8.一層・迷宮兎窟
一層に続く細い道を抜けると、俺達の目の前に大きく開いた空間が広がった。
ドーム状に広がった巨大なこの部屋は、地下迷宮ヨルムの一層の入り口にあたる場所だ。
「わぁっ……ダンジョンの中なのに、思ってたより暗くないです」
「場所によるけどな。暗いとこは真っ暗なんだけど、ここはほら、上見てみ」
俺が上を指差す。
その指先を追うようにクーニャの視線が動く。
「上? ……わっ、すごい!」
俺達の頭上、そのドーム状の天井には多くの光が輝いていた。
赤や青、白に緑と様々な色の光がそこかしこでキラキラと揺れている。おかげで、ちょっとしたプラネタリウムのようになっている。
「あれは魔力に反応して光る鉱石が表面にむき出しになってるんだ。それが空気中の魔力でああやって輝いてる」
「はぁ……綺麗ですね……」
「だろ? だからここは星屑広場って呼ばれてる。まだこの辺には魔物も出ないから、俺がいた世界でも色んな人が観光目的で来てたよ」
主にカップルとかカップルとかカップルとかな。俺はソロばっかだったのでいつも一人だったが。
……これ以上思い出すのはやめよう。俺が傷つく。
「素敵な場所ですね。危険な迷宮の中なのに」
クーニャはうっとりして上を見上げている。
でもやっぱり女の子はこういうのが好きなんだな。
だが、なにかおかしいことに気づいたのか、クーニャが「あれ?」と疑問の声をあげる。
「どうした?」
「ここの天井、かなり高いですよね。こんなに高いと、地上に突き抜けちゃいませんか?」
「あーそれな。迷宮の中はなんか空間が歪んでるらしくてな。それで大丈夫らしい」
まあこれはネットで見た、ニューラの世界観を考察してるサイトの受け売りだが。多分、迷宮の大きさが変わるのもそのへんが関係しているのだろう。そもそも地下にこんなでかい迷宮があったら地盤が耐え切れずに街の底が抜けているはずだ。
「ま、暇な時にでもまた来たら良い。迷宮に潜ったら嫌でもここ通るしな」
「たしかに。じゃあ行きましょう!」
そうして俺達が向かったのは星屑広場からほど近い、迷宮兎窟と呼ばれる狩場。幅五m程の通路が蟻の巣状に入り組んだ洞窟で、その名の通り、この場所を縄張りとしている兎が数多く生息している。壁には星屑広場と同じ鉱石が含まれていて、それが明かり代わりとなって洞窟を奥まで照らしている。
ここはまだ一層の狩場なだけあって、生息してる兎は迷宮の魔物の中では最弱の部類だ。滅多なことがなければ、まず死ぬことはあり得ない場所なのだが……。
「ここが、迷宮兎窟ですか。なんか、ジメジメしたところですね……って、何あれーー!」
クーニャが叫びながら先を指差す。
俺達の歩いている方向の先には、直径五十cmくらいの白いモフモフが転がっていた。
「あれがここに住んでる魔物だ。まぁ……兎だな」
「……あれが、兎……も、もふもふ……?」
この白いモフモフの正体は迷宮兎窟に住む魔物――迷宮兎なんだが、毛が長いせいで遠目に見ると白い毛玉か何かにしか見えない。
よーく見ると耳の先が毛玉から少し飛び出しているのがわかるんだが。
「か……か……」
「クーニャ?」
「かーわいいー! なんですかアレ! 迷宮にあんな可愛いモノがいていいんですか!?」
