12.蜂蜜の宴
その日の午後、男子たちは「甘い香りがする!」と興奮して、婦人たちや女子たちが行うお菓子作りを見守っていた。
リーゼロッテもその期待と喜びの感情の甘い香りに身を任せ、少しつまみ食いをして幸福の御裾分けをしてもらっている。
どうやら配給の食材に蜂蜜を加えて作っているようだった。
現在の王都の状況で、急にお菓子の材料が湧いて出てくる訳が無い。
飢えない程度に配給が進んだとはいえ、王都の食材は逼迫したままだ。
婦人たちは夕食分と明日の朝食分の配給から材料を捻出しているようだった。
つまり食事の量を減らしてでもお菓子を作っているようだったので、よっぽど待ち遠しかったのだろう。
二十軒の各家屋で蜂蜜を使った即席のお菓子が作られ、二百人の子供たちとその家族が、リーゼロッテの家の前の通りに次々とテーブルを広げていった。
突如発生した、ちょっとした蜂蜜の宴だ。
蜂蜜の香りと紅茶の香りは、リーゼロッテの気に召したらしい。
その複雑な香りは案外悪くないな、と魔族のリーゼロッテが思っていた。本来、魔族はそういった好悪を飲食物に持たない。
人間たちは紅茶に蜂蜜を落とす事で、とても満足した笑顔で紅茶を飲んでいる。
男子の一人がとても嬉しそうに声を上げる。
「こんなに甘いものを口にしたの、生まれて初めてだ!」
女子たちは言葉も忘れてお菓子を口にし、紅茶を楽しんでいる。
そんな姿を見た子供たちの家族も、二十年ぶりだという甘いものと一緒に子供たちの笑顔を堪能していた。
リーゼロッテが求める愛と平和で潤った空間だった。
「もっと多くの人たちにこの幸福を味わってもらいたいけれど、私一人ではそれほど多く採取してくることはできないわね。
日々の狩りのついでに一瓶増やすぐらいかしら?」
年老いた男性がリーゼロッテに語ってくる。
「養蜂家が動けるようになるといいんだがな。
この辺りでミツバチが生息する森の瘴気をなんとかできないとそれも難しいし、仮に蜂蜜を採取できたとしても、その流通がまだ無理だろう。
しばらくはここにいる人間が味わうのが限界だろうな」
とにもかくにも、人手不足。それに尽きる。
そしてそれを養う食料の供給力だ。
この二つを同時に引き上げていかなければならない。
早期にそれを解消し、王都だけでも都市機能を回復させなければならない。
同時に他の街の機能も回復させられないと都市間の商売が成立しない。
商売を機能させるには段階的に配給を抑える必要がある。
最終的には社会福祉の形で配給は残しつつ、商流や物流を回復させる――言葉にするのは簡単だが、年単位の長期計画といえる。
この場には、リーゼロッテが『せっかくだから』と招いたドミニクたち反魔族同盟の姿もある。
「ねぇドミニクさん、ガートナーさんは今、何をしてるのかしら?」
「あいつは渋々、ヴィクターに協力して神殿機能を回復させた後、その後も神官や魔導士たちに采配を振るっている。
それなりに多忙な毎日を送っているよ」
ガートナーは未だ、リーゼロッテを敵と見做して嫌悪していた。
だが反魔族同盟の人間たちの殆どは、ドミニクのようにリーゼロッテを理解し、好意的な人間が占めていた。
リーゼロッテが感情を食べる魔族だという事も理解した上で、好意的に付き合っていた。
リーゼロッテは反魔族同盟の人たちを見渡した。
「いつか、ガートナーさんにもきちんと私を理解して貰えたらいいんだけどね……
いえ、むしろ理解しすぎて敵対せざるを得ないのかもしれないわね。
私が人間の感情を食べる生き物なのは、間違いなく事実だもの」
その事実は覆せない――そこを理由に憎まれても、リーゼロッテに出来る事は何もない。
ドミニクがリーゼロッテを気遣いながら言葉をかけた。
「だがあの日あんたが俺たちに言ったように、俺たちが動物を殺して肉を食うのと、あんたが人間の感情を食う事に違いはない。
その上であんたは人間を殺す事がない。
それなら、敵対する必要がないと殆どの奴らは考えられるようになっている。
実際あんたはこの一か月、毎日身を粉にして王都市民の為に働き続けている。
休む暇すらないんじゃないか?」
確かに、王都市民であるこの地区の住民の為に狩りをして、それ以外の時間は国内に居る魔族の掃討にあてて飛び回っている。
こうしてのんびりと過ごす時間も作っているのは、子供たちと触れ合う時間を増やす為だ。
子供たちがそれをリーゼロッテに求め、彼女は断る事ができなかった。
「その分は毎日、夜になると子供たちやラフィーネが私に愛を捧げてくれてるから大丈夫よ。
