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誤差の中で

帰宅後。


静か。


戦闘の余韻は、もう表面には残っていない。


だが――


完全に消えたわけでもない。


リビング。


剣也はソファに座っている。


リアは向かいで端末を操作中。


ルナは――


少し離れた場所に立っていた。


いつもより距離がある。


「……どうした。」


剣也が声をかける。


ルナはすぐに反応しない。


数秒。


「……最適距離、再計算中。」


淡々とした声。


だが、内容は明らかに“いつもと違う”。


「は?」


「……近接時、処理負荷上昇。」


つまり――


「俺の近くにいると不安定になるってことか?」


ルナは少しだけ考える。


「……否定できない。」


正直な返答。


剣也は頭を掻く。


「めんどくせえな。」


リアが口を開く。


「事実として、戦闘後の出力は不安定。」


「観測による“選択”が増えた影響。」


ルナの水色の髪が、わずかに揺れる。


さっきより、少しだけ淡い。


「……選択数、増加。」


ぽつり。


「……処理、追いつかない。」


剣也は立ち上がる。


距離を詰める。


ルナは一歩、後ろに下がる。


「おい。」


その一歩に、


剣也の動きが止まる。


「……避けてるのか。」


ルナは答えない。


ただ、視線を少しだけ逸らす。


それだけで十分だった。


沈黙。


短い。


だが重い。


リアが静かに言う。


「過負荷時は接触を避けるのが合理的。」


理屈としては正しい。


だが――


剣也はため息をつく。


「合理的ね。」


そして、


もう一歩、前に出る。


ルナは動かない。


今度は。


「……来るな。」


小さく言う。


「制御、外れる可能性。」


それは警告だった。


剣也は止まらない。


そのまま、


ルナの前に立つ。


「だったら外してみろよ。」


挑発でも、軽口でもない。


ただの事実確認みたいな言い方。


ルナの瞳が、わずかに揺れる。


「……危険。」


「知ってる。」


即答。


「でもな――」


一拍。


「それで離れる理由にはならねえ。」


ルナの指が震える。


内部で何かが競合している。


「……処理……不安定……」


声が少し乱れる。


水色の髪が、淡く光り始める。


リアが立ち上がる。


「剣也、離れて。」


だが剣也は動かない。


「大丈夫だ。」


根拠はない。


それでも言う。


ルナの視界。


ノイズ。


選択肢が増える。


回避。


排除。


接触拒否。


距離維持。


無数の分岐。


だが――


その中に一つだけ、


“違うもの”がある。


記録。


山。


あの時。


手を掴まれた。


引き上げられた。


「……接触。」


その選択だけ、


消えない。


「……剣也。」


名前を呼ぶ。


少しだけ、はっきりと。


「なんだ。」


「……選べない。」


初めての言葉。


“できない”じゃない。


“選べない”。


剣也は少しだけ笑う。


「じゃあ選ばなくていい。」


「……?」


理解できない反応。


「全部やれ。」


雑。


だが本質。


「ミスってもいいから、止まるな。」


ルナの処理が一瞬止まる。


「……それは。」


「非効率?」


剣也が言う。


「でもそれでいい。」


一歩、近づく。


今度はルナは動かない。


「お前さ――」


少しだけ声を落とす。


「最初から正解出そうとしてんだろ。」


沈黙。


図星。


「そんなもん無理だ。」


はっきり言う。


「俺だって適当だしな。」


リアが横から冷静に言う。


「それは事実。」


「おい。」


空気が少しだけ緩む。


ほんの一瞬。


ルナの中。


ノイズが少し減る。


選択肢は多いまま。


だが――


“止まる”という選択が消える。


「……継続。」


小さく呟く。


一歩、前に出る。


距離が縮まる。


接触。


袖を、軽く掴む。


以前より弱い力。


だが、自発的。


「……これでいい?」


剣也は頷く。


「ああ。」


リアはそれを見て、


ほんの少しだけ視線を逸らす。


だが今回は、


何も言わない。


静かな時間が戻る。


完全ではない。


不安定なまま。


それでも――


止まってはいない。


窓の外。


誰もいない。


だが、


一瞬だけ、歪む。


起点。


見ている。


遠くから。


「……誤差。」


小さく呟く。


だが、その声に


以前とは違う何かが混じる。


「……拡大。」

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