「可愛いよなーモフウサ」
「モフウサ……!」
やっぱり、というか。予想通りの反応になんかほっとする。
あのモフモフはクーニャの可愛いスイッチを刺激したみたいだ。
たしかに、モフウサにはマスコット的な可愛さがある。
ゲーム内でも女性に人気で『迷宮兎』と英語の『cute』を掛けてキュートとかいう呼び名もあったくらいだ。まあ、モフウサの方が語呂が良かったのかそっちは浸透しなかったみたいだが……とにかくそのモフっぷりたるや、見てると癒やされるのは確かだ。
チラリと横のクーニャを見ると、今にも駈け出して抱きつきそうだ。足と尻尾がうずうずしているので丸わかりだ。
が、可愛くてもそれなりに危険なので怪我する前に注意しとくか。
「間違ってもそのまま抱きつこうとしたりするなよ……可愛くても魔物だから脚力は強いぞ。運が悪ければ首の骨が折れる」
ちなみに俺は初心者の頃に一度折れた。まじで死ぬかと思った。というか死んだ。
ニューラで俺が初めて戦った魔物であり、同時に初めて敗北した相手でもある。当時レベル1だった俺のHPは、クリティカルヒットしたモフウサの蹴りで跡形もなく吹き飛んだ。
それ以来、魔物は見た目で判断しないようにしている。
「かっ……可愛くないですね、それは」
「そういうもんだ。さ、わかったら狩るぞ」
「うう……これも一人前の冒険者になるためです。モフウサ、ごめんなさい……」
さあ、まずはお手並み拝見だ。一人でどこまでやれるか。
俺が後ろに一歩下がると自然にクーニャが前に出る形になる。
クーニャは腰に下げた矢筒から矢を一本取り出すと、よどみない動作で構え、射つ。
疾風の速度で飛び出した矢は正確にモフモフの中心を捉え――
――スカッ、という音とともにモフウサのいた地面に突き刺さる。
「あ、あれっ、速っ!」
そのモフっぷりとは裏腹に素早い動きで矢を避けるモフウサ。レベル1とはいえ、俺の首をへし折った脚力は伊達ではない。その脚力を回避に使えば新人冒険者には手強い相手となる。
クーニャは慌てて再び矢を射るが、またも石壁を突き刺すだけだ。
「あれっ、このっ!」
スカッ、スカッ、スカッ。
「ああっ、このっ! 逃げるなあ!」
高速移動する毛玉に完全に翻弄されている。
さっきまでのモフウサに対する申し訳無さそうな感じはもう全然ない。
うんうん。俺もそうだった。
耳と尻尾を揺らして右往左往するクーニャは、まるで玩具を追いかける犬のようだ。しかし……うーん。いまだに放った矢がモフウサを捉える様子はない。
頑張るクーニャの姿は可愛かったのでもうちょっと眺めていたかったんだが、このままだと矢を無駄に消費することになるな。
ちょっとアドバイスするか。
「正直に狙うだけじゃ駄目だぞー。モフウサは目は悪いが耳が良い。洞窟内を反射した音に反応して避けるから、考えて狩るんだ」
「なるほどっ……! なら、これでどうですっ!」
クーニャは今度は一度に2本の矢を手に取ると、まずそのうちの一本をつがえ、射る。放たれた矢はさっきまでと同じように避けられ、モフウサの身体を貫くことはできない。サクッ、と軽い音を立てて矢が地面に突き刺さる。
さて、そこからどうする?
