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ロビーに入ると、新入社員と既在の社員とで、まるでバーゲン時期のデパートの様な賑わいだった。
どこに行けばいいかわからず、バッグの中から、郵送されてきた封筒を取り出す。
確か中に、本日の案内が記載された用紙が入っていたはずだ。なるべく邪魔にならないよう、人の波から外れ、書類を取り出す。
「新人社員の方はこちらです!2列に並んで下さい!」
その時どこからか声がし、顔を上げる。
見ると、受付の付近で、人事らしき男性が声を上げていた。
誘導に倣い、真新しいスーツ姿の新入社員達は、壁側に寄り、2つの列を作っていく。
深雪も慌てて列に加わると、受付で社員証と案内を受け取り、会場に足を進めた。
「凄い……」
会場内に入った瞬間、あまりの人数に思わず呟いてしまった。
結婚式の披露会場にでも使われそうな程に広い室内は、50人以上の椅子が置かれている。
(さすがは大企業。採用人数も並じゃないわね)
新入社員でこれだけの人数だ。
ざっと1000人以上はいると聞いているが、この分では、全世界の支社には総数何万人もの社員がいるのだろう。
改めて自分が入社した会社の規模の大きさを痛感し、開いている席に座った。
(今日はどんな流れだったかしら)
式の開始までは、まだ10分以上余裕があった。先ほど出しかけた封筒を再度取り出し、書類に目を通す。
まず、午前中いっぱいは会社説明や社長の挨拶、事務手続きなど、一般的な入社式だ。そして午後からは部署へと移動し、各自説明を受ける。
その後ランチ時間をはさみ、再び部署での仕事内容等の説明となっており、終業時間は通常と同じく、午後5時になっている。
(結構、分刻みだわ。なかなかハードなのね)
こんな風に時間に追われるのは、何年ぶりだろうか。
再び不安に襲われ、首にかけた社員証を眺めていると、人の気配がした。
見ると、隣には、同じく新入社員と思われる、グレーのスーツを着た男性が腰を下ろしていた。
「よろしくお願いします」
男性は深雪と目が合うと、人懐っこい笑みを浮かべて会釈した。
「よろしくお願いします」
深雪も笑みを浮かべて愛想良く応じる。男性は、少しだけ周りを気にする素振りを見せると、小声で話しかけてきた。
「僕、土屋京介って言います。よろしく」
「え、あ……」
まさか話しかけられると思っていなかったため、咄嗟に反応する事ができなかった。
「あの、近藤深雪です」
「近藤さんは、新卒?今何歳?」
「今は、23歳です」
「あぁ、じゃあ僕と同じだ」
まさか初対面の人に、こんなに話しかけられるとは思っていなかった。しかもコウや家族以外の異性と話すのは、本当に久しぶりだ。そのため、上手い切り返しができない。
「土屋さんは、どちらの課なんですか?」
それでも、やっとそれだけ口にする。
土屋は少しだけ嬉しそうに、にっこりと微笑んだ。
「僕は、海外事業部。語学だけが、もともと得意だったから」
「海外事業……。なんだか格好良いですね」
この会社は海外への輸入や輸出も多い。
そのため、海外事業部に採用されるには、英語はもちろんの事、フランス語やイタリア語、ドイツ語に中国語もできなければならないのだ。
「特技を生かせる部門で、良かったって感じかな。近藤さんは、秘書課って所?」
「どうしてわかったんですか?」
目を丸くし、唖然とする。
すると土屋は、クスリと笑った。
「あぁ、やっぱりそうだったんだ。近藤さん、秘書課の話知らないんですか?かなり有名なのに」
「有名って?」
「実はね……」
そう言いかけた時だった。
「そろそろ始まるので、私語は慎むように」
いつの間にか深雪の横の通路に、派手な顔立ちの男性社員が立っていた。
注意をされ、慌てて口を閉じる。
「全く、入社早々ナンパかよ」
呆れた様に呟き、男性社員は少し後ろにある、自席らしき場所に戻って行った。
「何かしら、今の人……」
男の下品な物言いに、眉を寄せながら呟き、前を向く。
いつの間にか席は埋まっており、何かが始まる雰囲気が漂っている。
左側から、若い男性社員が雛壇に上がり、マイクのスイッチを入れた。キーンという高いノイズが響き、ざわざわと賑やかだった場内が一変し、静かになる。
「えー、ではこれから、入社式を始めます。まずは、人事部から挨拶をさせていただきます」
咳払いを1つすると、男性社員は話を進めた。見た目は自分たち新入社員とあまり変わらないように見える。だが、挨拶を任されているのだから、それなりに立場のある人間らしい。
「私は人事部部長、柊 光佑です。よろしく」
そう言う彼の容姿や言葉遣いは今時の若者のようで、とても部長という管理職に就く年齢には見えない。皆もそう思っているらしく、どこか訝し気だ。 柊はそれを悟ったのが、僅かに目を細め、笑った。
何かを企んでいる様な、不敵な笑みだ。
「我が社は、年齢や学歴には関係なく、成果を上げた者にはいくらでもチャンスのある会社だ。現に俺も、入社8年目の26だけど、人事部を任されている。しかも高卒だ」
その言葉に、あちこちから溜め息混じりの声があがる。
いくら仕事が出来るとはいえ、学歴社会の現代、高卒のこの若さで、ここまでのし上がる事はなかなかできない。
皆の瞳に、僅かに期待の輝きが宿る。
「とにかく、めでたく入社された君達にも、いくらでもチャンスがあるわけだ。まぁ、俺の地位を奪えるのは、人事部の人間のみなのは残念だが」
あちこちから、僅かに笑い声が聞こえた。しかし深雪は表情を変えず、黙って話に耳を傾けていた。




