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「あぁ、少し渋滞してる。やっぱり週明けはどこも混むなぁ」
コウはハンドルを握り、フロントガラスの向こうを見ながら、小さく溜め息を漏らす。
前方にはぎっしりと車が並んでおり、どれもあまりスピードが出せていない。
「ねぇ、大丈夫?遅刻したりしないかしら」
これでは、せっかく時間短縮のために車通勤を選んだ意味がなくなってしまう。
不安気な深雪とは裏腹に、コウは「大丈夫だよ」と呑気に呟いた。
「この道は、いつもこうなんだ。少し向こうの、2番目の信号があるだろう?あそこで4車線になるから、スムーズになるんだ」
指を差された前方に視線をやり、目を凝らす。
道路状態については全く無知である深雪は、ただその言葉を信じるしかない。
「ねぇ。会社って、どんな所?」
俯きがちに、小さく呟く。コウは少し視線をずらすと、唸った。
「うーん……そうだなぁ。どんな所って聞かれても答え難いんだけど。綺麗なオフィスだよ。あぁ、秘書室は10階だから、眺めもいいんじゃないかなぁ」
まさに今日入社する会社は、コウと同じ『近藤貿易商事株式会社』という、何世代も続く物流企業だ。
「眺めなんて、いいから。私が聞きたいのは、人間関係の雰囲気とか、仕事内容についてよ」
深雪が聞きたいのは、会社の建物としてのイメージではない。
それはもう、3回にもなる面接や試験で、すでに確認済みなのだから。
「人間関係って言われてもなぁ。俺は秘書課じゃないし、仕事内容も全く違うから、説明し難いよ。ただ、まぁ……どちらも悪い噂は聞いた事はないかな」
確かに彼の返答は間違っていない。
社内の事とは言え、全社員1000人以上の大企業だ。課が違えば、詳細などわからないだろう。
加えてコウは男であり、社内の噂話が届く立場の人間ではない。
「そう。良かったわ」
とは言え、目立っての悪い話がないことに、深雪はほんの僅かだが、安心する事が出来た。
「あぁ、着いちゃった」
車を降りた深雪は、空高く伸びるビルを見上げ、目を細めた。
秘書課の内定をうけ、入社式にやって来たのだが、未だに信じられない。
「やっぱり大きいわね」
太陽の光を反射している綺麗なガラス張りの窓が、数えられない程に連なっている。
玄関には達筆な字で入社式と書かれた看板が立て掛けてある。
呆然と立ち尽くす横を、同じく新入社員だと思われる男女が足早に通り過ぎて行く。
こんなに大きな会社の、しかも秘書課に勤めるなんて、自分は場違いではないだろうか。
そんな心配を抱えながらも、社内に入って行った。