「そして……やっ!」
間髪空けずに放たれた二本目が、一本目を避けて油断しているモフウサの身体を今度こそ貫く。モフウサはこてん、と床に転がり、動かなくなる。
「やったーっ!」
「やるな! 一発目はおとりで、二発目が本命か」
モフウサは迷宮では最弱の魔物とはいえ正攻法でその速度を捉えようとすると、初心者には中々厳しい敵だ。
だから搦手で攻めるのが有効なのだが、クーニャは中々見込みがある。
一発目で逃げる方向を誘導し、その先を読んで放った本命で仕留める。言葉にすれば簡単だが、実際にやるとなるとそうもいかない。
村で弓が一番上手いというのも嘘じゃなかったみたいだ。
「大したもんだ。クーニャの弓の腕は本物だな」
「そんな、ユズルの助言があったからですよ!」
顔を赤くして照れるするクーニャは嬉しそうだ。
初めて冒険者として倒した獲物だ。喜びもひとしおだろう 。
そういえば俺も初めて戦って勝ったときは一人で大喜びしてたな。してたっけ。
いや、多分してないな。首の骨折られた後のリベンジ戦だったから多分全力でつぶしにかかっててそんな余裕なかったわ。
「でも、これだと矢がちょっと勿体無いですね」
「そうだな。魔法を使うって手もあるが……」
「そうなんですか?」
「ああ。ちょっと一本、矢、いいか?」
クーニャから一本矢をもらうと俺はそれを右手で握り、魔法を発動させる。
キーラの森で使った<沈黙の外套>の応用で、矢の音を消すバージョンだ。
更に魔力で制御した風を纏わせ、爆発的な加速をプラス。
狙いは俺たちの十五m程先にいるモフウサだ。
それを目掛けて――投げる!
「――っらあ!」
俺の手から放たれた矢はその瞬間、風の加護で一気に加速する。
何も気づいていないモフウサに一瞬で到達する。貫かれるモフウサ。
矢の勢いはそれでも止まらず、そのままモフウサごと壁に突き刺さる。
ビィィィィン、と突き刺さった勢いで、矢とモフウサが揺れる。
「……ちょっとやりすぎた」
「すごい……速くてちょっとしか見えなかったです!」
むしろちょっと見えてたのか。口には出さないものの、内心で少し驚く。
普通の人間じゃ多分視認出来ない速度が出てたはずだ。それが見えていたということは弓にしてもそうだが、クーニャの身体能力が高いのは間違いない。
「でも、それだけ速いと音は消さなくても良かったんじゃ」
「はは……たしかに」
「でも魔法って凄いんですね! 私も使えるようにならないとなあ」
「ゆっくり鍛錬すればいいさ。でも、モフウサを倒すなら実はもっと簡単な方法がある」
「もっと簡単に……?」
「ああ。さっきのやり方だと一回ごとに魔力も消費するから燃費が悪い。だが、この方法は魔力も使わない」
クーニャは不思議そうな顔している。まあ、見てなって。
俺はおもむろに、一番近くにいたモフウサに近づいていく。
「この辺でいいか」
「?」
モフウサとの距離は五mほど。
俺はそこで肺いっぱいに空気を吸う。そして、
「わぁっ!!」
「にゃっ!?」
洞窟内に俺の大声が反響する。
だが、さっきまでのようにモフウサがその場から逃げ出すことはなかった。同じ場所からモフウサは動いていない。いや、そうではなく――動けない。突然の大きな音に驚いて体が硬直しているからだ。
音に敏感な耳は、逆にそれが弱点にもなりうる。
あとは近づいて、ロングソードを一閃。
はい、おしまい。
「び、びっくりしたあ……もう、大きな声だすなら先に言ってくださいよ!」
後ろのクーニャから抗議の声が飛んでくる。見ると、両手で頭の上の獣耳を抑えていた。モフウサだけでなく、耳の良いクーニャも大声で驚かせてしまったようだ。
尻尾がピーンと伸びている……驚いたときはそうなるのか。新しい発見だ。
「悪い悪い。でもほら、これならかなり簡単だろ?」
「たしかに……これなら私でもできそうです」
わっ、と叫ぶ。動けなくなったモフウサに矢を射つ。また、わっ、と叫ぶ。
あとはその繰り返しだ。
俺たちは一時間ほど「大声を出しすぎて喉が痛くなった」とクーニャが言うまで、モフウサを狩り続けた。と言っても、俺はほとんど見ているだけだったんだが。そして最終的に倒したモフウサの数は十五匹。
