12話 「決戦!第一次放課後戦争」
「何度も申し上げますが、貴方達の行為はクラス全体の風紀を乱しています。即刻やめていただきたい」
「ねぇテルぅこの人何言ってるのかよくわかんないよねぇ」
「獅子道 礼奈です。色ボケで脳が溶けていらっしゃいますか」
「そのメガネ度があってないんじゃないかなぁ」
放課後の教室、いつもなら僕とヨウ以外の人は消え去るこの場はクラス全員が残っていた。
教室の隅の方にある僕の席の周りに円を描くようにみんな集まっている。
中央に空いたスペースでは漆黒の瘴気を纏ったヨウとメガネを光らせる獅子道さんが睨み合っている。
僕はヨウのそばでガタガタと小さく震えながら二人を見ていた。
そうしている間にも目の前は一触即発の空気に包まれる。
こうなったのには理由があった。それは今日最後の授業である六限目のLHRのこと。
「はーい、じゃあ次は学級委員長やりたい人ー」
陽気な先生の声が教室に響く。
新クラスが始まって最初のLHRは各生徒に役職を振り分けるという毎年お馴染みとなったものだった。
僕は序盤で男子図書委員の座を獲得することができた。
何故か僕が手を挙げた途端に僕の後ろから殺気のようなものを感じたが気のせいだろう。気のせいであって欲しい。
そして当然のように女子図書委員はヨウになった。
不思議なことに図書委員に立候補したのは二人だけで即決定となったが偶然だと僕は思い続けたい。
まあそんなわけで学級委員長とは無縁なので、僕は後ろから流れるくすんだ桃色の気配を感じながらぼーっとしていた。
そもそも学級委員長が立候補で決まるのは稀なことで結局役職がまだな人が集まってじゃんけんになるのがいつものことだった。まあ僕は関係ないけどね。
しかし今回はそうではなかったようだ。
「おー、獅子道さんやってくれるの。みんな拍手ー」
教室は不安定な拍手に包まれる。
僕は拍手をしながら少し体を傾けて後ろを見る。
二つ隣の列の中頃にいた獅子道さんは立ち上がって礼をしていた。後頭部の下の方で結わえた髪が揺れていた。
獅子道さんとは一応去年のクラスメイトではあったがそれ以上のことはなかった。
いや前に破り捨てたプリクラに写っていたような。
獅子道さんは普段の生活で見る限る真面目の塊のような人だった。
髪は学校規定を遵守して整えられえており、授業の時などは先生によく当てられていたイメージが強い。
そういえばプリクラを撮った時も直立して証明写真のような写り方をしていたような。
あまり見返していないうえに、今ではもう破り捨ててしまったので確かでは無いがきっとそうだったはずだ。
しかし、去年は委員長を務めてはいなかったため少し不思議ではあった。
大学に向けての点数稼ぎというやつだろうか。
真面目な人は違うなと感心しながら拍手を続ける。
深くお辞儀をした獅子道さんが顔を上げる時、彼女は僕の方を睨みつけていた。
ただ単に目つきが悪いだけかもしれないが僕の記憶にある限り獅子道さんはそうではなかったと思われる。
獅子道さんはその後、敵意を示すかのように視線を首ごと逸らし席に着いた。
僕は何かしただろうかと思いながら前を向く。
結局男子の立候補はなく余った男子でじゃんけん大会が開かれた後、自己紹介のときから気怠げな早乙女くんが学級委員長に任命された。
先生は授業の時間内だけで終わらすことができたのが嬉しかったらしくホクホクとした顔をして陽気に帰りのHRでの連絡事項を伝え、チャイムとともに帰っていった。
事件はここから始まった。
クラス全体が素早くずらかろうという空気に包まれる中、僕の方へ獅子道さんは静かに歩いてくる。
僕とヨウの中央に仁王立ちをした獅子さんはメガネ越しに鋭い視線を向けてくる。
「過度の不純行動が目に余ります」
獅子道さんはそういったまま僕たちの前から立ち去ろうとしない。きっと謝罪を待っているのだろうと推測できる。
しかし僕はそれどころではなかった。
ヨウはにこやかな笑顔を浮かべているが辺りを覆う真っ黒なオーラがその笑顔の裏に隠れた本音をひしひしと伝える。
「えー別に対したことして無いですよー」
「机の上に花束を置いたり、みんなの前で愛を表明したり、弁当を食べさしあったり、と実例をあげるとキリがありませんが」
「それが何か迷惑かけてます?」
「はい。あまりのベタつき加減に嫌気がさして即帰宅するぐらいには」
「それって私たちの所為なんですかねぇ」
「他に理由があるとお思いですか」
火花が散る。目の前で起こる静かな戦争を目の当たりにして僕は吐きそうだった。
やっぱりそう思われてますよね。周りから見たらオムライス事件もそういう風にしか見えませんよね。ああ、どうしよう死にそう。
ヨウの怒りに慌てる気持ちと周りからどう思われていたかが分かったことが合わさり僕の胃袋に穴を開けようと全力で攻撃を仕掛けてくる。
そんな悲痛も届くことなく冷戦は再び始まる。
「委員長になった以上はクラスの問題は完全に解決するまで退く気はさらさらありませんので」
「問題?そんなの起きてないってばぁ」
「では皆に聞いて見ましょうか。集まってください」
獅子道さんが呼びかけるとクラスメイトはのっそりと一定間隔を保ちつつ僕の席の周りに近づいてくる。
遠くにいるのはニヤニヤした笑顔を浮かべるケンタとその隣で怯えた表情を浮かべるオーガさんだけだった。
いや、もう一人、教壇の一番前の席で突っ伏して寝ている早乙女委員長がいた。
