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躑躅高校の生徒たち  作者: アンソニー 計画
あなたの声は泣きたくなる程よく聞こえる
12/23

10/17

長いです

どうやら、石狩くんの声が聞こえる範囲というのは明確に定まっていないようなのだが少なくとも彼の姿を認識したり同じ空間に居れば聞こえてくる。

また彼の気持ちが強いのかはたまた私がつられやすいだけなのか、彼が悲しめば私も落ち込み、元気になれば私も心が軽くなるのだ。

つまるところ石狩くんが私のことで悩めば悩むほど私も悩む羽目になってしまう。

テストどころではない。

いや……勝手に人の心を覗いておいてこんな言い草は余りにも酷いとは思う。

だが言い訳させてもらうと私もこんなことになるだなんて想像もしていなかったのだ。あの狛犬が本物だと知っていれば別の願い事をしたのだが……。

とはいえ石狩くんには酷いことをしてしまった。今後ボコボコに殴られても文句は言えない。

ここは誠実に謝るべきだろうか……とも思うのだがいきなり「あなたの頭の中覗いてごめんね! 」だなんて言ったところで信じてもらえないだろうし気持ち悪いし怖い。

例え石狩くんが私のことを好きだとしても警察か病院に報せるだろう。私もそうする。


困ったことになったな、とトイレの中唐揚げをモソモソ食べながら思う。


私は入学してしばらくしてから便所飯をするようになった。

元々、人と話しながらお弁当を食べることが出来るほど器用ではなく、一人で食べてないと昼休みに食べ終わらないという理由から孤食をしていたのだが、ある事があってからそれもし辛くなってしまった。

屋上が開いていればそこで食べるのだが、生徒が落ちたら危険だという理由から開いていない。

他にも一目につかずに侵入できる場所を探したのだが中々見つからずこうしてトイレで食べる羽目になっていた。


トイレの中で私はご馳走さまとお辞儀をした。人と喋らなければ昼休みの時間内に食べ終わる事が可能だ。

トートバッグの上にポーチを被せて、身支度のためにトイレに行ってましたよ感を出しながら私は教室に戻ろうとした。

が、廊下にあの人がいた。彼は私を見つけると微笑んで名前を呼ぶ。


「真琴ちゃん」


名前を呼ばれたら無視するわけにもいかない。

私は出水先輩を見上げた。

彼は好青年だ。顔立ちも美しく性格も良いことから学校ではモテモテで、女子は皆先輩に憧れるのだという。

だというのに先輩は誰とも付き合わない。それどころか女の子たちとは距離を置いてさえいる。

そのことが余計に—


「例のことで話がしたいんだ。今いいかな」


「ごめんなさい、テスト前だからちょっと勉強したいんです」


「……それもそうだね。なら放課後。いいでしょ? 」


全然良くない。周りの生徒たちの好奇と嫉妬の目が怖い。


「……ごめんなさい。勉強するので」


「あ、なら僕も手伝うから。どう? 少しで良いんだ……君だって僕に言いたいこととかあるでしょ? 」


「とにかく今は……」


『讃岐さん……? 出水先輩と何してるんだろう』


声のした方を向くと石狩くんが不思議そうに私たちを見ていた。いや彼だけではない。通り行く生徒たち皆こちらを見ている。

こんな人の多いところで話しかけるなんて先輩も中々ひどい。……多分自分が注目されてるってことに気が付かないんだろうな。


「とっ、とにかく、ごめんなさい。放課後は課題もあって、忙しいし、話すこともありません。じゃあ」


「あっ、真琴ちゃん! 」


先輩はしまった、というような声を出すが私は彼の横をすり抜けてトイレに駆け戻った。

女子トイレならばさすがに入っては来られまい。


『真琴ちゃん? なんで出水先輩は讃岐さんのこと名前で呼んでるんだ……?』


石狩くんの疑問はごもっともである。私は何度もやめてくれと言ったのに。


『う、羨ましすぎる……! 真琴って名前可愛いよなあ。良い名前だよ……。響きも良いし字面も良い。中性的な名前なのが讃岐さんの可愛さを引き立ててると思う。

俺も名前で……! っていやいや何考えてるんだ。いきなり名前呼びとか気持ち悪いにもほどがある。というかそこまで仲良くなってすらいないのに。あー……真琴かあ……。……石狩 真琴……。い、今のは我ながら気持ち悪いな。

