6.冒険者登録
迷宮ギルド、とニューラの文字で書かれた扉の前に立つ。俺にとっては見慣れたはずの、しかしこっちの世界では初めて見る扉だ。
木製の重厚な扉を押し開けると外とは違う、異様な空気が身を包む。
熱気、とでもいうべきか。空気が物質的な重さを持ってのしかかったように錯覚する。
俺にとってはなんともない見慣れた場所だが、クーニャにとっては初めて入る未知の空間だ。
「行くぞ。受付は正面のカウンターだ。……他の奴らと目を合わせないようにな」
「は、はい」
クーニャはそのギルドの空気に完全に縮こまっている。
まあ、それも仕方ないだろうが。
冒険者と言えば聞こえは良いが、結局は切った張ったの世界だ。必然的に暴力に長けた者が多くなる。比率的に冒険者には男の割合が多いし、荒くれ者や賊もどきみたいな連中も多い。
ラビリス族のクーニャと剣の一本も下げてない俺の組み合わせが奇妙は映るのだろう。入り口の近くにいた冒険者達の好奇の視線が俺たちに刺さる。
「おいおい、ガキがラビリス族の嬢ちゃんを連れて迷宮ギルドに来るたあ、どういうことだ? メイドを連れたガキが遊びに来るような場所じゃあねえんだぜ、ここは!」
「きっと冒険者に憧れた金持ちのお坊ちゃんかなんかだろうよ。何を夢見てるのか知らねえが、すぐに逃げ帰るに決まってら」
「違いねえや! はっはっは!」
明らかに俺たちに向けた嘲笑の声が聞こえてくる。
声がした方に視線を送ると、腰から長剣を下げた長髪の男と、背中に斧を担いムキムキがこちらを見ていた。俺たちを見ながら下品な声をあげて笑っている。
ラビリス族のメイドを連れたガキ、か。傍から見ればそう見えても仕方ないか。
汚い声が気に触るが、正直に反応してやるのもバカバカしい。
というかこんなヤジにいちいち相手してたらキリがない。
「気にするなよクーニャ。ああいう連中はどこに行ってもいるもんだ」
「あ……は、はい。ですよね。だ、大丈夫、です」
クーニャはそう答えたが、全然大丈夫そうじゃない。
声は引きつってるし、顔は下を向いてしまっている。
これは、良くないな。
クソ。あの二人組め、余計なことを言いやがって。
「顔を上げて、前を見ろ。あんな連中、すぐに追い抜いて見返してやればいい。クーニャは冒険者になるって決めたんだろ。ならこんなとこで心折れてる場合じゃないぞ」
そうだ。俺たちはまだスタートラインにすら立っていないのだから。
心が折れるのは、冒険者になってからでも遅くない。
「安心しろ。何かあってもあんな連中、俺ならどうにでもなる。――ほら、行こうぜ」
「わっ、……はい!」
クーニャの背中をポン、と叩いて歩き始める。こういうのは余裕を見せとかないと駄目だ。
慌てて後ろからクーニャがついてくる。
流石にギルドの建物の中で揉め事を起こす気はないのか、二人組もそれ以上俺達に関わってくることもなかった。
「ようこそ迷宮ギルドへ。初めて見るお顔ですね。私は受付のクルーナと申します。大丈夫ですよ。この建物の中では問題はこの私が起こさせません。安心して下さい」
大きな木製のカウンターの奥に座る女性が、俺たちが近づいてきたのに合わせ、そう言って笑顔を見せる。
その言葉と微笑みに緊張がほぐれたのか、クーニャの硬かった表情が柔らかくなる。
「ども。俺たち二人とも冒険者に登録したいんですけど」
クルーナさんは後ろでまとめた赤い髪と眼鏡が印象的な女性だ。
うん。クールビューティ、という表現が似合うな。
「かしこまりました。紹介状はお持ちで?」
紹介状?
