4話
時刻は朝9時過ぎ、ベットから上半身を起こし脇にあるカーテンを開けると陽の光が差し込み部屋の中を照らす。
「んー…」
陽の光に反応してイーナが身をよじる。カーテンを再び閉めると私はベットから立ち上がりイーナを寝かせたまま一階に降りる事にした。
「おはようございます」
「おはようございます。昨日は本当にありがとうございました」
「お気になさらず、マルクは大丈夫そうですか?」
ローレンスとアンナは深々と頭を下げる。私はカウンターに移動しながら、店内を確認すると客はいない。レオンがソファーで寝ているだけだった。
「マルクはまだ寝ています。傷の手当ては済ませましたが、まだ疲れているのでしょう」
アンナは紅茶を差し出して、カウンター奥に戻っていく。
「いただきます。今後の件ですが…」
「この店は閉めて別の場所か街で暮らした方がいいだろうな」
食器入れから素早くナイフを取り出し後ろを向かず後ろに突き刺した。
突き刺したナイフはいつの間にか後ろに立っていたレオンの指の間で受け止められ奪われる。
私の隣に座るとナイフを食器入れに戻し、アンナにコーヒーを頼む。
「朝から元気だな」
「朝から気持ち悪いのよ」
「ふっ。俺はもうそんな言葉じゃへこまないぜ。リーゼ?」
ふんぞり返り、そう答える。
本当に腹立たしい。
「リーゼさんと言うのですね、名前を聞きそびれていたので」
アンナがレオンにコーヒーを差し出しながら、私の名前を嬉しそうに呼ぶ。
「いえ、申し遅れましたリーゼロッテです」
「こちらこそすみません、恩人の名前を今更聞くのも失礼かと思いまして、しかし愛称で呼ばれるとはレオンさんとは仲が良いのですね」
「何せ俺の妻になる女だからな」
あらまぁとトレーで口元を隠し、私とアホを交互に見やるアンナ。ローレンスまで暖かな眼差しを向ける。
片手で頭痛などしないはずの頭を抑え、私は溜息をつく。
「このアホの発言は無視してください。話を戻しますよ」
穏やかな空気が流れていた店内を無理矢理変えると話を続けた。
「ローレンスさん、約束通りラルクくんは見つけましたがこの後どうするつもりですか?」
「そうですね。ラルクがどこで見つかったかは聞いてもよろしいですか、リーゼロッテさん?」
おおよその見当はついているだろうがローレンスは聞いてきた。
「マフィアのアジトよ」
「やはり…そうですか…」
ローレンスは深く息を吐きアンナと向き合った。
「アンナ、すまないがこの店を閉めて違う街で新しく店を始めよう。粘ってもこの地区の開発はこの街の政策の一部なんだ。それにラルクをこれ以上危険に晒すわけにはいかない」
「そうね、仕方がないわよね…」
アンナは店内を見渡し、涙を流す。
ローレンスはアンナを抱きしめる。
「それで、リーゼはお嬢ちゃんをどうするんだ?この街の施設に連れていくか?」
イーナは何処から攫われたかわからないし、ローレンス夫妻に引き取ってもらうわけにもいかないだろう。何よりあの姿だ。また良からぬ連中に利用されかねない。
レオンの問いに私が考え込んでいると、店の扉が開かれた。
「お客様、すみませんが本日は休業でして」
慌てた様子で入ってきた男にローレンスは声をかけるが、男は息を整えるとローレンスを無視して私に声をかけてきた。
「姉さん!大変っす!」
「誰が姉さんよ」
振り返ると慌てた様子のクライスが
いた。私の言葉を無視して
「姉さんの相棒がマフィアのアジトから帰ってこないんっすよ!」
「おい、ガキ!」
レオンが突然立ち上がり
「相棒ってなんだ。あぁ?」
無駄に覇気を漂わせ、クライスを威嚇しローレンス夫妻は顔を青くする。クライスはアホの存在に声がかけられてから気付き、驚愕の顔を青白く変化させていた。
「こ……孤高の死神……」
レオンの2つ名らしい言葉を吐き、今にも倒れそうなクライス。私に言い寄ってくる姿からは考えられない2つ名だ。
私は手にしたフォークでレオンの二の腕を刺し、覇気を霧散させる。
「なんだよリーゼ。こいつとはどういう仲なんだ?」
「少なくともあなたより親しい間柄ね」
えっ?とクライスは目を丸くし、ほぉっと指を鳴らすレオン。
