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~手のなるほうへ~  作者: コンブ
第3章
112/112

14


「と、言いますか、杏里様死なないで下さいっ。絶対に生きて下さいっ」


顔を上げた葉月は瞳を潤ませて、子犬のように杏里を見つめた。



「馬鹿だね、お前は。死ぬ気なんかないさ」


「ですが急にあんなこと仰るから、なんだか杏里様が遠くに行かれてしまうような気がして……」


ぐすっぐすっと鼻を啜る様子は、まだあどけなさを残している。


元々優しく純粋な少年である葉月は、人間の年で言えばまだ義務教育を終えた程度で、大人とは言えない年齢である。


杏里はひとつため息をつき、その頭をそっと撫でる。



「騎士がそんな情けない顔をするな、まったく呆れるよ」


「も、申し訳ございませんっ」


「オレはお前を後継者だと思っている。だからもっと心も身体も鍛えておけよ」


「……はいっ。ありがとうございますっ」


つい何秒か前までの情けない表情を一新し、葉月は大輪の太陽の花によく似た笑顔を見せた。


「じゃ、たっぷり鍛練することにしようか」



「よろしくお願いしますっ」





桔梗と右京の想いが成就してから、幾月も過ぎた。


何度も西の国と際どい死闘を繰り広げるも、決着はつかない。


杏里率いる騎士団も連日戦場に赴き、敵である西の兵とせめぎ合った。


肌の色が違うだけの、同じ鬼を切り倒す。


杏里はそれが辛くて仕方がない。


鬼は非情な魔物や怪物だと人間は思い込んでいるけれど、実際は人間と同じに仲間を想い家族を想う。


魔物のような強い魔力も無く、人間のような弱い身体でもない。


こんなくだらない戦いをするべき下等な存在ではないと、杏里は考えていた。


だからこそ、戦いに参加して終わらせたい。


そして平和に暮らしたい。






久しぶりに妹の待つ家に戻ると、桔梗は兄の帰りを泣いて喜んでくれた。


何日も音沙汰無く家を空けるなど、今までに無かった。


要らぬ心配をかけて申し訳ないと謝ると、今度は怒られた。


「お兄様は悪くないのですから、軽々しく頭など下げないでください。騎士団の団長さんなんですからっ」


そんな妹の元気な様子を見ると、とても安堵する。


斬新な味の茶や料理も、理解不能の思考持ち主の天然な妹も、杏里にとって大切な家族の持ち味である。


「オレも右京も居なくて寂しい思いをさせたな」


紫色の甘い茶を飲み、ひと息つく。


「いえ、実は孤児院のお手伝いをしてました」


「孤児院?城の施設の?」


「ええ。なんでも人手が足りないって聞いたので、子供たちのお世話の手伝いです」


「そうか。それはいいね」


葉月のように親を戦争で亡くした子供たちを集めた施設が城の敷地内にある。


そこでは衣食住の事はもちろん、教育も徹底して与えている。


親がいなくても立派に育つように、と先代の王の計らいだ。


「手伝いって、どんなことしてきたんだ?」


「今日は小さい子供たちに絵本を読んであげたの。あとは女の子の髪を結ってあげたり、お菓子作りとか……」


「食べる物はちと危険だな」


ボソっと杏里は呟く。


「え?何か言いました?」


「いや、何でもない。まあこれからも行ってやるといいよ。女性がいたほうが子供も安心するだろうしね」


「そうしますっ。だいぶ懐いてきてくれて、私も楽しいし」


素直な性格だから、子供も受け入れてくれるんだろう。


「明日は右京も城に居るだろう。逢えるといいね」


「えっ、あっ、おっ……お兄様?知ってたのですか??」


あたふたする桔梗を見てニヤニヤと笑う。


「城で暮らしたいのなら、いつでも右京に言ってやるぞ。さっさと婚儀を済ませろとね」



「おっ…おおお、お兄様?!」


「さて、そろそろ城に戻るわ。色々忙しいから今夜は遅くなる。先に寝てろ」


立ち上がり、剣を手にする。


「わかりました。気を付けて」


桔梗に見送られ、城へ向かう。


本当は仕事など無いけれど、きっと右京が桔梗を訪ねるだろうと気を利かせたのだ。


(さっさと嫁いでしまえばいいのに)


なんて心でぼやきながらのんびりと歩く。


本当は桔梗が嫁いでしまったら寂しい思いをするのは分かっているのに。



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