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13.課題

 その日の晩、リーゼロッテは二百人の子供たちに愛を捧げられ終わって帰宅していた。

 ラフィーネからも愛を捧げられ、彼女は静かにベッドで寝息を立てている。


 愛を捧げ終わると疲れ切った魂を癒す為、そのままその人間たちには眠ってもらう事にしていた。

 なので愛を捧げてもらう時間は夕食後、寝る前になる事が多い。

 週に一回の頻度で熟成コースを施してきている魂は、今ではすっかり美味しい愛を滴らせるようになっていた。

 感情が大きくなるほど、つまり魂が活力に満ちるほどリーゼロッテが得られる魔力も大きくなるので、彼女の魔力は日々増大する一方だ。


 魔王城に居る時は『お仕置き』だった熟成コースも、毎日愛を捧げる事が約束されている子供たちにとっては懲罰にならない。

 出立前に『お仕置き』された召使いが今頃どうしてるかなと、ふと思うが、彼女を救ってやる手段をリーゼロッテは持っていない。


 リーゼロッテがラフィーネの部屋からリビングに戻ると、夕食を終えたヴィクターが静かにソファに座ってくつろいでいた。

 彼は夜遅くまで様々な作業に従事しているので、帰宅するのはいつもこのぐらいの時間だ。


「帰っていたのねヴィクター。

 隣町からの護送の件はいつ頃になりそうかしら」


「ヴィルケ王子が名乗り出て、彼の近衛騎士五人が同行することになりました。

 手の空いてる役人十人と兵士二十人を加え、明日にでも出立できます」


 有能な副官は仕事が早い。


 ――すこし、吐き出しておこうか。今なら他に誰も聞いていないし。



 リーゼロッテは午後の蜂蜜の宴――そこでドミニクから言われた事を、全てヴィクターに伝えた。



「なんだか、アーグンスト公爵の言う通りの流れになったわね。

 でもこの手を打たずに放置すれば、この地方の人間が絶滅するのは避けられそうにない。

 分かっていてもどうにもできない感じね」


「……おそらく、ある程度都市機能が回復し、殿下の子供たちが数世代を経た時点で視察が入ります。

 順調に計画通りの姿だった場合、アーグンスト公爵は殿下の執政官継続を決めるでしょう」


 ――やっぱりそうなるかなぁ。


 その頃には他の地方の人間が致命的に数を減らして立ち直れなくなっている可能性が高い。

 そうなってから手を入れようとしても手遅れだろう。


 結局人間社会が残るのは、この大陸南西部だけという事になる。

 リーゼロッテにできるのは、この地方の人間と文化が途絶えないようにすることぐらいだ。


 そうやって延々とこの地方に残った人間とその文化を守ることがリーゼロッテにできる事だった。

 『魔王の娘』とて万能ではない。

 途中でその手を離す事は許されないだろう。

 許されても、人間と共に魔族も滅ぶ未来が待っているだけだ。


「子供たちの愛と歓喜を食べるつもりの私が言える事じゃないのは分かっているけれど、自分の実質的な孫を使って魔族を養おうだなんて……酷い話よね」


「それほど大陸の人間が大きく数を減らしているという事です。

 特に次世代を担う子供たちの数は、この地方に限らず少ないようでした。

 そう遠くないうちに回復不可能にまで人間社会が崩壊しているでしょう」


「……もう、他の地方の文化は消え去るだけなのかしら。

 少しもったいないわね」


「仕方ありません。

 殿下が手を尽くしても、この地方の文化を守るのが限界です。

 他の地方を救う程の手勢を作る時間はありませんし、殿下が直接、他の地方を制圧したとしても、その地方の人間社会を立ち直らせるだけの余力はありません。

 この地方に力を集中させねば、この地方の文化すら守り切る事は難しいでしょう」


「そうしてこの地方だけは守り抜きつつ、私は私の子供たちを『出荷』し続けるのかしら……

