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第5章⑧

 バスの車体が一際ガタンと大きく揺れたことで、浅川は目を覚ました。いつの間にか寝入っていたようで、外の景色はすでに薄暗くなっていた。座席から少し腰を浮かして前方を見れば、ヘッドライトを照らすバスの大きなフロントガラスの先に見えた案内標識には、高知市内の文字。すでに四国の高知県に入っていたのだ。

 それから三十分もしないうちに、

「おーい、そろそろ到着するから、皆、忘れ物しないように荷物とか纏めといてくれよ」

 前方の席に座っていたチームスタッフが、声を上げて下車の準備を促せば、気だるそうな返事が誰とも無く車内のあちこちで漏れた。浅川の隣の笹木もこれで目を覚ましたようで、大きく伸びをしながら、欠伸をかみ殺し、首をぐりぐりと回していた。


 やがて合宿の滞在先となるホテルの正面入り口にバスが横付けされ、選手たちが降車する。車外に一歩出ると、まだ一月なのに、まるで春先のような気配を感じた。これが、西日本の真冬だと考えると、日本列島は本当に広く、四季折々なんだと改めて驚かされた。

 荷物を降ろした一同が、ロビーから漏れる温かいオレンジ色の灯りにいざなわれるかのごとくホテルに入ると、着物姿をした従業員たちが慇懃に立ち並んで出迎えてくれた。その列からスッ、と、すり足で半歩前へ出たのは、宿の女将さんだ。

「今年も遠くからようこそ、おいでくださいました」

 不快感を微塵も覚えることのないほどの奥ゆかしい所作で、にこやかな笑顔と共に、深々と一同に頭を下げてくれる。後ろ髪を丸く結わえて留めている、紅色のかんざしの艶めいた鼈甲が、吹き抜けの高い天井の明かりにに反射して、キラリと光った。

「それでは、お部屋のほうへご案内させていただきます。お食事のほうも、ご用意しておりますので」

「ありがとうございます」

 苑田監督がチームを代表して礼を述べる。

「お荷物は……どうされますか」

「ああ、これぐらいは自分たちで運びます。うちのスタッフもいますし、問題ありません」

「承知いたしました。では、こちらへどうぞ」

 選手たちはエレベーターを使って、貸しきりにしてもらっている六階フロアへ移動すると、枝分かれをするようにそれぞれの部屋へ向かった。部屋割りは基本、二人一部屋で、浅川は高村と同室になった。

 カードキーでドアを開けると、シックな部屋にカーペット敷きの通路が伸び、その先には、シングルベッドが両サイドに一つずつ。

 荷物を置いてベランダの窓を開けると、心地よい夜風がふわりと入ってきて、レースカーテンを揺らす。転落防止用の手すりに片肘を乗せて外を見れば、ホテルのある小高い丘から高知の美しい夜景が一望出来た。

 繁華街や家々のポツポツとした灯りの先には、広い海岸線が見える。それは荒々しい冬の日本海とは対照的で、ゆらゆらとした水面が、月明かりを穏やかに反射しているように見えた。ひょっとしたらここからでも、さざなみの音が聞こえるんじゃないかと期待して耳を済ませてみたが、流石にそこまで近くはなかったようで、少し残念ではあった。

「おい、何してんだ。メシ行くぞ」

 玄関のドア先で高村に呼ばれると、はっと我に返った浅川は、返事をして室内へ戻り、そそくさと窓を閉める。そして、思い出したかのように目を覚ました空腹感を携えながら、小走りで夕食へ向かった。


 午後八時半。

 バイキング形式の種類豊富な食事を存分に済ませると、選手たちは大浴場で汗を流した。各部屋にはバスルームも備えてあるが、ここまで来てわざわざ簡素に済ませることもない。広い湯船では長時間のバス移動で凝り固まった身体を伸ばし、至福の一時いっときを堪能した。その後、風呂上がりの就寝前には大部屋に全員が集まって簡単なミーティングをこなすと、夜の十一時には、浅川も明日に備えてゆっくりとベッドで眠りについた。

 これから約二週間、怪我なく一次キャンプを無事乗り切れるようにと願いながら……。

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