7.準備完了
昨日、ギルドでの登録を済ませた俺とクーニャはあの後、適当に宿に泊まることにした。
そして今日は宿屋の一階にある酒場でクーニャと合流し、装備を揃えてこい、と送り出した。それが朝の話だ。
俺も午前中はヒルルエの街の中を歩きまわり、買い物を済ませていた。
あと、ついでにダロスさんのところへ行って二人分の通行料の支払いも。
ダロスさんは、「それは君たちの準備を整えるのに使うべきだ」と言って中々受け取ってくれなかったのだが、最終的になんとか受け取ってもらった。
ほんと、想像以上に良い人だった。再び騙したことを後悔する俺。
……そして今、宿に戻ってきた俺は一階にある酒場で食事をしようと思ったのだが。
「んだぁクルァクソガキィ!」
「テメェみたいな、剣も持ってない雑魚が来ていい場所じゃねえんだよここはァ!」
酒場のテーブルにつく俺の前には、やかましい声でがなり立てる二人組の冒険者がいた。
なんでこうなった。
なんかチンピラみたいなのが絡んできたので適当に流していたのだが、俺の態度が気に入らなかったらしく勝手にヒートアップしていって今に至る。
放っておいて下さい、って言っただけなのに……。
ハイテンションな二人組には悪いが、俺のテンションは絶賛右肩下がり中だ。せめて絡まれるなら女の子がいい。
「俺もお金払ってここに泊まってるんで。文句を言われる筋合いはないと思うんですが」
早く去ってくれ、という気持ちを込めて手のひらをヒラヒラさせると男たちは更に顔を真っ赤にして怒る。
「あぁ!? なんだその態度は! そういう問題じゃねえ! おめえみたいなガキがいると酒が不味くなンだよコルァ!」
ていうかさっきからクルァ、コルァ、ってなんなんだ。巻き舌名人かよ。
「ん……? テメェ……よく見たら昨日のラビリスの女を連れたガキじゃねえか」
「何だと……マジじゃねえか。ははぁ、こりゃ世間知らずの坊っちゃんには世間の厳しさを教えてやらねえとなぁ」
ん、なにかと思ったら昨日の奴らか。
俺が顔をあげると確かに目の前の二入は昨日見た長髪とムキムキの二人組だった。
「なんだぁ!? 喧嘩か。良いぞ兄ちゃん、やっちまえ!」
「俺は二人組に賭けるぜ!」
「なんだそれ! 相手は見るからに新人のガキだぜ、賭けになりゃしねえよ!」
なんか周りの人まで煽り始めてるし。
やめて! そっとしといて!
「どうだぁ? 今から頭下げてここを出ていきゃあ、見逃してやるぜ」
長髪の男が腰の剣に手をかけ、ニヤニヤと尋ねてくる。
脅しのつもりなのだろうか。
ゲーム内でも多かったんだが、なんでこういう連中はすぐに剣を抜きたがるんだろう……ストレス解消?
それにしても、自分が負けるという発想はないのだろうか。不思議だ。
「あー……結構です。もう注文も済ませてるんで、放っといてほしいんですけど……」
「なんだとコラァ……!」
その一言でついに切れたのか、長髪の男が剣を抜こうと柄に手をかける。
だが、遅い。あまりにも遅い。
やっぱりこうなったか、という諦めと共に俺も腕を振るう。
ヒュッ、という音を立てて刃が走る。
「お……あ、何だと、てめぇ……」
長髪の男が剣を鞘から抜くより早く、俺の右手は男の首へと伸ばされていた。
俺の手には果物ナイフが握られている。少しでも手をずらせば、男の首を切り裂ける位置だ。
「こいつ、いつの間にナイフを……」
「まだやります? できれば俺はゆっくり飯を食いたいんですけど……」
「ふ、ざ、けやがって……! コケにしやがって、ぶっ殺してやる!」
ええー。ちょっと待って。今度はムキムキが切れた。
背中の斧に手をかけると、その勢いで俺に向かって振り下ろしてくる。
なんで仲間の首にナイフ突きつけられてるのに大人しく引き下がらないんだ、こいつは。
せっかくの俺の平和的解決の提案が無駄になった。ちくしょう!
