11話 「通知アリ」
外は暗く虫の声がかすかに聞こえる。時計を見ると短針が9を指していた。
手には出来てから数時間しか経っていないプリクラの貼られたスマートフォンが握られている。
どうして時間を確認するのにわざわざ時計を見たのには理由があった。
電源を入れロック画面を表示させる。
そこには画面いっぱいを埋め尽くす通知メッセージがあった。
普通なら通知は時計を避けて表示されるはずなのだがあまりの負荷のせいか時計を乗り越え、さらに画面外にまで通知報告は続いていた。
指紋認証でロックを解除しホーム画面を見る。
画面の下に設けられたアプリを固定するゾーンにある現代のコミュニケーションアプリ『LIN3』。
その右角に赤丸で通知量を表示される部分には1123と書かれていた。
「バグ、だよな」
ロック画面にあったメッセージの送り主の名前を見て、そうではないことは分かっていたが呟かずにいられなかった。
そう自分を騙そうとしている時も画面の上から通知が降りてきては、違う通知にかき消されるという事が起こっていた。
もう全部わかっていたが僕は表示バグだと思い込みながらアプリを開いた。
トーク画面の一番上には『ヨウ』という名前と1129という数字が表示される。
今日プリクラを撮った時に連絡先を交換したのだがまさかこんなことになるとは思ってもいなかった。
最新のメッセージには『テルの体操服はぁはぁ』とある。
悪質な詐欺だと思いたかったがプロフィール画像に使われているハートの加工がされた写真に見覚えがあり、それを否定した。
うん。一回落ち着こう。上から二番目にある『桃井 剣太』との会話を開く。
『放課後の教室はテルたちの空間じゃないか』
『僕なんかがいるのは申し訳ないかなって』
そのメッセージの終わりにはデフォルメされたキジが羽を広げてGOOD LUCK!と言っているスタンプが押されていた。
こっちはこっちでムカついたので死んだ目をした犬のスタンプを送っておく。
一息ついてトーク全体の画面に戻る。
『ヨウ』の通知は1210に増えている。最新メッセージは『ふぅ』だった。
その意味は深く考えないようにしながら恐る恐る『ヨウ』のアイコンをタッチする。
即座に画面いっぱいに広がる一方的なメッセージの嵐。
それはイタズラでよくあるスタンプ連打ではなく全て活字でどれも粘着質な愛を持っているように見えた。
まず始めに何と言おうかと思いながらキーを出す。
しかしこの時点で僕は完全に遅れてしまっていた。
『え⁉︎既読ついてる』『テルが見てるの』『嬉しい、はぁはぁ』
これが送られてくるまで実に僅か0.5秒の出来事である。
とりあえず『落ち着いて』と送信する。
『きゃーテルからのメッセージ』『どうしよう興奮する』『ズボンはぁはぁ』
どうしよう。会話がキャッチボールをしてくれない。一球投げたら分身魔球が返ってくる。
その後も僕が発言するたびにヨウはテンションをあげて五倍近い返信をしてきた。
音だけで表現するなら、すっポンッポンッポンッポンッポンッポンッすっポンッポンッポッポンッポポポンッ、というように尋常じゃない食いつき方をしている。
あとさっきから思っていたがヨウから送られてくるメッセージはどこかいつもよりも過激なもので、もしかしたらいつもはアレでも抑えているのかもしれない。
この速さならきっと流されるだろうストレートに聞いてみよう。
『いつもよりすごいこと言ってるけど普段はアレでも抑えてたの?』と送信する。
途端に変身が途切れた。しかし既読マークは付いていたので見ていることは確かだった。
もしかして地雷を踏み抜いてしまったかもしれない。
明日から僕はヨウに抵抗する暇なく蹂躙されるのだろうか。どうしよう。
とりあえず心を落ち着かせよう。『桃井 剣太』を開く。
『そんな顔するなって』
『あーあとこれあげる』
そのメッセージの後には僕が密接したヨウに膝蹴りをみぞおちに食らっている瞬間の画像が添付されていた。
「へーこんな角度で入ってたんだ、よく股関節曲がるなぁ……じゃなくて、いたのかよ!じゃあ助けろよ!」
ついノリツッコミで叫んでしまった。
写真の後に送られている猿がとぼけた顔をしながらSORRYと言っているスタンプもムカついて仕方ない。
僕はその怒りを尖った言葉に込めるなんてことはせず、ただ真顔の犬のスタンプを送る。
どこかの隊長も言っていた、あまり強い言葉を遣うなよ弱く見えるぞ、と。
犬のじとっとした目からは病みモードのヨウが薄く連想され恐怖を覚えるだろう。覚えて欲しいな。そして次は助けてくれるとありがたい。
ひとしきり落ち着いたところで全体の画面へと戻る。
まだヨウからの返信はなかった。僕が見ていなかった時になんと言っていたのかも気になったのでヨウとのトークを開く。
その時、まるで計ったかのようなタイミングでメッセージが届いた。
それはいままでみたいな短い文ではなく数行に渡る長文だった。
『えっと、ここでのテルと現実世界のテルは全く別物で、
ここだとこんなに身近に感じられるのに私の制御がかからないというか、
言ったらどう思われるかなっていつもなら躊躇うようなことも言ってしまうみたいな、
真夏にクーラーがギンギンに効いた部屋で毛布にくるまって温もる的な、
ダメかもってこともバーチャルの世界だから大丈夫だよねって、
危険な思考回路がぐるぐるしてて、その、つまり、いつもは抑えてたと言うよりも、
恥ずかしくてあれ以上踏み込めない、っていうのが正解』
僕がこれを読み終わると同時にも一通メッセージが届く。
『だから私がここでいくら暴れてても気にしないで欲しいな。
あと無理に返信しなくてもいいよ。
私はテルが見てるってだけで安心できるから』
僕は『わかった、じゃあまた何かあったら言うね』とシンプルな返信をした。
きっとこれでいいんだよな。
ヨウにとってこれは一番の家で『テル成分の不足』を解消する方法なんだと思い、僕はトーク画面を開いたままスマホをベットの上に置いた。
数秒後、先程までと同じように短いヨウの心の声が次々と送られてきている。
そんな画面を眺めながら僕は枕に顔を押し付けて周りに聞こえないようにしながら全力で叫ぶ。
「あ"あ"ーー!チキショー!可愛すぎんだろ!チッキショー!うう……」
僕の思いは全てを枕に吸い込まれ、どこにも漏れることはない。
ただ自分自身に反射した声に反応してか画面の向こう側のヨウの姿を想像せずにはいられない。
時計を見ると短針はもう10を指していた。
胸の高鳴りは止まる様子が無いどころか、画面に映るヨウのメッセージに合わせて心拍数を上げる。
「どうやら今日もまた眠れそうにないな」
夜は僕を置き去りにしたまま静かに更けていく。