 ねぇ、私が『出荷』を認めなかったら、どうなると思う?」


「外部の魔族が攻め入ってきて、人間を適度に攫って行くだけでしょう。

 それを殿下が迎撃して防いだとしても、増えすぎた人間を養うだけの領土がありません。

 増えすぎた人間が自ら『出荷』を志願すると思います」


「人間を増やす手を緩めて、迎撃を続けたらどうなるかしら」


「食糧を失った魔族が滅ぶ前に、陛下自らが人間を攫いに来るでしょう。

 殿下にそれを防ぐだけの力は、おそらくないはずです。

 大きく数を減らした人間を回復させる為に、殿下は再び人間を『増産』せざるを得なくなる。

 『増産』と『出荷』の流れを止める手立てはありません」


 リーゼロッテはソファで項垂れて考え込んだ。


 確かに、用心深い魔王がリーゼロッテとの力量差を見誤る事はないだろう。

 魔王が確実に勝てる間に、この地方から人間を攫って行くはずだ。

 リーゼロッテが魔王に勝てるほど力を溜める事を、魔王は決して許しはしない。

 『出荷』の手を緩めても、人間を攫われるだけの話にしかならない。


 リーゼロッテが魔族を、魔王を裏切る決意をしたとしても、結果は変わらないのだ。


 リーゼロッテに許されているのは人間の『増産』と『出荷』のみ。

 この地方の人間とその文化を守りつつ、それを行い続けるのがリーゼロッテにできる精一杯だろう。


「……私が先頭に立って戦うという手はどうかしら。

 この地方を立て直した後、他の地方から魔族を追い出して人間を移住させるとか」


「殿下には複数の地方を守り切るだけの力はありません。

 どちらかを守れば、どちらかが落とされます。意味はないでしょう。

 それに、殿下を失えば人間社会を維持できなくなる、これはそういうシステムです。

 殿下が戦争の矢面に立つことを、人間たちは許さないでしょう」


 リーゼロッテが深いため息をついた。


「本当に、アーグンスト公爵はつくづく頭の回る魔族よね。

 何をしようと逃れられない――

 いえ、そこまで人間が追い詰められてしまった時点で、この運命は決定づけられたのかもしれないわね」


 リーゼロッテは項垂れて、憂鬱な気分を吐息と共に吐き出した。

 そんな彼女を見て、ヴィクターが語りかけた。


「望みが全くない訳ではありません」


 リーゼロッテは顔を上げ、ヴィクターの目を見つめて言葉を待った。


「殿下には月の神の寵愛があります。

 月の神の神殿機能を回復できれば、殿下が陛下の力を上回ることはできるかもしれません」


「……それは可能な事なの?」


「霊脈の支配権を陛下が握った状態です。

 陛下の許しなく機能回復することはできませんし、陛下がそれを許可する見込みはないでしょう」


 魔王が容易に神殿機能の回復を許可するわけがない事は、リーゼロッテにも理解できた。

 豊穣の神の神殿は、ヴィクターがなんとか口説き落とした結果だろう。それ以上は望めない。


「――ですが、陛下の許可なく神殿機能を回復する事も不可能ではありません」


「それはどういう事?」


「既に、豊穣の神の神殿が機能回復しています。

 つまり、豊穣の神の力を人間が借りることが出来る状態です。

 これが唯一、人間が魔族に対抗する手段となり得ます。

 これを再び封印すれば、人間を養う事ができなくなりますので、陛下も再び神殿機能を封印することには躊躇するでしょう」


「つまり、豊穣の神の力で月の神の神殿機能を回復してもらう――そういう事?」


「はい。同時に、豊穣の神の加護を人間たちに与え、戦力を増強することもできます。

 魔族には知られていませんが、豊穣の神は戦いの神の側面を持ちます。

 強力な豊穣の神の加護を得た戦士たちは、魔族の力を大きく削ぐことが可能です。

 月の神の力を借りた殿下と、豊穣の神の力を借りた戦士たち――

 この軍勢で、一手で魔王城へ攻め込み、陛下を打倒する。