「おらァッ! ……ああ?」
だが、その両手に握りしめられていた斧が、俺に到達することはなかった。
「どうだ? これ以上やるなら本当にお前らの首が飛ぶぞ」
俺に向かって斧を振り下ろしたはずのムキムキの右肩には――逆に俺の握った斧が突きつけられていた。斧はムキムキの両手から俺の左手へと移動していた。
自分が持っていたの斧が俺の手に握られているということが理解できていないらしい。何もない自分の両手を呆けたように見つめている。
それからたっぷり五秒かけてやっと俺の持っている斧に視線を移すと、やっと気づいたようだ。
「な、なんで俺の斧をてめえが……」
「さあ。なんでだろうな」
今、俺がしたことは単純だ。
長髪の男には、単純に男が剣を抜くより早く俺がナイフを突きつけたに過ぎない。
アイテムボックスからナイフを取り出すのも完全に一瞬だったので、多分俺の手に突然ナイフが現れたように見えたのだろうが。
ムキムキの斧を奪ったのも道具箱の魔法だ。
男の斧が俺に触れる直前、斧をアイテムボックスに『入れ』、すぐに俺の左手に『取り出し』て突きつけた。
結果、男の手にあった斧がいつのまにか俺の手に移動したように見える、というわけだ。したように見える、というか実際移動させてるんだが。
「お、おおおおお!? やるじゃねえか若いの!」
「こりゃお前らの完敗だぜ!」
周りのやつらも囃し立てる。
なんていうか調子の良い人らだな……。
「……クソがッ! こんな店で飲んでられるか!」
「……チッ」
二人組はついに居心地の悪さが勝ったのだろう、俺が武器を手放すと、そそくさと外に出て行く。最後の捨て台詞を忘れないあたり、一流のチンピラの風格を感じなくもない。
ていうか、おーい。ムキムキ、斧忘れてるぞー。って、ありゃ、そのまま行ってしまった。
まったく。最初から喧嘩なんか売ってこなければよかったのに。
「お待ちどう、お兄さん! 見かけによらずやるねえ。ありゃどうやったんだい?」
二人を見送る俺に、横から威勢のよい声がかかる。やたらと恰幅のいい、この酒場のおばちゃんだ。
「企業秘密です」
「キギョウヒミツ……? なんかわかんないけど、よくやってくれたよ! あいつらウチでよく揉め事を起こしててねえ。しょっちゅう新人冒険者にいちゃもんつけてたんだよ。これでしばらく大人しくしてくれりゃいいんだけどねえ」
「いえ……お役に立てたなら良かったです」
「うんうん。でもそれとこれとは話が別でねえ」
おばちゃんがにっこりと俺に向かって右手を差し出す。
「なんです、これ?」
「足元、見てみな」
床にはムキムキの持っていた斧が転がっていた。
おもいっきりその刃を木の床にめり込ませた状態で。
「修理代。まけて千レニーにしといてあげるよ」
「――まじかぁっ!!」
予想外の出費に、俺は天を仰いでそう叫んだのだった。
◆◆◆
飯を食ったあと宿を後にした俺は、クーニャとの待ち合わせ場所で立っていた。迷宮の入り口にほど近い広場だ。
周りを見ると、俺と同じように冒険者達が数組待機しているのが見えた。
さて、初めての迷宮探索だ。
とはいえ、既に昼を回っているので、あまり長居をする気はない。
クーニャはダンジョンに入るのは初めてのようだし、今回は様子見だ。
「お、きたか」
「ユズル、お待たせしましたっ!」
俺を見つけたクーニャがてててー、と駆け寄ってくる。耳と尻尾が可愛らしく揺れている。なんとなく、飼い主を見つけて走ってくる子犬を想像する。
「ちゃんと全身揃えてきたんだな」
「はいっ。ユズルがお金を分けてくれたおかげで大丈夫でした。武具屋のおじさんもオマケしてくれました!」
「そうか。そいつは良かったなー」
クーニャにはギルドでもらったお金のうち、俺の分からも少し渡してあった。
ダロスさんに払いに行った門の通行料を差し引いても、安物ならば全身分の装備を揃えてもなんとか足りるはずだ。
装備に金をケチって死んだんじゃ死に切れないからな。
「あれ? ユズルはそれだけですか?」
「ん? ああ。そうだけど」
かくいう俺が買ったのは腰にさげているロングソード一本だけだ。
午前中、鍛冶屋街を歩きまわって見つけた剣で、安い割にはそこそこ物が良かったので選んだ。とはいえ、ほんとに値段の割には良かった、というレベルの物なのでどこまで使えるかはわからないが……。
すぐに壊れないことを祈るしかない。
ちなみにこのロングソードと、宿代と飯代に……酒場の床の修理費。それで俺の所持金はぴったりなくなった。
はい、また立派な無一文です。
なんかビリアの化身の称号が泣いてる気もするが仕方あるまい。
「……それで大丈夫?」
「深いとこまで潜るならともかく、今日は浅いとこを見て回るくらいだから。だいじょぶだいじょぶ」
「ちょっと心配ですけど……ユズルならきっと大丈夫ですね」
「そういうこと。ところで、武器は弓にしたんだな」
クーニャの右手には黒い弓が握られていた。
冒険者といえば剣や斧を扱う者が多いが、弓も優秀な武器には違いない。
森の中で狩りをしていたというから、もしかしたらそっちの方が得意なのかもしれない。
「そういえばキーラの森のときは弓は持ってなかったよな。どうしたんだ?」
「あー……あのとき、最初は弓で戦おうとしたんですけど、私、手が震えて弓を落っことしちゃって。その上ボアに踏まれて壊れたんです」
「なるほどな。そういう事情があったからナイフしかなかったのか」
なんでキーラの森に入ってナイフしか持ってなかったのか気になっていたんだが、そういう理由だったのか。
「そうなんです。でも私、剣よりも弓の方が得意なんです。これでも村の中では一番上手って評判だったんですから」
「ほぉ。それは、期待してていいのか?」
「期待してて下さいっ。弓に合わせて、装備も動きやすいのを選んだんですよー」
その場でくるくる回ってみせるクーニャ。
動きやすそうなズボンに、膝までの革のブーツ。体の重要な部分を最低限保護し、動きやすさを重視した装備だ。
うん……装備自体は悪くないと思う。
「ああ。よく似合ってる……というか……」
たゆんたゆん。
ぽよんぽよん。
出会ったときからローブ越しでもなんとなくわかってたけど、着替えて露出が上がったせいでよりはっきりしている。
……でかい。
回るクーニャ。揺れる膨らみ。目のやり場に困る俺。
「ストップ! OK! もう十分わかったから大丈夫! 大丈夫だ!」
「ええ?」
流石に俺には目に毒すぎる。慌ててクーニャの動きを止めると、きょとんとしたクーニャをよそに俺は歩きだす。
変に思われる前にさっさと迷宮に入ってしまおう……!
「ああっ、どうしたんですかユズル、待ってくださいよー!」
俺とクーニャは奇妙な形をした迷宮の入り口をくぐると、その中に足を踏み入れる。
気持ちを切り替えていかなくては。
一層へと続く迷宮の道を歩きながら、クーニャの豊かな胸のことを頭の中から追い払うのは、中々大変だった。