私は魔力さえ補給できれば生きていける種族。
肉体的疲労とは無縁なの――そちらに御裾分けした蜂蜜の評判はどうだった?」
「みんな匙で一舐めしただけで感動で身を震わせていたよ。
これからは貴重品として、大事にそうやって食べていくだろう。
無くなりそうになったらまた分けてくれ」
「ええ、構わないわよ。
採取する瓶が一つ増えるだけなら、大した手間でもないし――人間にとって甘味って、そんなに大切な食べ物なのね」
「酒と並ぶ、活力の源だ。
滋養がある分、酒よりよっぽど貴重だよ、蜂蜜は。
もう少し麦の増産ができれば、酒も造れるようになると思うんだがな。
酒は大人の活力の源だが、治安悪化にもつながる諸刃の剣だ。
ヴィクターもしばらくは解禁しないだろう」
飲酒による治安悪化は、今の王都が抱えられる問題ではない。
治安維持を担当する兵士の数が足りないのだ。
「近いうちに隣町から人間を王都に連れてくる計画があるの
それができれば、人手不足はかなり解消するはずよ。
それで農作物の増産はできるんじゃないかしら。
王都の食糧事情が回復すれば、王都内で商売を再開することもできるかもしれない。
なるだけ早いうちに都市機能を回復させたいところね」
「そうだな。
一次産業はかなり回復してきている。
人手があれば二次産業を動かす事も出来るようになるはずだから、そうすれば三次産業も動き出すだろう。
早ければ半年以内には、物々交換かもしれないが商売の形が回復するんじゃないか」
今はまだ農作物を中心に一次産業を立て直している最中で、市民が飢えないだけの食料を賄う為に人手がほぼ全てそちらに奪われてる状態だ。
人手が増えれば二次産業を回復させる余地が生まれ、人間社会の基礎が動き出す。
物を流通させる商店は三次産業、一次産業や二次産業の回復次第で徐々に人手をそちらにも割く事になる。
一次産業の成果以外を求める声が二次産業の需要となり、二次産業が幅広い需要に応えて、更なる需要を生み出していく。
二次産業が活性化する事で三次産業にも多様な需要が生まれ活発化していく。
徐々に物々交換では都合が悪くなり、貨幣経済が回り出す。
ここまできて、ようやく都市機能が回復したと言える。
単純に衣類で例えれば、麻や綿を生産するのが一次産業。
それを糸や布、最終的に衣類として加工するのが二次産業。
衣類を民衆の手に渡るように商店に並べるのが三次産業だ。
衣類だけは優先的に製造工場を動かして配給に含め、王都市民の手には徐々にまともな衣類が行き渡り始めていた。
簡素で素材を節約した衣類だが、配給品ならこの程度が限界だろう。
もう少し人手があれば、住居の修復を行って衣食住を最低限満たせるようになる。
衣食住は民衆の生活基盤だ。
そこまでは公共事業として、民衆は労働の対価として配給を受け取る。
そこから先は配給を減らして貨幣を渡す形になる。
より高品質な生産品や加工品、無形物を売り始めるようになって、ようやくこの街を王都と呼べるようになるだろう。
だが、いたずらに人を増やしても食料の供給を圧迫する。
先に食料を増産してから他の産業に人を回していく。
人口が増加すれば治安も悪化し、その対応に兵士の増員が求められる。
兵士を増員するには更なる人手が必要となり、更なる食糧の増産が求められる。
リーゼロッテは小さくため息をついた。
「まだまだ道は長く険しいわね。
あまり他の地域から人を集めすぎると、その地域の文化も失われてしまうし、できればその街ごとに機能を回復してもらいたいものだけれど……」
リーゼロッテは前任者の無能振りに呆れていた。
農業大国の社会基盤が、壊滅的に崩壊するまで放置した事に憤っていた。
大陸随一の大穀倉地帯、『大陸の食糧庫』と呼ばれる広大な農地を抱える国の王都がこの有様なのだ。
――何度呆れても呆れ足りないとか、どんだけ無能なのかしら。
ドミニクが興味深げにリーゼロッテに質問する。
「リズは魔族なのに、人間の社会について随分詳しいな。
何処で習うんだ?」
「私は生まれた時に、お父様の知識をある程度受け継いで生まれてきているの」
リーゼロッテの使う魔導術式も殆どが継承されたものだ。
魔族はそうして知識を継承していく。
人間社会に潜伏した魔族が知識を魔族社会に持ち帰る。
魔族が好む貴族社会の知識などは比較的豊富だ。
一方で庶民の専門知識などは欠けていることが多い。
「便利なものだな。
リズの子供たちも、同じように知識を継承していくことになると聞いたが」
「あら、どこで聞いたの?
