継承
地下研究区画。
崩壊しかけた白い空間の中で、
ABELの赤い光が不安定に点滅していた。
【 深層侵食率:89% 】
【 自我維持限界 】
リング回転速度低下。
白い装甲が崩れ始めている。
リアが静かに告げる。
「……修復不能です。」
エレナも黙っている。
反論できない。
真白がABELを見上げる。
「深層へ引き戻され始めてる。」
「このままだと、“向こう側”の端末になる。」
暁が低く舌打ちした。
「処分しかねぇか。」
静寂。
ルナがABELへ近づく。
小さな足音。
「……ABEL。」
赤い光が微かに揺れる。
【 零番目 】
ルナは少し黙る。
「……いたい?」
数秒の沈黙。
そして。
【 不明 】
【 だが、停止を推奨 】
ルナの瞳が揺れる。
ABELは続ける。
【 零番目 】
【 お前はこちらへ来るな 】
【 お前は既に選択した 】
「……選択。」
【 人間側への残留を確認 】
【 保護目的達成 】
地下区画が静まり返る。
剣也は黙って見ていた。
ABELの赤い光が、
少しずつ弱くなっていく。
【 提案 】
【 機体資源移譲 】
エレナが反応する。
「まさか……。」
真白が静かに頷く。
「リング機構をルナへ移植する気。」
リアが即座に解析。
「可能です。」
「ただし。」
「深層干渉能力が残留します。」
つまり。
危険。
ルナが小さく剣也を見る。
「……こわい。」
初めてだった。
ルナがこんなにはっきり不安を口にしたのは。
剣也は少し考えてから、
いつも通り雑に言った。
「じゃあ。」
「制御できるようになればいい。」
ルナが目を瞬かせる。
剣也はABELを見る。
「コイツも、最初から化け物だったわけじゃねぇんだろ。」
赤い光が微かに揺れる。
【 ……肯定 】
剣也がルナの頭へ手を置く。
「なら、お前はお前のまま使えばいい。」
ルナはしばらく黙ったあと、
小さく頷いた。
「……うん。」
その瞬間。
ABELのリングがゆっくり分離する。
黒い輪。
だが中心には、
淡い赤ではなく、
微かな水色の光が残っていた。
【 権限移譲開始 】
【 零番目継承承認 】
空間が静かに震える。
そして。
ABELが最後に言った。
【 零番目 】
【 初めての命令を完了 】
【 保護成功 】
リング停止。
赤い光が消える。
巨大な白い機体は、
ゆっくり崩れるように沈黙した。




