第5章⑤
シーズン前半は首を冷やし、引退までチラついていたわけだが、それが一転、年末には残留かステップアップの移籍かという――ある種、真逆の岐路に立つことになった浅川が、果たしてどちらの道を選んだのか、ということについてだが……。
彼の取った選択は、
『マッドスターズに残る』
というものだった。
スパーズにその旨の連絡を入れたときは、相手方にとっても予想外の返答だったのだろう。非常に驚いた声を上げられ、粘り腰の説得もされたが、本人が行かないというものを無理に引っ張ることは出来ない。致し方ないという感じで『分かりました。またご縁があればよろしくお願いします』と電話を切られた。
なぜ条件も良く、なおかつ憧れのJ1で戦えるスパーズからのオファーを浅川が断ったのか……。これにはもちろん、のっぴきならない理由があったのだ。
マッドスターズとの契約更新後、残留決断の決め手をスポーツ記者から問われたとき、浅川は建前として地元そしてクラブへの愛着を語ったのだが、実際のところは違う。もちろんそういった一面も決してゼロではないが、本当の理由は、何を隠そう『ドリームガム』の存在だった。
スパーズは大分に拠点を置くチーム。それに対して、マッドスターズは新潟だ。もしスパーズに移籍した場合、距離的な問題から、定期的にガムを手に入れることが難しくなる。これは浅川にとって最大の懸念ポイントだった。
長いシーズン、不測の事態がないとも限らない中で、仕入先が遠くなるというのは、気持ち的にどうしても不安な部分がある。飛行機を駆使しても新潟・大分間を行き来するのは中々に大変だし、交通費という金銭的な問題も発生する。月一の往復でも、アップした年俸分の大半は消えてしまうだろうし、もしかしたらマイナスになるかもしれない。
いずれにしても、ガムを手に入れにくくなるということは、ストライカーとして死活問題に繋がることは目に見えているわけで……。
そうであれば、ここはあえて一旦J1への道を見送って、更なる結果をマッドスターズで残したほうがいいのではないかと考えたのだ。慣れ親しんでいるチームに残るということは、戦術面や連携面で戸惑いにくいという利点もあるし、決して悪いことばかりではない。後半戦の出来をシーズン開始から出せれば、二十~三十ゴールは堅いはず。J2とはいえ、二十ゴール以上も決められるフォワードなんてそうはいないものだ。
――この狙い通りに事が運べば、格段に良いオファーが来るのは間違いない。今以上の大金を手に入れてガムを買い占めることが出来るようになったら、満を持してJ1へ乗り込めばいい。
浅川はそんなふうに考えた。結果として、他クラブからのオファーを全て断り、チームに残る決断をしたのである。
これが浅川の選択の内情だった。本当の理由を言えないことに多少の後ろめたさもあったが、なんにしろ、マッドスターズのファン、サポーターがSNS上で残留を大いに喜んでくれたのは、自らの存在感のようなものを感じられて、嬉しい出来事だった。
もろもろのプレッシャーから解放されたこともあって、年始は家でゴロゴロする時間がとても多くなってしまった。年初めの誘惑というのは、不思議と凄いものがある。そろそろ明日から自主トレをしようかと考えても、次の日になると、寒いし雪も降ってるし、まあ明日からでいいか、などと考えてしまう。
それを繰り返していた挙句、実家から届いていた手作りのでかい切り餅をなんだかんだと食べていたから、一月下旬に差し掛かる頃には、体重が四キロ近くも増えてしまっていた。