その通りよ」
五倍速と言う短期間で成長する人間に、教育を施す手段がない。
結果、リーゼロッテは魔族と同様の知識継承手段を選択した。
この時に引き継ぐ知識の内容は親が取捨選択可能となる――機密を子供に伝えない為だ。
結果、生まれる子供は親の中途半端な複製のような存在となる。
そんな肉体に、新しい魂と精神が宿る。
だがリーゼロッテは、ある程度社会基盤が立ち直った時点でそれを止めるつもりだった。
ドミニクが興味深げに尋ねる。
「短期間で人口を爆発的に増やせるんだろう?
そんな便利な方法なのに止めるのか?」
「ええそうよ。
十分な数を確保して人間社会が復旧した時点で、人間本来の姿に戻ってもらうわ」
「ふむ……そんなすぐに戻せるものなのか?」
「そういった性質は、宿った胎児に後から術式を施して加えていくものなの」
人間の女性に胎児を授ける――これは単純に人間の摂理を利用したものだ。
魔力を物質化させるという魔族の固有能力と、人間の摂理の合わせ技になる。
そうして宿った胎児に、目的に合わせた術式を付与して、目的とする生命体に仕上げる。
人間としては規格外の身体機能や知能を持った人間、という生命体を生み出す事も可能だった。
だがリーゼロッテは人間の枠にこだわった。
いつでも元の人間社会に戻せる範囲に収める――これは彼女の大前提だった。
術式を施さなくなるだけで、元の人間社会に戻る。
人間本来の生態を取り戻し、神魔大戦前と同じ、人間社会本来の姿になる。
「そんな姿を取り戻すまで、どのくらい時間がかかると思ってるんだ?」
「そうねぇ、今は人が減り過ぎているし……
多分、百年ぐらいはかかるんじゃないかしら」
リーゼロッテの任期がひとまず百年。
『後任の四魔公が用意出来るまでそのくらいだ』とリーゼロッテは聞かされている。
後任が用意出来た時点で、リーゼロッテの執政官継続の判断が魔王から下される事になっていた。
後任に引継ぎをするならば、その時点でリーゼロッテが居なくなるので、嫌でも元の人間社会に戻る。
だが統治の継続を指示された場合でも、リーゼロッテは社会基盤が充分回復した時点で元の人間社会に戻すつもりだった。
三年――十五歳相当で年齢を止め、寿命が尽きるまで最長約三十年、最大九人くらいは子供が生まれる。
恐らく平均的には五人前後だろう。
今居る子供たちのうち、女性が丁度百人。
男女比が半々前後だと仮定して、百年後には間違いなく十万人を突破する。
このラスタベルト王国は、神魔大戦前まで人口三十万人を誇った国だ。
若い世代が十万人――それだけ居れば、ラスタベルト王国が往年の姿を取り戻すのは容易だと考えていた。
今の三倍、三百人の女性がリーゼロッテの子供を出産するだけで、百年後には三十万人を簡単に上回る人口となる。
ラスタベルト国王は国民の義務として、若者に生贄となるよう布告した。
若い人口がどれだけ残っているか次第だが、若い女性が三百人より少ないという事はない。
そしてリーゼロッテは、自分の子供たちが十万人を超えた時点で手を止めるつもりだった。
結果、百年も待たずに十万人を突破し、人間は神魔大戦前の生態を取り戻す。
その後は、人間社会が元の姿に戻る時間を見守る予定だった。
百年後、リーゼロッテの任期が終わる頃には、彼女の直接の子供たちが寿命を終え、子孫も二世代、或いは三世代以上になり、社会が落ち着きを取り戻す頃だろう。
ドミニクが深く考え込んだ。
そうして顔を上げた後、神妙な顔でリーゼロッテの顔を見据えた。
「……なぁリズ、もっと人口を増やして、大陸南西部以外を人間の手に取り戻す手助けをしてはくれないか?」
その瞬間、リーゼロッテは心臓が鷲掴みにされる感覚を覚えた。
ドミニクは真剣な瞳でリーゼロッテに言葉を続けていく。
「俺たちは今のまま、魔族に支配される状態を維持したいとは思えん。
俺たちの寿命では時間が足りないかもしれんが、可能な限り手助けはする。
それだけの速度で人口が増えるなら、魔王軍に対抗できるんじゃないか?
