もなく下顎に到達。刃はその勢いを緩めることなく縫い止めるように上顎へ達し、赤狼女王の脳天を貫く。
「グゥ……ゥゥゥ……!」
絞りだすような断末魔とともに、巨体がぐらりと揺れ、地の泡を吐きながら地響きとともに倒れこむ。赤狼女王が倒されたためか、奴が出てきた扉も光となって薄れながら消えていく。
やがて、古代遺跡に静寂が戻る。
「……っはー……勝てた」
倒したという実感とともに、緊張の糸が解ける。
負ける気はもちろん無かったが、犠牲を出さずに勝てるかと言われたら微妙だった戦いだ。装備も安物のロングソード一本だったし。おそらくまともに武器を打ち合っていればすぐに俺の武器が折れていただろう。
二層程度なら何が起こっても平気だろうという自分の慢心を反省する。俺はともかくクーニャを巻き込む危険もあった。
だが今はそれよりも……
「最後のは良いフォローだったぜ」
俺が後ろを振り返ると、青髪の少女がこちらを見つめていた。戦闘の終盤で感じた冷気は彼女の魔法によるものだったのだ。
さっきの一撃で魔力を使い果たしたのか、ネリネは座り込んでいる。そこへ近づいていき、握り拳をネリネの顔の前に突き出す。少し躊躇したものの、ネリネもやがてゆっくりと拳を掲げ、俺の拳にタッチする。
「ナイスファイト。逃げてなかったんだな」
「アレが出てきたのは私の責任よ……アンタこそ、なんで逃げなかったの。私達のことなんか放っておいて、逃げることだって出来たのに」
「お前なあ……助けを求められて、あの状況で逃げたらなんていうか、男じゃないだろ。それにあのまま見殺しにしてたら、俺が後悔してた」
「……お人好し」
そう言うと、ネリネは拳を下ろしうつむく。
「アンタ……名前は? そういえば聞いてなかったわよね」
「ユズル。連れの女の子はクーニャだ」
「私はネリネよ。ユズル……そ、その…………りがとぅ」
「え?」
ネリネがもにょもにょと何かつぶやいている。下を向いてる上に何故か声が小さくなってるので聞き取りづらい。魔力を消費しすぎて体力がなくなったのか? それとも一見するとわからないがどこか怪我をしているのか。
「元気ないけど大丈夫か? やっぱり奴との戦闘でどっか怪我でも……」
「ち、違うわよっ! だ、だから……助けてくれてありがとう、って言ってるの!」
突然顔を上げて叫ぶネリネ。赤くなった顔で俺を睨みつけている。
思わずぽかんとしてしまう俺。
「……は、はははっ、なんだ。どういたしまして」
「な、何が可笑しいのよっ! 人がお礼言ってるのに!」
ネリネが顔を真赤にして俺をぽかぽか叩く。
最初とのギャップに思わず笑ってしまった。そういえば、赤狼女王が現れた時も真っ先に仲間を庇って盾になっていたのを思い出す。その上、さっきも責任を感じて逃げずに、俺のフォローもしてくれた。なんだ、最初は随分冷たい感じだったのに、実は結構良い奴じゃないか。
「悪い悪い。馬鹿にしてるわけじゃない。ほら、立てるか」
「あ……ありがと」
俺の差し出した手を素直に握り、ネリネが立ち上がる。うん、体力を消費してはいるが怪我らしい怪我はなさそうだ。
「ユズルーー! 大丈夫ですかーー!」
「ネリネちゃぁん!」
「ネリネちゃん、大丈夫!?」
通路の奥からクーニャとミリス、シリィの声。結晶核を砕かれ、地面に横たわるゴーレム達の中を三人がこちらに走ってくる。おいおい、なんだ。結局誰も逃げてなかったのか。
ミリスとシリィが左右から勢い良くネリネに抱きつく。ネリネは困ったような表情を浮かべながらも、泣きじゃくる二人の頭を撫でている。
クーニャは俺の隣までくると赤狼女王の巨体を見ながら感心した様子で口を開く。
「ほぁー……あんなに強そうなのを倒しちゃうなんて、びっくりです」
「俺もクーニャ達はてっきりもう逃げてると思ってたから驚いたよ。よく無事だったな」
「もう、ゴーレムは私に任せて下さいって言ったじゃないですか。私だってやるときはやる女なんです! ……まあ、あの二人が手伝ってくれなかったら危なかったんですけど」
クーニャは口では謙遜しながらも、その顔は自慢気だ。あれだけの数のゴーレムを自分で倒したのはきっと自信に繋がったはず。そう思えば、この予想外の事態も、そう悪いことばかりではなかったのかもしれない。
「あの、何かないんですか?」
「……ん?」
と、そこでクーニャの耳がそわそわと動いているのに気がつく。チラッ、と赤い目もこちらを見ていた。その姿になんとなく、投げたボールを拾ってきて、さあ褒めろと催促する犬の姿が重なる。
「あー……良くやった。うん、さすがクーニャだ」
ちょっと悩んだが、頭をくしゃくしゃと撫でてやる。クーニャからの抵抗はない。良かった。
おお、触ってみるとやっぱり耳もふわふわしてる……。もふっ、もふっ。
「むー、なんか投げやりな気も……でも、ありがとうございます。ユズルもお疲れ様です」
「ああ。ありがとな」
なにはともあれ一件落着。
今度こそ皆で地上に帰還だ。