 そうすれば、殿下は抜け出す事の出来ない『増産』と『出荷』の運命から脱出することも可能です」


 リーゼロッテはまた少し考えてから、ヴィクターに尋ねる。


「それは、現実的な話と言えるの?」


「……残された唯一の希望、としか言えません。

 月の神の神殿機能を回復できるか否かも、やってみなければわかりませんし、そこから魔王城まで一手で攻め入るのも、簡単な話ではないでしょう。

 月の神の神殿機能が回復したのを陛下が察知すれば、陛下は殿下を抑えるために何らかの手を打ってきます。

 陛下に気付かれぬように豊穣の神の加護を得た戦士たちを育成しつつ、機が熟した頃に殿下が月の神の力を借り、一手で魔王城まで攻め切る――困難な道だと言えます」


 ……確かに、唯一の希望かもしれない。


 リーゼロッテが魔王の力を上回るには、魔王に気付かれないように短時間で強い力を得るしかない。

 人間ほど小さな存在が魔族と対抗できるほどの力を得られる神の奇跡、それをリーゼロッテが得ることが出来るなら、それが叶う。


 充分に数を増やし、出荷せざるを得なくなるほどの人間たちに神の加護を与え戦士とする。

 リーゼロッテ自身が魔王を倒せるだけの力を得てから、その軍勢で魔王城まで一気に攻め上がり、魔王を倒す。


 この計画には、いくつかの課題がある。


 一つ。リーゼロッテが魔族を裏切る決心をする事。

 一つ。月の神の神殿機能を回復できるか否か。

 一つ。短期間で豊穣の神の加護を使いこなせる戦士たちを育成しなければならない。

 一つ。大勢の人間を連れて、魔王城まで一気に攻め上がる方法。

 一つ。力で上回ったとしても、娘にすら姿を隠し続ける用心深い魔王を打倒する方法。


 ――そして最後の一つ。私が愛するお父様を滅ぼせるか否か。


 リーゼロッテには一つ一つが困難で、達成できるか分からない課題ばかりに思えた。


 リーゼロッテはあくまでも魔族で、愛する父を慕う『魔王の娘』だ。

 そんなリーゼロッテが同族を裏切る覚悟をしたとしても、更なる困難がいくつも待ち受けている。


 仮にすべてを達成したとして、魔族を裏切ったリーゼロッテは人間社会の中に唯一残った魔族として、どう生きていくのだろうか――その未来も見えなかった。

 魔王を滅ぼせばヴィクターは全ての若さを失い老人と化し、間もなく寿命を迎えるだろう。


 大陸全土を覆うまで、ヴィクターの居ない状態でなんとか人間を増やし続け、人間社会を復興させていくのだろうか。

 それが仮に無事終わった時、リーゼロッテはどうなるか。


 リーゼロッテはラフィーネと共にひっそりと辺境で寿命が来るまで生き続けるのだろうか。

 ラフィーネ一人の愛では、リーゼロッテは次第に衰弱していくことになる。いつまで生きていられるか分からない。

 リーゼロッテが死ねばラフィーネも一瞬で若さを失い、間もなく寿命を迎える。


 大陸の人間社会を救った英雄としては、悲しい報酬、悲惨な末路だろう。


 ――まぁ英雄として称えろだなんて、少しも思わないけどさ。



「希望に見える絶望、そんな気分ね――

 でも、何も見えない暗闇よりはマシと思える、かな?

 ありがとうねヴィクター。

 ご褒美、あげようか?」


「ご褒美ですか?」


「そうよ。あなた、そろそろ私の愛がほしくて堪らないでしょう?

 二年半も我慢してるんだもの。

 これだけ頑張っているヴィクターにも、報いは必要なはずよ。

 私に光明を見せてくれたヴィクターに、久しぶりに愛を捧げさせてあげるわ」


 ヴィクターの顔が、隠しきれない歓喜で綻んでいく。

 リーゼロッテはその歓喜を丁寧に貪った後、彼の魂が満足するまで何度でもしつこく、その魂から愛と歓喜を搾り取り尽くしていった。


 二年半ぶりにヴィクターが受けたもの、それはとても濃密な熟成コース。

 彼はこの後、更に激しい愛の渇望を覚えるだろう。


 ――だけど、今夜はそんな気分だったのだから、仕方がないじゃない?