更に人を増やしていけば他の地域を魔族から取り戻す戦力を作る事もできるとは思わないか?」
――それは、アーグンスト公爵が私に告げた『増産と出荷の計画』そのものだ。
リーゼロッテは動揺を隠しながら、苦笑を浮かべて応える。
「私にお父様を裏切り、後任の四魔公を退け、自分の子供たちに魔族と戦うよう指示しろと、そう言うの?
直接的な血のつながりはなくても、私の子供であることに変わりないのよ?」
「それを言われると心苦しいんだが……」
ドミニクは必死にリーゼロッテを説得した。
大陸を魔族の手から取り戻すには、数の力が必要だ
個人の能力が魔族に大きく劣る以上、人間は数を揃えるしかない。
それには彼女の施す術式でひたすら数を増やしていく必要がある。
大穀倉地帯を抱えるラスタベルト王国なら、充分な人口を抱える事も可能だ。
百年後、純粋な人間は貴族だけだ。平民はほぼ全て彼女の子供たちで占められ、彼女の方針に逆らうものは居なくなる。
「後はお前の意思次第だ……少し、考えてみてくれないか?」
リーゼロッテは戸惑いながら、精一杯の微笑みを浮かべた。
「そうね……検討はしてみるわ。
でもあまり期待はしないでね?
私は争いや諍いを嫌う個体。
そんな私がそこまで大きな争いを決意できるかは、私にもわからないわ」
リーゼロッテは人間に嘘を告げない。それが最低限の誠意だと思っている。
だが『増産と出荷の計画』を告げる勇気が彼女にはなかった。
ドミニクが抱いた希望を打ち砕き、絶望に叩き落とす――そんな真似をリーゼロッテは選べない。
彼女は『もしかしたら出荷を避ける方法があるかもしれない』と、そんな一縷の望みに縋りついた。
言葉にしたことは嘘ではない。
だが嘘を告げず、真実も告げない。そんな言葉だ。
とても不誠実な言葉を返さざるを得ない自分に、リーゼロッテは酷く落胆した。
その落胆がリーゼロッテの表情に現れ、ドミニクの表情が暗くなった。
ドミニクは『自分の子供たちに祖父と戦わせろ』と頼んだに等しい。
彼女の子供たちに魔族との戦いを押し付けるようなものだ。
それで彼女がどんな気分になるかを思い、ドミニクも苦悩したのだろう。
だがその瞳には、強い希望の灯が灯っていた。
「人間の身勝手な頼みだというのは分かっているが、もう他に希望がないんだ――
どちらにせよ、この国ほど酷くなくとも、他の地方の人間も百年後にはろくに生き残っていないだろう。
この地域で数を回復させた人間たちが魔族に狙われるはずだ。
百年後のお前の子供たちを、守ってやって欲しい」
彼の言葉は、その場に居る大人たちを代表する言葉だった。
リーゼロッテたちの様子を伺っていた大人たちは、ドミニクと同じ瞳で彼女を見つめている。
リーゼロッテはそれ以上何も言えず、困惑したまま俯いて、静かに微笑んでいた。
彼らにこれ以上告げられる言葉を、彼女は持って居なかった。
カップを両手で握りしめ、遣る瀬無い思いを持て余していた。
ドミニクはそんなリーゼロッテを少しの間見つめた後、カップを呷って紅茶を飲み干し、仲間と共に立ち去っていった。
――ここまでアーグンスト公爵の計算通りなのかな。
リーゼロッテは真実に手が触れた。
既に自分が『増産と出荷の計画』に組み込まれ、歯車として回り出した事を知った。
増産も、そして出荷も回避する術がないと気が付いたのだ。
