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10話 「死と隣り合わせの幸福」

「ねぇテルぅ体操服ちょーだい」

昼休みまでとはうってかわってヨウは完全に病みモードへと移っていた。

HRが終わるとクラスのみんなはそそくさと消えるように解散し教室には僕たちしか残っていない。

新クラスになってまだ数日しか経っていないのに特別視されているようで恥ずかしかった。

というかケンタもそれに混ざって当たり前のように帰っているのに少しイラっとした。一言くらいくれてもいいのに。

「体操服っ体操服ぅ!」

「ダメ。一昨日だって言い訳するの大変だったし」

しかしそんなことに思いふける余裕はなかった。

∞を描きながら不規則に僕のリュックに手を伸ばすヨウから体操服を守る防衛戦は熾烈を極めていた。

ヨウはいつもと同じく黒とピンクで滲んだベールに包まれていたため素早く動くたびに残像のように色が残り言い表せない強者感が出ていた。

そんな戦いに僕は勝てるわけもなくヨウの手がチャックが半開きになったリュックに差し込まれた。

「いただきぃ」

そう言うヨウは女子高生の顔をしていなかった。あれは確実に盗賊のものだ。

だが、リュックから抜き出されたのは体操服ではなかった。

ヨウの手には僕の財布が握られていた。

ここまでは何の問題も無かった。ここまでは、だ。無慈悲にも事件は起こってしまった。

抜き取られた財布から落ちる一枚の小さな紙。

ひらひらと宙を舞い机の上に滑り込むように着地したそれにヨウは注目する。

それを確認したヨウは即座に僕の方を見つめゆっくりと口を開く。

「これ、なに?」

ヨウが指差すその光沢紙には僕と女子が美化された状態で映されていた。

「これは一年の時に行ったクラス会で撮ったやつで、記念撮影的なやつだから、あのその、ヨウの思っている関係じゃ無いし、なんならこの子と関わったのもこれが最初で最後だから、だから、その、そんな目で見ないでください」

嘘偽りなく真実を伝えるがヨウの目は漆黒の闇を抱えて僕を見つめる。

「テル一人に女の子三人かぁモテるねぇ」

「それはクジでたまたま」

それは僕にとっては不幸でしか無かった。

男女共に奇数でかつ女子の方が参加数が多かったため起こった悲劇。四人づつ撮ろうとかという軽率な行いが招いた悲しみ。

お祭り気分で浮かれまくっていた女子たちは特に何も思っていなかったようだが、僕にとっては心臓が口から出るかと思うほどの悲しい事件だった。

無論その後彼女たちと何かあるわけでもなく、ケンタと格ゲーをして過ごした。

ああそういえばあの時もこの教室みたいに気がついたらみんな帰ってたなぁ。

「ねぇ、この子テルにすり寄ってる気がするんだけど、なんて子?教えて」

深い闇に絡まれて現実に引き戻される。

この女の子の名前を間違ってでもように伝えてしまった時には凄惨な事件が起きそうな予感がするので教えることはできない。

「こっちの子もテルに目配せしているような、んっこのメガネの子最初の自己紹介で見たことある気が、確か名前は」

「あー!ヨウ、本当に何も無いんだってば」

クラスメイトが危機にさらされそうになったので、さすがにこれ以上はまずいと思いヨウからプリクラを奪う。

「へぇテルはその子を守るんだぁ。私よりその子が大切なんだね」

もっとまずいことが起こってしまった。

ヨウの目は光を一切許してはいなかったが、その奥に炎ようなものが見えた。

ヨウの周りを覆う瘴気もその炎と同じく怪しく揺らめき、その気迫からは死神が連想される。

今までの怒りとは違った怒気。殺気と言っても違いないものをひしひしと感じる。

あーもしかしたら僕ここで死ぬのかもな。

その空気からは逃れることができそうになく諦めの心が生まれる。

心と連動するように体はふらつき重心が右へとずれる。片足立ちになりバランスを保つ。

その時、僕は頬に風を感じた。

僕の頭があった位置には拳が風を切っていた。

もし動いていなかったら確実に首ごとイカれてしまってたであろうその攻撃に恐怖を感じた。

しかし今は少しの希望が見えた。

パンチを外したヨウは僕の目と鼻の先まで接近していたので捉えるなら今しかなかった。

そう思った時に体はすでに動き出し、正面から抱きしめる形でヨウをホールドする。

「どうしたのテルぅ、私なんかにくっついて」

しかし効果は薄く、怒りを鎮めることはできていない。

「ウ"ッ!」

不意に体に走る強い衝撃。推測するに膝蹴りをみぞおちにぶち込まれたようだ。

歯を食いしばり逆流する胃液を全力で止める。痛みから離れかける両腕をさらに強く巻きつかせる。

「ねぇ無理しなくていいんだよぉ、私なんか」

「私なんかとか言わないでよ……」

それは考えるまでもなく反射的に出た言葉だった。

「いつも僕を支えてくれた大切な幼馴染なんだから。そこらの女の子とじゃ関わった時間と思いが全然違うよ」

「でもそのプリクラ」

言い切る前に持っていたプリクラをヨウの前で真っ二つに引き裂いた。

「これでいいかな」

「うぅ」

ヨウは黙る。僕はそんなヨウを優しく抱きしめた。

あたりを取り巻く黒いオーラは消え、夕日の赤が僕たちを照らす。

数分間そのままでいた後、腕をほどきヨウと視線を合わせる。

「プリクラ撮りに行く?」

そう告げるとヨウは無言で頷いた。その目には光が灯っていたがどこか悲しそうだった。

きっと正気に戻って自分がしていたことを懺悔しているのだろう。

「あまり気にしなくていいよ、僕はなんとも思ってないから」

それでもヨウの表情は明るくならない。視線を斜め下に逸らして少し肩を落としている。

「それに、僕は笑っててくれた方が嬉しいな」

そう言って僕はヨウの手をとって教室の外へと向かう。

「テル、ありがとう」

夕日に照らされたヨウは完璧までは言えないが口角を上げて微笑んでいた。

暗くなる前にヨウを家に帰してあげたいと思い急ぎ足でゲームセンターへと向かう。

みぞおちは地味な痛みを響かせていたがそれはあまり苦ではなかった。

ただ今生きていることに感謝しながら地味にずっと震えている足をバレないように動かす。

気がついた時にはいつものヨウが隣で笑っていた。

それだけで僕は幸せだった。



帰宅後、僕のスマートフォンには一枚のプリクラが貼られていた。

操作のよくわからない僕は文字付けなどを全て任せたが、ヨウもよくわからなかったらしくオススメ欄にあったピンクのハートマークが散りばめられただけのシンプルな出来栄えになっている。

でもそれだけで僕は満足だった。写真のヨウを眺めながらそう思った。

「でもこの僕の首のあたり、首輪みたいな形にハートが密集してるような」

たまたまだよな。うんそうだな。そういうことにしよう。

自分で自分を説得し制服のままベッドに飛び込んだ。

きっと明日も今日言ったことを思い出して死にたくなるんだろうなぁ。

そう思いながらも僕の目はプリクラのヨウを見続けていた。


リュックから体操服が上下ともなくなっていることに気がついたのはこの後のことだった。

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