「ローレンスすまないな。店をたたむ前に潰しちまうかもしれない」
「ね……姉さん!何いってんすか。俺と会うのは初めてっすよ!?」
フェリクスの姿では会っているので、つい親しい間柄といってしまったが確かにそうだ。
「フェリクスから話は聞いているわ。正確な情報が売りの情報屋さんね」
それからクライスは周りに自己紹介をし、先程の話をしようとしたが、
「フェリクスなら心配ないわ。今頃何処かの土の中よ」
レオン以外は頭に?を浮かべ、アホは憮然とした顔をしていた。
「フェリクスさんというのはその……」
「あぁ、昨日ここにきたマフィアを始末した人っす」
アホは興味深く話を聞き、ローレンスはあぁっとうなだれた。
「私はなんという事を……助けてくれた方に化け物などと……」
「気にしないでください。お伝えしなかった私が悪いので」
しかし、とうなだれるローレンスの肩をアンナが支える。
「一度殺りあってみてぇな」
拳と拳を胸の前でぶつけ、物騒なこと言う。
私用が多分に入った言葉を無視して私は冷めてしまった紅茶を見つめた。
冷めてしまった紅茶を一口飲み、一息つく。
時刻は10時に差しかかろうとしていた。
ローレンスは昨日の件で自警団の聴取に向かい、アンナはマルクの様子を見に二階に上がっていた。
クライスにある程度の事情を話し、
「姉さんはこの後どうするんだ?」
レオンの隣に座っていたクライスが尋ねる。
「しばらくはイーナの親探しをするわ。あの子はこの世界では特殊すぎるもの」
「髪色だけで気にしすぎじゃないっすか?」
クライスは紅茶を一口飲んで言う。
「それになぁ、引き渡したとして同じような事を考える連中は五万といるぞ、引き渡したら我関せずとリーゼはできるのか?」
レオンの言葉に押し黙る。
小さな手で必死に離さまいと握ってくるイーナを親に引き渡して今後の危険を放置していけるのだろうか。
だが、一生私が守っていくことなどできるわけがない。
「まぁ、そこまで面倒みる義理もないか。マルクを助けのついでに助けただけだからな」
その通りだ。その通りだが、私は私がどうしたいのかわからないでいた。
私が押し黙っていると
「姉さん。とりあえずあの子のことは俺に任せろっす」
情報を集めてくるっすとクライスは紅茶を飲み干し、駆け足で出て言った。
「いい子分じゃないか」
「子分じゃないわ。それよりあなたこそどうするの?」
「俺か?俺はもうしばらくしたらキメラのアジトに戻るさ」
「どうして……」
「一飯の恩があるからな。俺の中の矜持ってやつだ。気にするな」
覚悟を宿した瞳が私を見つめる。
私はそれ以上追求はしなかった。
しばらく振り子時計の音だけが響いていた。
「リーゼさん。イーナちゃんなんだけど」
ふと、アンナがカウンター奥から声をかけてきた。アンナに手を引かれ瞳に涙を浮かべているイーナが出てきた。
「ママッ……」
たったったっと駆けてきて私の足にしがみつき足に顔を埋める。
「起きたらリーゼさんがいなくて不安だったのね。廊下で座り込んでたわ」
温かいものを入れるから待っててと、アンナはカウンターの中に戻る。
私はイーナを連れてソファーに移動して座るとイーナは私に向かって膝の上に座りギュッと抱きついてきた。
「こりゃ色々大変だな。俺はそろそろ行くぜ」
「この度は本当にありがとうございました」
「気にすんなよ。俺はリーゼに協力しただけだからな」
そう言うとカウンターから私達の方に来て、大きな手をイーナの頭に乗せ優しく撫でる。
「また縁があれば会えるさ。その時までに結婚のことは考えてくれればいい」
「バカじゃないの!?」
この男と話すとどうも調子が狂う。
「じゃーな」
「ばいばい……」
小さな声がレオンの背中にあたる。
「おう!」
レオンはそう言うとあっさりと店を出ていった。
「ママ寂しいの……?」
レオンが出ていった扉を見つめていると、イーナが小さな声でそう言って先程より強く抱きついてきた。
私はイーナの髪を撫でながら
「そんなことないわ」
と言い、また扉に視線を向けていた。
昼間の表通りはものすごい人通りでちょっとしたお祭り騒ぎだった。イーナの親を探しに出ることをアンナに伝え私とイーナは街の表通りに来ていた。