でも中々良い響きじゃないか? 讃岐 由多加……悪くないかも……』


石狩くん大丈夫かな。色々と。

でも名前だけであれだけ盛り上がれるのは幸せなのだろう。

出水先輩がいなくなったのを見計らって私はそっと教室に戻った。石狩くんは未だに私の名前に考えを巡らせている。


*


放課後。私は一人教室に残り国語の課題を懸命に解いていた。


どの授業も石狩くんの思考が流れてきて、そしてその半分近くは私のことで、全く集中できなかった。

テストのための願いがテストの妨げになっている。これはなんとかしないと。

それに……石狩くんのプライバシー侵害も甚だしい。今や彼が犬より猫派、目玉焼きにはポン酢派、きのこよりたけのこ派であることまで知ってしまった。

ごめん石狩くん。今日神社にまた行こう。クーリングオフって出来るんだろうか。


ジャチボウギャクが書けず、課題に躓いていると教室のドアが開いた。

先生が来てしまったのかと焦ったが石狩くんだった。彼はこちらを見ると能面のような表情を僅かに曇らせた。


『もしかしてこんな時間まで課題やってるのか? 大分外暗いのにな……』


時計を見ると18時近くになっていた。先生、一度課題の進捗を見に来ると言ったがもしかしたら忘れてしまったのかもしれない。

石狩くんは何も言わずに自分の席に着いた。忘れ物でも取りに来たのだろうか。


『……どうしよう。声掛けるべき? でもなんて……。あー……でもこのままだと19時過ぎてもやってそうだし……』


確かに石狩くんが来なければそうだったかもしれない。

まだ課題のプリント全然終わってないのに。どうしよう。

焦っているとまた教室のドアが開く。今度こそ先生かと思ったが、なんと出水先輩だった。


「真琴ちゃん! 良かった! ここにいたんだ。探しても見つからないから……」


「な、何の用ですか」


「だから言ったじゃん。少し話がしたくて」


先輩は躊躇うことなく教室に入ると私の隣の席に座った。

石狩くんは突然の闖入者に戸惑っている。


『あれ? 出水先輩また……。もしかして出水先輩と讃岐さんって付き合ってるのかな……俺、邪魔かも』


彼はまた暗くなってしまった。とんでもない勘違いである。だがそれを訂正するわけにもいかない。

私がぼんやりしていると先輩は微笑みながら「課題? 手伝うよ」と言ってきた。


「い、良いです! 一人でできますから」


「……まだ5問目しか出来てないみたいだけど……」


言い訳させてほしい。いくら要領の悪い私でも普段はもっとマシだ。今は悩み事に頭が支配されているだけである。


「んー……僕、国語得意じゃないけど……。でもほら、先輩だし。任せてよ」


出水先輩に悪気が無いのは分かっている。だがこんなところ誰かに見られたらまた厄介な目にあうのだ。

私は必死で断った。


「いいです、本当に。大丈夫ですから」


「でもあんまり帰り遅いとお母さんも心配するよ? 」


「だからっ! 大丈夫です、遅くならないようにしますから! 」


「既に遅いけど……こんなに解くの遅くてテスト大丈夫なの? ああ、だから成績悪いって言ってたのか……。態度は良いのに不思議だったんだよね」


出水先輩に悪気は無い。けどかなりズケズケ言ってくる。

だから苦手なのだ。


『讃岐さん……迷惑そう。出水先輩ってちょっと浮世離れしてるところはあるけど悪い人じゃ無いと思ったけど……嫌なのかな』


石狩くんは自席で本を読むふりをしながらこちらの様子を伺っているようだ。


「ちゃっちゃと終わらせようよ。ね? 」


「いや、だから、ほんとうに……」


『大丈夫じゃないかも』


石狩くんは不意に立ち上がると私の机の前に来て、先輩を見下ろした。


「俺と一緒に課題やってるんで大丈夫ですよ」


「へっ? そうなの? 」


「え……と」


『あ、どうしよう。迷惑だったかな。これじゃ余計場を乱してるかも』


彼は冷たく先輩を見ているがどうやら焦っているらしい。

私は慌てて頷いた。


「そ、そうです。今までちょっと一人で解いてて、でも石狩くんがこれから見てくれるのでもう大丈夫です」


「そうなら早く言ってくれれば良いのに。

って、石狩くんってあの全国模試1位の? すごいね。百人力だ」


出水先輩はあっさり納得すると「じゃ、また後で」と言って帰って行った。


『……良かった、のかな。あ、讃岐さんホッとしてるみたい……良かった。