 リーゼロッテはソファで至福を覚えて眠るヴィクターに毛布を掛けた後、窓から夜空を見上げ、課題について思いを馳せていった。





****


 朝になり、早朝から来客が静かに扉を叩いていた。

 ヴィクターは念入りに活力を搾り取ったからか、それとも二年半ぶりの愛にまだ浸って居たいのか、珍しく起きてこない。

 ラフィーネが起きてこないのはいつもの事だ。


 リーゼロッテが探査術式で探りを入れる――三十六人の人間が家の前に居るようだ。

 逞しい魔力が五人、それにやや劣る魔力が一人。残りは一般人。

 リーゼロッテは『昨晩ヴィクターが話してたヴィルケ王子だろう』と判断した。



 リーゼロッテは扉を開けながら言葉を投げかける。


「ヴィルケ王子、随分早いじゃない?

 今日にでも出立できるとは聞いていたけれど、何かあったの?」


 ヴィルケ王子が逆に驚いたように目を見開いていた。


「……何故、私だとわかったんですか?

 今日来るとは告げられていなかったのでしょう?」


「そんなの、軽く探査術式を撃つだけで簡単に予想が付くわよ。

 それより、急がなきゃいけない都合でもできたの?

 別に私も今日すぐにでも対応できるから構わないけれど」


 隣町の住民の保護と人手確保は食糧確保の次くらいに高い優先度だった。

 何をするにしても人手が足りないのだから、それを大量に確保する機会は逃せなかった。


 ヴィルケ王子が恥ずかしそうに照れながら応える。


「民衆が汗を流して働いている中、我々王族が暇を持て余している訳にも参りません。

 我々にしかできない事があるのであれば、すぐにでも対応したいと矢も楯もたまらず、ついこんな時間に来てしまいました」


「……農作業を手伝えばいいじゃない。

 なんで手伝いに行かないのかしら」


「人間の階級には意味があるのです。

 それぞれが己の領分でしかできない事に従事する。

 そうして役割分担をして社会を構成すると習いました。

 誰でも出来ることに王侯貴族が従事していたら、王侯貴族にしかできないことが発生したときにすぐに対応できませんし、対応すればそれまでの作業に穴が開いてしまいます」


 リーゼロッテは呆れた気持ちを視線に込めて、ヴィルケ王子に応える。


「それは平時の話よ。今は緊急事態。

 一人でも多くの人手があちこちで必要なの。

 そんな時に暇を持て余してどうするのよ。

 待機する人間は少なければ少ないほど良いわ。

 せいぜい、国王と側近が十名も居れば今回の民衆移送にも対応できた。

 この場にいる全員、農作業を行っていても構わなかったはずよ――

 ああ、回された兵士さんたちは治安維持から呼び寄せられたのね。

 疲れが酷いわ。少しは休息を覚えた方が良いわよ?

 ちょっと待ってなさい」


 リーゼロッテは一旦部屋の中に戻り、小瓶を兵士の数に合わせて用意し、それぞれに蜂蜜を移し替えていく。

 蜂蜜の詰まった小瓶を抱えて玄関に戻ったリーゼロッテは、兵士一人一人に小瓶を木匙と共に一つずつ渡していった。


「蜂蜜よ。疲労回復に利くらしいわ。

 道中、食べておきなさい。

 途中で倒れられたらその方が困るの。

 お土産に持ち帰りたかったら、戻った時にまた小瓶に詰めてあげるから迷わず食べてしまいなさい?」


 兵士たちは感動を覚えたように小瓶の中の蜂蜜を見つめている。

 彼らの年齢からすると、蜂蜜を見た事など無いのだろう。

 昔話の中でしか聞いた事がない、夢の甘露だ。


 兵士たちが持つ蜂蜜を、役人や騎士らしき人間たちが羨望の眼差しで見つめている。

 彼らでも、蜂蜜など手に取ることが出来ない高級品、という事だろうか。


 ヴィルケ王子も驚いたように目を見開いた。


「……そんな高級品、今では王宮でも手に入りませんよ?