そういやそんな制度もあったな。
他のギルドの紹介状があればそのギルドのランクを引き継げるんだが……まあ今の俺らには関係ないな。
「いや、持ってないです。というかギルドの登録自体初めてなんで」
「そうですか。ならばランクは一番下のFランクからということになりますね。……貴女もそれでよろしいですか?」
「はい。あの、ランクっていくつまであるんですか? あと、ランクが上がったら何か変わるんですか?」
クルーナさんは眼鏡をクイ、と右手の中指で押し上げると、カウンターの上に紙とペンを取り出しサラサラと何かを書き始める。
書かれたのはピラミッド状の図だった。一番下にFランク、三角形の一番上にはAランク、と書いてある。
「このように、ランクはFから始まり、Aまであります。一応、その上もあるにはありますが……それは気にしなくてもいいでしょう」
「つまりAランクの人は凄いんですね」
「そういうことです。Aランクの人間は冒険者全体の1%にも満たない存在です。彼らがみな、凄腕の冒険者であることは疑うべくもありません」
クーニャは「ほぁー」、と感心したように頷いている。
ちなみに俺も元々Aランクの冒険者だ。
ここで言っても信じてもらえないだろうし、めんどくさいから言わないけど。
「次に、ランクが上がるとどうなるかですが、簡単に言えば、ギルドからより良い待遇を受けることができます。迷宮の深層の情報の提供、より難易度の高いクエストの紹介などですね」
「なるほど! じゃあ頑張ってランクを上げないと、ですね!」
「そうですね、頑張ってください。それでは、お二人ともこちらに名前と魔力印を」
そう言ってクルーナさんが取り出したのは小さな紙切れ。
魔力印は人それぞれに違う魔力の波長を登録するためのもので、まあ指紋みたいなもんだ。クエストを受けるときや、報酬を受け取るときの本人確認に使用される。
ほとんどないことだが、稀に魔法でに他人に変身して報酬を受け取ろうとする輩がいるから、らしい。
「これに名前を書いて魔力を流し込めばそれで登録は完了します」
俺とクーニャがペンを受け取り紙に名前を書く。
ちなみにニューラの世界の文字は当たり前だが地球とは違う。
違うのだが、俺は自然とニューラの文字で自分の名前を書くことが出来た。
どうやら俺をこっちの世界に送るときに一緒に情報を頭の中に叩き込んだらしい。神様ってすごい。
「ユズル様にクーニャ様、ですね。承りました。これで登録は完了です」
紙に名前を書いて魔力を流しこむだけ。実にシンプルな手続きで非常によろしい。
クルーナさんは登録書を奥に置いてある机の引き出しの中にしまい込むと、また別の引き出しを開け、拳ほどの大きさの革袋を二つ取り出し、俺達の前に置く。
「それでは、こちらがギルドから支度金となります。一人につき一万レニーです」
「お、おおお、お金もらえるんですかっ!? 私達まだ何もしてないのにっ!?」
横のクーニャが身を乗り出し、目を見開いて驚いている。
「ええ。新人冒険者の支援もギルドの重要な役目の一つですから。あなた方が一人前の冒険者になれば我々にも利益をもたらします。これはその未来への投資へというわけですね」
そう言って微笑むクルーナさん。
余裕のある大人って感じだ。
「ほぁぁぁ……! 一万レニー……」
一方、クーニャはなんか革袋を見つめながら口をパクパクさせてる。
まるでお年玉で1万円札を貰った小学生みたいだ。
冒険の準備などを考えれば多いとは言えない額だが、ただで貰えると思えばこの反応も納得なのかもしれない。クーニャが元いた場所では中々お目にかからない額の金だったのだろう。
「ありがとうございます、クルーナさん。ありがたくいただきます」
「ありがとございますっ!」
まるで宝でも受け取るかの様な大げさな仕草で、革袋を大事そうに受け取るクーニャ。よほどのカルチャーショックだったのか相変わらず口は半開きのままだ。
多分、「都会って凄い……」的な衝撃に打ちのめされているんだろう。
「また何か聞きたいことがありましたら、こちらまでお越しください。貴方がたの健闘を祈っています」
「はいっ! 祈られさせていただきます!」
勢い良く変な答えをするクーニャに思わず苦笑してしまう。
まるで扉をくぐったときとは別人のようだ。
「ユズル、それじゃあ行きましょう! クルーナさん、ありがとうございました!」
「おう。……ところでクルーナさん、俺達ってどこかで会ったことあります?」
立ち上がり、去り際に俺は少し気になったことをクルーナさんに質問してみる。
クルーナさんは俺の質問に不思議そうな表情を浮かべている。
「いえ……私の記憶違いでなければ、これが初めてだと思います」
「ですよね。変なこと聞いてすみません。それじゃ、ありがとうございました」
俺たちは再びギルドの入り口の扉を開き、外へ出る。
外はもう既に真っ暗だった。早めに食事と宿をとって休みたいところだ。
「一万レニー……ふふ」
俺の横を歩くクーニャは思わぬ臨時収入にほくほく顔だ。
まあ……俺は知ってたんだけどな。
俺が今日中に登録をしようと急いでいたのもこれが理由だ。
街に入れても金がなければどうしようもない。飯も食えないし宿にも泊まれないので、ひとまず軍資金を手に入れる必要があったというわけだ。
「無駄遣いしたらすぐなくなるから注意してな」
「むぅ、わかってますよ! 私だって冒険者になるんですから、ちゃんとその為に使います」
「わかってるならよろしい。落とさないよう、ちゃんと服の中にでも隠しとくように」
俺の言葉にはっとしたのか、クーニャは手に持っていた革袋を大事そうにローブの内側へと入れる。
言うまでもなく俺の分はアイテムボックスに放り込んである。
「……でも私、ほんとにびっくりしたんですよ!」
「ん?」
「一万レニーなんて大金がただでもらえるなんて」
「そうだな。ギルドもそれだけ真剣なんだろう」
同時にそれだけ儲けてるってことでもあるのだが。
とはいえ冒険者に登録したからといって、一万レニーをポンと渡せるのは迷宮ギルドくらいなものだろう。そういう意味では迷宮ギルドの規模は群を抜いていると言っていい。
「本当に……都会って凄い……。ね、ユズルもそう思いませんか!?」
都会の感動に目を輝かせて俺を見るクーニャ。
やはり、俺の予想は当たってたようだ。
「ああ。……都会って、凄いな!」
ヒルルエの街を歩きながら都会の凄さに頷き合いながら歩く俺たち。
ていうか俺は相槌うってるだけなんだが。
その後も宿に着くまでクーニャの都会感心話を聞かされるのだった。
ていうか、これでダロスさんにお金払いにいこう。