にしても俺全国模試をそもそも受けてないんだけどなんでそんな噂が……まあいいか。

讃岐さん……本当に課題全然終わってないな……』


彼は私の課題のプリントをジッと見つめている。


「……手伝う? 」


「へ!? 」


なんとありがたい申し出。もしかして心の声に返事をしてしまったかと焦るが、彼は実際声に出していたらしい。口元を押さえて戸惑っていた。


『しまった。思わず。出水先輩の申し出を断ってたんだからきっと一人でやりたいんだろうな……。あーでももう遅いし心配だよなあ……』


……本当に、石狩くんは良い人である。

これ以上巻き込むのも悪いと思ってちょっと迷ったが彼の手伝いを受けることにした。石狩くんがいれば百人力だ。


「お願いしても良いかな……」


「うん」


『え!? い、いいの? 良いんだ……嬉しいな』


彼の気持ちが一気に舞い上がるのがわかる。

私の方が喜ばなければいけないのに……。申し訳なくなってくる。

石狩くんは私の前の席に座ると椅子だけこちらに向けた。


「あ、あの、ごめん。巻き込んで。さっきも……」


「別に」


「あと、全然課題終わってないの……時間かかっちゃうと思うから、キリがいいところで帰ってね」


それに関して彼は返事をしなかった。もう課題をどう進めるかで頭がいっぱいになっているらしい。


『課題は残り10問か。数は多くないけど記述問題が多い。文章を書くのが苦手なのか?

1時間くらいを目標にしよう』


彼はザッとプリントに目を通すと、まずジャチボウギャクの正しい漢字を教えてくれた。邪智暴虐。難しい。


「……こんな難しいの日常生活で使わないのに……」


「良い意味の言葉ならまだしもね。

ああ、この6問目だけど—」


石狩くんはスラスラと私にどう解いていけばいいのか解説していく。

彼は凄かった。全国模試1位という噂が立てられるだけある。先生よりもわかりやすく、丁寧で、頭にスルスルと入っていく。


「私、文章書くのが苦手で……」


「こういうのは要素の組み合わせみたいなものだから。結論から先に書くと分かりやすいんじゃないかな。言いたいことを述べてその後に何故そう思ったか理由を書く。それで最後にまた結論を書くだけ」


「そうなんだけど……書いてると言いたいことが分かんなくなっちゃう……」


「問題用紙の隅に、単語でまとめておけばいい。結論はこれで、理由はこれって」


「あ、なるほど! 」


いつも答案用紙にそのまま書こうとするから分からなくなるのか……。かなり初歩的なことなのだろうが、私にとっては秘策に思えた。

そんな感じで、石狩くんはどんどん秘策を教えてくれた。お陰で1時間たらずで全ての課題が終わった。


「わあ……! 終わったよ! 本当にありがとう……! 」


「どういたしまして」


『うわ、可愛い。天使か? いつも笑うと眉間にしわ寄っててそれもすごく可愛いけど、今みたいにふにゃふにゃ笑ってるのも最高に可愛い』


……石狩くんは課題と向き合っている間はそれに頭がいっぱいだったらしく、全くこのようなことは考えていなかったのだが……終わった瞬間これである。

向かい合った状態でこう思われるのは流石に羞恥心が爆発してしまう。


「ぅあああの、ごめんね! こんな遅くまで付き合わせて……」


「別に。

でももう帰らないと」


「そうだね、うん」


『もう真っ暗になっちゃったな……。讃岐さんの家って遠いのかな。大丈夫だろうか……』


石狩くんが自分の荷物をまとめ始めたので、私も慌ててまとめる。


「で、でも、本当に助かったよ。私、なんでも遅いから……」


『……喋ると手が止まる。多分二個同時に何かをするのが苦手なんだな。可愛いなあ』


可愛くはない。要領が悪いのである。

私は口を閉じて荷物をまとめることにした。石狩くんはもうすっかり支度し終わって私の支度が終わるのを待っててくれている。


「ご、ごめん。遅くて」


「良いから」


『手伝ったらセクハラになる? いやセクシャルでもハラスメントでもないけど……嫌がられるよな』


彼の言葉だけを聞くと怒ってると勘違いしそうだが実際は特に何か思っているわけではなさそうだ。言葉が足りないのだろう。

そういう意味では心が覗けるのは助かった。

普段の私なら怒ってると勘違いして余計焦って失敗してしまっただろう。


「お、お待たせ。帰ろうか」


「うん……」


『あれ!? 自然に一緒に帰ることになってる!? やったー!! 嬉しい!