おそらくリーゼロッテの子供たちも、ドミニクと同じ心境に辿り着く。
人間たちが希望を抱き、数を揃えた後に他の地域を奪還しようと動き出す。
軍隊を編成して隣接する地域に攻め入ったリーゼロッテの子供たちは、そのほとんどが捕縛され、負の感情を生み出す家畜とされていく。
そうして魔族全体を養いつつ、この地域は人を増やしては軍隊を編成し、隣接する地域へ攻め入っていく。
とても効率の良い『増産』と『出荷』のシステムが出来上がりつつあった。
わずか三年で人間が成人し、生きる活力で満たされた良質の人間が、大規模な軍隊を構成して魔族の支配地域にやってきて捕縛され家畜化されていく。
家畜化された人間の数が減少する頃には、新しい人間の軍勢が『出荷』されてくる。
外部の魔族たちはただ、待ち構えていればいいだけだ。
リーゼロッテはこの地域を見て、早期に人口を回復する必要性を感じ、それを達成する案を思いついた。
これはリーゼロッテという存在が前提となる案だ。
リーゼロッテは正の感情を食べる必要があり、その為に彼女に心囚われる人間の女性が居る事を前提としたもの。
リーゼロッテがこの案に辿り着く事も、アーグンスト公爵の手の内だろう。
魔族なら短期間で確実に成人した人間を作り上げる手段を知り、リーゼロッテなら必ず一人以上は若い人間の女性の心を虜にする。
リーゼロッテがその手段を採る必要性に気付き、目の前に逆らわない人間の女性の個体が居れば、いつか必然的にこの結果が導かれる。
正攻法では増える速度より衰退する速度が勝り、人間が滅ぶのは避けられない。
邪道でも人間を絶滅から救うにはこれしかないと、リーゼロッテには思えた。
人間から『大陸の食糧庫』と呼ばれる大穀倉地帯を抱えるラスタベルト王国が立ち直らない限り、他の地域も打てる手はほとんどないだろう。
ラスタベルト王国を救うのは、この大陸の人間を絶滅から救う必須条件と言えるかもしれない。
壊滅寸前だったラスタベルト王国にリーゼロッテが派遣され、この国が復興していく様子を見て、人間たちは『この勢いで人間が増えていけば魔族に反攻できる』と考えるようになる――これが『増産と出荷の計画』の骨子だ。
大穀倉地帯を抱えるラスタベルト王国だからこそ支えられる、爆発的な人口の増加――つまり、リーゼロッテがこの地に来る必要があった。
魔王がリーゼロッテにラスタベルト王国に居るダグムロイト公爵の粛清を命じた時点から、この計画は始まっているのだ。
彼が無能なのは事実だが、粛清された理由は建前だった。
他の四魔公が治めていても、その四魔公が粛清対象になっただろう。
――つくづく、よく考えられたものだと感心する。
そこに、『リーゼロッテの気持ち』という要素が考慮されていない点を除いて、とても優れた計画だった。
魔王は自分の孫たちで魔族全体を養おうとしている。
自分の孫たちを家畜とし、絶望を搾り取る計画だ。
普遍的な魔族である魔王たちに取って、それは痛痒ではない。
リーゼロッテは大陸南西部で愛と平和で潤った世界に満足しつつ、数が増えすぎた子供たちを子供たちの意志で募り、『出荷』を許すだけで良い。
魔族の労力を最小限に抑え、大量の魔族を養っていけるシステムだ。
リーゼロッテは憂鬱な気分を隠しながら、蜂蜜が混ざった紅茶の香りを鼻に届け続けていた。