仕事をし過ぎな女子委員長と全くしない男子委員長、足して二で割って欲しい。
僕らの周りは人が円を描くように集まり、雰囲気はまるでコロッセオだった。
いつ死者が出てもおかしく無い。きっと最初の被害者は僕になるだろうが。
「人を集めて何をするのかな」
そう言うヨウは張り付いた笑顔を浮かべていたが、薄く浮かぶこめかみの血管と漆黒の闇と化した瘴気から尋常では無い恐怖が僕の中を埋め尽くす。
四月の上旬ただでさえ少し肌寒いこの季節、今の僕には極寒のシベリアのように感じられた。
張り詰めた空気の中、通常の日程で帰りのHRをしている他クラスの先生の声だけが聞こえていた。
無言で睨みつけ合うヨウと獅子道さん。
「やりたくなかったですが、やむおえません。最終手段に移りましょう」
獅子道さんはやれやれといった様子で視線を外す。
「クラスのみなさん、正直にお答えください。彼らははっきり言って迷惑だと言う方は挙手お願いします」
獅子道さんはキッと鋭い視線をこちらに向け高らかにそう宣言した。
クラスの空気は一瞬止まる。
その止まった空気を最初に壊したのはヨウだった。
「ねぇそれに意味ってあるのかなぁ。だって誰も迷惑してないよ、ねっ」
その言葉が終わりと一緒にヨウの周りを覆う瘴気は波紋状に周囲に広がっていった。
少し離れたところから「ひっ」「きゃっ」と怯えた声が聞こえる。
真近でそれを受けた僕は気を失っていないのが奇跡というくらい心臓が縮む感覚がした。
「そうやって威圧して意見を押しつぶすのは事実を認めたということでしょうか」
しかし、獅子道さんは怯えることなく真っ向から挑んでくる。
「みんなの本音を伝えてこの恐怖王政を破壊しましょう!革命の時は今です!」
クラスメイトを煽り立てるように声を荒げる獅子道さんの顔からは微かに勝利を確信した笑みがこぼれていた。
あたりは少しざわついていた。
まずい、このまま革命が起こってしまえばヨウは弾圧されてさらなる闇へと落ちてしまう。
最悪の場合ヨウは家に引き籠ってしまう可能性だって考えられる。
とにかくなんでもいいからこの場を壊さなければ。
しかし、僕の思いが行動に移る前に結論は出てしまったようだ。
集まったクラスメイトの一番奥で高く上がった手を見て僕の心は折れた。
一人が挙手をしてしまえばそれは連鎖しクラスの総意となるだろう。多数決の国、日本では数は正義だ。
獅子道さんはその手を見て笑顔を抑えきれていなかった。
少数派の僕たちは魔女裁判よろしく焼き殺されるのだろう。
「ね〜レナちゃんいる〜?書類とかあるっぽいんだけど、どこ〜」
たった一本の振り上げられた手は左右に振られながらこちらに近づいてくる。
この気怠げな声には覚えがあった。
獅子道さんは困惑の表情を浮かべながらその名前を呼ぶ。
「早乙女くん⁉︎」
「ああ、そこにいたの。そんでこの集まりどしたの〜」
のらりくらりとこっちに近づく早乙女の手には大切そうなプリントが握られていた。
早乙女は事態を一切把握していないらしく小さく「祭りかな?」と呟いていた。
「早乙女くん、今大切な話をしているのだけれど」
「あ〜ごめんね〜。でもこの書類今日までって書いてあるから急がないと〜」
「早乙女くん、ちょっと静かにして、ってこの書類の右端のシミみたいなのは何かな?」
早乙女をどこかへ行かせ再び僕らを裁こうとしていた獅子道さんは動きを止めて書類を指差す。
「あ〜、それはちょっと……」
「答えなさい」
「いや〜ごめん、気がついたら寝てて、よだれ出てたみたい」
片手を頭の後ろに回し申し訳なさそうにする早乙女に対し、獅子道さんは仁王立ちのままそれを睨みつけていた。
「貴方には学級委員長としての自覚が足りません!即刻正すように!」
「は〜い」
「なんですかその腑抜けた返事は!だいたいですね委員長というのは……」
その説教は終わりが見えず延々と続いている。
円を描いていたクラスメイトは部活などの事情もあって少しずつ離れていった。
「……以上のことを弁えて模範的な行動を起こすように!返事は!」
「はい」
数十分に渡る説教が終わる頃には周り囲む人は誰もいなかった。
それに気がついた獅子道さんは早乙女の肩を掴んで自分の席へと歩を進める。
その途中で立ち止まりこちらを振り返り口を開く。
「貴方達より先に更生させなくてはいけない人が現れただけです。安心しないように。私は学級委員長ですから」
そう言いつつ自分の席に戻った獅子道さんは書類を黙々と書き始めた。
僕はこの空間から一秒でも早く抜け出したかったのでリュックを掴み、未だ張り付いて笑顔で獅子道さんをロックオンしているヨウの手を引いて教室から逃げた。
あの二人を足して二で割っていい感じにならないかな。
外からは部活動に励む声が聞こえた。
ヨウはひたすら何かを考えているみたいでずっと静かだった。
取り巻く闇はまだ晴れていない。
「テル一言も話さなかったね。何か言ったら助けに行こうと思ってたのに」
「行ってあげなさいよ!友達でしょ!」
「うん。でも困ってる人って見てて楽しいよね」
「あ、悪魔」
「オーガに言われてもな」
「オーガ言うな!」
「うるさいです。用がないなら帰りなさい」
「はい」
全てを遠くから見ていたケンタ達の話を打ち切る気高き女子委員長。
「また明日ね〜」
帰る二人を見送る堕落の男子委員長。
二人の戦いはまだまだ続く。
「あー!そこ間違えてます!」