今日は朝から讃岐さんと話せることが多いな……明日俺死ぬのか? 』


石狩くんは有頂天だ。

私と帰るだけでこんなに喜んでくれるのは彼くらいだ。死なないでほしい。


こうして並ぶと石狩くんは背が高く、歩幅が広い。だが彼は私を置いていきそうになるとハッとしたように歩幅を緩めて合わせてくれた。


『あー……せっかく一緒に帰れてるのに何話せば良いのかわからない! 彼氏の有無とか? いやいや、いきなりすぎる。なんか話題ないかな……』


どうやら話題探しに必死になっているらしい。

私もなんとか話題を捻り出す。


「あのっ、石狩くんって教えるのうまいよね! 本当に助かっちゃった。

授業とかいつもノート取るのに必死で追いつけないことが多いんだ。だからいつも授業よく分かんなくてテストの点数も悪くなって……」


「先生、ペース早いから」


「うん。でも明日の授業は大丈夫そう! ありがとう」


「そう」


『う、う、嬉しい! 讃岐さんに褒められた……! 』


私なんぞに褒められたところで、芋虫が言ってるのと同義だろうに……それなのにこんなに喜んでもらえるなんて。


「これでテストの点数も少しは良くなるかな……」


『一回じゃ……どうなんだろう。もう少しやらないと遅れは取り戻せない気がするけど……』


「あ、べ、勉強しないとだね。家でもちゃんと」


「うん」


『だ、大丈夫かなあ。でも俺が教えるよ!っていうのなんか馴れ馴れしいし上から目線だよなあ……下心あるって思われるかも』


そんな風には思わないが……むしろもしその申し出をしてくれるならありがたい。

だが、こんな勝手に人の心を覗くような人間に優しくする必要もない。

しばらく私たちは黙って歩いていた。石狩くんは話題を探しているようだ。


『えーと、えーと、なんか話題……そういえば出水先輩って、讃岐さんのなんなんだ? 』


「……出水先輩と仲良いの? 」


無表情ながらも、おずおずと聞いてくる。

私はどうしようか戸惑った。本当のことを話すべきなんだろうか……。


「……仲良くは……。向こうが勝手に……」


「それ」


『ライバルってことか!? 出水先輩がライバル……勝てる気がしない……』


「私のことが好きとかじゃなくて……」


私は躊躇いつつも言葉を続けた。


「……家族になるから」


「出水先輩と? 」


「そう。親が再婚するの」


「ああ……」


『義理の兄妹ってことか……。それは確かに、複雑だ。でも向こうは別に気まずく思ってないんだな。むしろ仲良くしたがってる。

もしかして先輩なりに気を使ってるのか? 逆効果みたいだけど……』


「こ、このことあんまり他の人には言わないで欲しい……」


「うん」


『それ、って、二人だけの秘密ってこと? なんか! ドキドキする……讃岐さんは悩んでるんだろうし不謹慎だけど打ち明けてくれたことが……嬉しい……』


確かに不謹慎……なのかもしれない。でも私はそんな石狩くんが可愛く思えた。

……いや、可愛いだなんて失礼だ。


「出水先輩は讃岐さんと家族になれて嬉しいみたいだけど讃岐さんは嫌なの? 」


「うーん……賛成してない……。

それに、先輩はモテるから……皆注目してるでしょ。

先輩には悪気ないんだろうけど、例えば私が一人でご飯食べてると一緒に食べようって言うのがすごく……」


『ありがた迷惑ってやつか。

出水先輩、あんまり自分が人気あるって自覚無いみたいだしなあ』


「一人で食べなければいいんじゃないの? 」


「私食べるの遅いから。人と話すと余計に遅くなっちゃって、時間に間に合わなくなっちゃう……」


「ああ」


『口を動かしたらご飯たべれないから。

俺もよく、なんで発声器官と咀嚼部分を同じにしたんだと思う。どっちか首にあってもいいのに』


それはちょっと不気味だけど。その通りだ。


『そういえば讃岐さんがご飯たべてるところ見たことない。先輩に見つからないよう隠れて食べてたのか……。

……あ……そういえば、讃岐さんっていつもお昼休みになるとトイレに行ってる。まさかトイレで?