初めての狩りでこの結果なら上々と言っていいだろう。
「こいつらは地上に戻ったら肉屋にでも売りにいくか」
「モフウサ食べれるんですか!? 美味しいんですか!?」
「食えるぞ。美味しい……かどうかはちょっと覚えてないけど」
実際には俺も食べたことないんだけどな。
でもゲーム内じゃ普通に料理のレシピに載ってたし。兎肉って現実でも普通に売ってるし、まずくはないと思うが……。
……俺もちょっと気になってきた。
「ふーん……美味しいのかなあ、モフウサ……」
「持って帰ったら酒場で調理してもらうか」
「それ良いですね! ……って、ユズル? さっきからモフウサ握りしめて、何やってるんです?」
「ん? いや、ちょっとな……」
俺はさっきから話をしている間、モフウサを掴んでは毛をかき分け、また別のモフウサを掴んでは毛をかきわけ、という行動を続けている。それが奇妙に映ったようだ。
だが、クーニャの疑問にはすぐには答えない。俺はモフウサをかき分け続ける。もふっ、もふっ。
一モフ、ニモフ、三モフ。
そして十二匹目に掴んだモフウサの額の毛をかき分けると出てきたのは、赤く光る小さな石のようなもの。
お、あったあった。
探しものを見つけた俺はそれを指先で取り外すと、クーニャに見せる。
「赤い……宝石?」
「結晶核だよ。魔物の体内の魔力が結晶化したものだな」
結局、十五匹のモフウサのうち、結晶核を持っていたのはこの一匹だけだった。
まあこれはモフウサに期待してたものではないので、一つでもあっただけラッキーかな。
「クーニャ、これに魔力を込めてみて」
「こうですか? むむむ……!」
クーニャが差し出した手のひらにモフウサの結晶核を置く。
それにクーニャが自身の魔力を流し込むと、赤い結晶核は解けるように光の粒子になり、クーニャの身体へ吸い込まれていく。
「わっ……なんですか、これ?」
クーニャが驚いた様子で、自分に吸い込まれていく光を見つめる。
「結晶核の魔力を吸収したんだ。そうすれば、自分の魔力を強めることができる。深くに行けば行くほど結晶核の魔力も強くなるから、冒険者はそれを集めて鍛えるんだ」
「今ので私も強くなったんですか?」
「さすがに……モフウサの一個じゃ足りないだろうな。本気で強くなるならもっと強い敵と戦う必要がある」
「なるほど! モフウサを倒してるだけじゃ強くなれないってことですね」
「そういうことだ。あと、結晶核は半日くらいほっとくと空気に溶けてなくなっちゃうから注意な」
結晶核による魔力の強化。
これがいわゆるレベルアップに当たるものだ。だが、魔力の強化は結晶核を吸収してもすぐに感じることはない。
ゲームでの経験と同じならば、次のレベルアップに必要な魔力が貯まったときは明らかな変化を感じすはずだ。なので、クーニャに自覚がないということはモフウサ一匹ではまだレベルアップに必要な分には足りていないのだろう。
ちなみに俺のレベルだともうモフウサの結晶核だと、経験値はチリほども増えない。つまり、俺がここの敵の結晶核を吸収する意味はないんで、これはクーニャへのサービスだ。
「じゃあ、もうちょっと深いとこに潜ってみるか。俺が危ないと判断したらすぐ戻るけどな」
「はいっ」
モフウサ狩りはこれで十分だ。あんまりモフウサばっかり集めても仕方ないし。
俺は小さな山になっているモフウサをまとめてアイテムボックスに入れ、立ち上がる。
「ユズルのアイテムボックスは相変わらずあっさり入るんですねえ」
「キーラの森でも言ったけど、こんなのならいくらでもいけるぞ」
ん……そういえばキーラの森、で思い出したけど。
アイテムボックスにグランドボア入れっぱなしだった。
俺のアイテムボックスの中は時間停止の効果もあるので腐る心配はないのでそれはいいんだが……。
グランドボア、街を回ったついでに売りに行けばよかった。多分ちょっとしたお金にはなったはずだ。そうしてたら俺も、もう少しまともな装備を買えたのに……。
地上に戻ったら忘れずにモフウサと一緒に売らないとな。