 どこでそれほどの量を手に入れたのですか?」


「どこでって……アンミッシュの森で自分で採取してきたのよ。

 反魔族同盟の狩人に御裾分けしたから、そのうち商人経由で王宮には出回るんじゃないかしら」


「アンミッシュの森……あんな遠方に出掛けていたのですか?

 ですがあなたがそんなに長期間不在にしていたとは聞いていませんが」


「私は毎日、食材をあの森に取りに行ってるわ。

 片道数分の旅よ。

 その合間に魔族の殲滅を進めているけれど、養う人間が多いからどうしても狩りの割合が増えてしまうわね。

 早く民衆が自力で調達できるようになるといいんだけれど、まだまだ先の話よ」


 ヴィルケ王子が言いづらそうに切り出してくる。


「……殿下、できれば私にも、その蜂蜜を帰りにお土産として頂けないでしょうか」


「何故、あなたに報いを与えなければならないの?

 これからすることは王侯貴族の務めなのでしょう?

 今まで暇を持て余していた人間が、ようやく労働力となるだけの話。

 報いを与えるに相当する事だとは私には思えないわ」


「私には病弱な妹が居るのです。

 彼女に滋養を付けるために、昔話で聞いた蜂蜜を与えてあげたいと思ったのですが……そうですね。

 確かに私は、報酬を与えられるような事はしていません。

 アンミッシュの森で採取できるというのであれば、自力で取ってきます」


 『病弱な妹の為』と言われ、リーゼロッテは断れなくなってしまった。

 リーゼロッテは小さくため息をついた。


「あれは専用の道具がなければ、人間には採取できないと言われたわ。

 実際、蜂の大群で周りが見えなくなるくらいたかってくるわよ?

 人間が蜂に刺されるのは危険なのでしょう?

 今は魔族の私だから採取できるようなものよ。

 自力で採取しに行くのは危険だから止めておくことね。

 お土産に一瓶、わけてあげるからそれで我慢しなさい」


「……いいのですか?

 私は何もしていませんよ?」


「愛する家族の為と言われたら、断る私の方が悪者みたいで気分が悪いわ――

 その代わり、一つだけ約束しなさい。

 決して妹以外には口にさせない事。

 国王は当然として、自分も口にしては駄目よ。

 妹にだけ食べさせなさい。

 それを約束できるならお土産にわけてあげる」


 リーゼロッテがヴィルケ王子と共に居る人間たちを見渡して告げる。


「この場にいる全員、蜂蜜の事を内緒にできるならお土産にわけてあげるわ。

 蜂蜜の事が国王の耳に入ったら、王子が持ち帰った蜂蜜をあの卑しい人間が取り上げかねないものね」


 ヴィルケ王子が苦笑を漏らす。


「確かに、父上の耳に入ったら取り上げられかねません。

 たとえ露見しても見つからないよう、隠し通してみせましょう」


 父親を卑しいとけなされた事に、彼は負の感情を抱いていないようだ。

 少なくとも、表だってリーゼロッテに敵意を向けてくる気配がない。

 彼自身、国王を卑しい人間と認めているのだろう。そんな口振りだ。


 リーゼロッテは微笑んで応える。


「良い心掛けね。必ず徹底しておきなさい――

 じゃあ出立しましょうか。

 役人たちも、そんな羨ましい気持ちが溢れる視線で兵士の蜂蜜を見るのは止めなさい。

 彼らが食べにくいわ。

 後でお土産で渡してあげるのだから、それまで我慢なさい、大人でしょう?」



 ヴィルケ王子が小さな声で号令をかけ、リーゼロッテたち一行は北の街、フィリニスを目指して出立した。


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