それは……なんというか。どうなんだろう。衛生的にも』


石狩くんは察しが良い。私が便所飯の民だとバレてしまったようだ。

言い訳させてもらえればきちんと掃除していると言えるのだが……。


『俺と一緒に……って変だよなあ……! やっぱり、女の子と話しながら……いや、話しながらは食べられないんだっけ。うーん。ムーミンカフェならムーミンのぬいぐるみ置くのに』


「あの……」


「なに」


「その……お昼……」


一緒に食べて、とはなんとなく言いにくい。相手は私のことが好きなのだ。

私は石狩くんのことを今まで好きとか、そういう風に思ったことはない。

……だけど、石狩くんが喜んでくれると嬉しい。


「いっ、しょに……食べてくれ、ない?

お、同じ机に、いるだけで! 先輩、それなら話しかけてこないと思うし! 」


「……え」


『い、いいの!? だ、だって、お昼!? いいのかな!? なんか俺に都合のいいことばっかり起こってる! なんで!? 』


それは私が石狩くんの思考を覗いているからである。


「良いけど」


『よっしゃあ! 神様ありがとう!

ああ涙出てきた……。でもこれじゃ讃岐さんにとってメリットが無いような。先輩避けにはなるけど、俺と一緒に弁当食べたいわけじゃないだろうし……あ、そうだ。お昼ついでに勉強会するっていうのはどうだろう』


私にとってメリットしかないのに更にメリットが出てきた。凄いことになっている……。


「あのさ、ついでにお昼に勉強会しない? 」


「いいの? だって、大変じゃない? 私のことは漬物石だと思ってもらえれば大丈夫だから……」


『漬物石……? 天使の間違えでは? 』


「いや。俺も勉強の確認になるし」


「……なら……お願いします……」


いいのだろうか? こんな、彼の頭の中を覗いた挙句に利用するようなことをして。

胸の中がモヤモヤする。しかし石狩くんは嬉しそうにしていた……心の中で。


『明日からお弁当に桜でんぶ入れよー! 』


桜でんぶ? 何故……。

嬉しさの表現だろうか?

石狩くんは無表情のまま浮かれつつ最寄り駅まで歩いていた。


*


家に帰る前にやることがある。

私はあの例の神社へと向かった。

石狩くんの頭が覗ける能力をクーリングオフしようと思ったのだ。

だが、狛犬に近づくも声はしない。小声で呼びかけても返事はない。

どういうことだろう、そう思った時反対側の狛犬から声がした。


「おい、娘」


この狛犬からは中年の女性の声がした。

昨日の狛犬よりもちょっと高圧的な口調だ。昨日の方は砕けていたから余計にそう感じる。


「ぅあ! はい! あ、いらしてたんですね。あの私」


「ハア、知ってるよ。相方が勝手に能力を授けたらしいな」


「勝手に、なんですか? 」


「そうだ。神は怒ってな。アイツに雑務を命じた。

暫くは帰ってこないよ」


「そうなんですか……」


それは悪いことをしてしまった。あの時、申し出を断るべきだったのだ。


「ごめんなさい……」


「お主が謝ることじゃなかろう。だが、もうアイツを頼ることはやめておけ。そもそもアイツはいつもああやって突発的に何かしては怒られてるんだ……。この間も神が気に入ったってだけで、その子供の願いを勝手に叶えようとしていたり……。尻拭いさせられるこちらの身にもなって欲しいものだ」


積年の恨みがあるのだろうか、メスの狛犬はブツブツと愚痴る。


「わ、私、能力を返しにきたんです。だからあんまり怒らないでください……」


「ハア……返すと言われてもな。私にはどうすることも出来んよ」


「え? 」


「そもそも勝手に能力を与えることすら許されていないんだ。勝手に奪うわけにもいかん」


「そんな! それじゃ私一生石狩くんの頭の中を覗くんですか!? 」


「ううむ。お主には悪いと思うがな。ここで私がまた勝手なことをしたら守護獣としての意味が無い。

今月は諦めろ」


「今月は……? 」


どういう意味だろう、と狛犬を見る。狛犬は石なので動かないが、やれやらと呆れているのがわかった。


「今月がなんというかわかるか? 」


「10月……神無月……」


そこで私はあ、と声を出した。神無月。神の無い月。


「じゃあ、神様は出雲大社に行ってるってことですか……? 」


「そうだ。

今は神が不在だからあまり勝手もできん。帰って来てからまた出直してくれ」


そうは言っても。今は10月17日だ。

あと14日もある。


「で、でも、私、困るんです! いや、私じゃなくて石狩くんが困るっていうか」


「何を言われても私には何もできん。なに、14日など一瞬だ」


それは、神様の守護獣はそうでしょうけど……。

しかし狛犬を説得するのはむずかしそうだ。

私はすごすごと帰った。

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