昨日からこの街では暗い部分しか見ていなかったので、この喧騒が懐かしく感じる。
私に抱えられたイーナも珍しいものを見るように辺りを見渡している。
「人いっぱい……」
喧騒にかき消されそうな声でイーナが呟く。
「イーナはこの街ははじめて?」
まだきょろきょろしているイーナに私は尋ねた。
「?」
イーナは首を傾げ私を見る。まだ街などの概念がわからないのだろう。そういえば年は幾つなのだろうか。マルクと比べるとマルクより幼くみえる。
「年は幾つ?」
「?」
再び首を傾げ、辺りに興味を移す。
仕方なく私は出店でいくつかの食べ物を買い紙袋に入れてもらってから、歩いている時に見つけた芝が広がっている広場で昼食を取ることにした。
同じように家族連れやカップルなどが、思い思いに広場で過ごしていた。
紙袋からパンに千切りにされた野菜やソーセージらしきものを挟んだものを取り出し、イーナに渡す。
イーナは相変わらず私の膝の上で、鼻をぴくぴくささながら匂いを嗅ぐと恐る恐る食べ始める。
「美味しいね」
「そうね」
紙袋に入っていたナプキンでイーナのソースのついた口元を拭う。んんっとイーナは嫌がったが無視して拭う。
昼間の表通りは平和そのものだった。
可視化の領域を店を出てから展開しているが私達に近づく者やつけているものはいない。
「ママ。食べないの?」
魔力で具現化した肉体はほとんど人間と余り変わりないが、食事は魔力で補えるので本当は必要はない。
気分で食べるのと趣味というか娯楽の一部になっている紅茶を飲むくらいだ。
「私はいいからイーナがたくさん食べて」
そう言うと、ぱくぱくとゆっくりご飯を食べ、口元が汚れるたびに私がナプキンで拭く。
ご飯を食べ終え、ゆっくりしていると何回か子供が近づいてきて一緒に遊びたそうにしていたが、イーナが私の胸に顔を埋め、イヤイヤする。
頭を撫でながら、ごめんねと子供たちに言うと立ち上がってあやす様に身体を揺らす。
しばらくすると寝息が聞こえてきた。そうすると少し前から様子を見ていたクライスが話しかけてきた。
「お腹いっぱいになって寝ちゃったっすね」
「そうね。何かわかったの?」
「ここじゃなんなんで。もう少し人が少ないところでもいいっすか?」
クライスは踵を返し、私は後について行く。
少し歩いて人通りの少ないところまで来るとクライスは立ち止まり結論から話し始めた。
「その子は隣町のスラムの孤児っすね。隣町でも髪色が違うってことで随分酷い扱いを受けていたようっす。最初は周りの子供たちと変わらない髪色だったそうですが、徐々に青白い髪色になっていって災厄の子供だとかで両親は殺され、どうやったのかスラムに逃げ込んでこの歳まで生きてきたのが奇跡っすよ。それからスラムに災厄の子供だとかがいると噂をマフィアの連中が知って、見世物にしようと連れてこられたって事っす。その頃にはもうイーナって名前しか覚えてないようでしたが……」
なまじ魔法の素養があったせいで恐らく無意識的に魔素を取り込み魔力に変えて生きながらえてきたのだろう。
それが余計に彼女に強い力を与え、青白い髪色への変化を加速させるに至ったのか…
私は強い憤りを感じた。
「けど結果は姉さんと出会って少しずつでも心を開いてるみたいっすね。俺が言えた義理じゃないけど、この子の面倒見てあげられないっすか?その為なら俺も協力するっすよ」
熱のこもった声でクライスは私を見ていた。
私は寝ているイーナを見つめ頭を撫でる。
確かにこの子は私に心を許しているのだろう、少しだがローレンス夫妻にも話ができるし、あのレオンにだって最後に話しかけていた。
私は葛藤していた。
私は剣であり、兵器である。
そんな私が人の面倒、ましてや親代わりなどつとまるわけが……
ふとイーナが服を掴む手を強く握り、
「ママ……」
と寝言を言った。私はイーナを少し強く抱きしめ、
「少し考えさせて……」
そう言って、私は表情を曇らせた。
今の時代、人の命はとてつもなく軽い。
きっとイーナのような子供は沢山いるし、すべてを救うことなんて出来ない。それでも……
ドォォオオン!!!
街中に突如爆音が響いた。




