第5章④
普段は比較的閑散としているというのに、年初めの神社は早朝にも関わらず初詣客でごった返していた。
雪が綺麗にどけられた石畳の参道には、煌びやかに着飾った参拝客らが老若男女、人の波となって行き来している。拝殿の傍には、左右から見守るように鎮座する二体の狛犬の石像がいて、首元にはそれぞれ赤と白のマフラーが巻かれ、愛くるしい姿を見せている。
標高三百三十三メートルの土竜山の麓に位置する土竜神社。ここは県内でも比較的有名な神社のひとつということもあって、特別な日になると、地元民に加えて観光客、帰省客なども多く訪れる。新年だからといって右へ倣えのごとくこぞって集まってくる姿は俯瞰して見ると幾分滑稽にも思えるが、人口減少が叫ばれる中で一時的にでもこうして活気が戻ってくると考えれば、街にとっては決して悪くないのかもしれない。
と、そんな達観したようなことを考える浅川自身も、実のところ、この大勢の参拝客の中にいる一人であった。
厚手のダウンコートのポケットから出した小銭を賽銭箱に放って新春祈願のお参りを済ませると、凍てつく風に首を細めながらマフラーでしっかりと襟元を守る。その後、景気付けとばかりに社務所の横のおみくじコーナーでおみくじを引いてみた。うっすらと雪を被っている細い木の枝には、いくつものおみくじが、まるで無数の白い花を咲かせているかのように結び付けられている。これら一つ一つに、それぞれの想いや願いというものがかけられているのだろうかと思うと、どこか感傷的になった。
そんな木の横で、浅川も自らが引いたおみくじの結果を確認しようと視線を落とす。だが悴んだ指先では、小さく折りたたまれたその紙を上手く開くことが出来ない。
しばらく悪戦苦闘したが結局痺れを切らして諦め、帰ってからにしようとポケットに仕舞い込むと、すっかり血色の悪くなった両手で口を覆い、暖めるように深い息を当てた。するとそんな浅川に、
「よろしければどうぞ~」
年始のアルバイトの子だろうか、ポニーテールに巫女服を着た十代後半くらいの女性が声を掛けてきた。着こなした白衣の胸の前で抱えているお盆には、紙コップが何個か載っていて、そのうちの一つを浅川に差し出してきた。
「甘酒です。温まりますよ」
どうやら参拝を終えた客を中心に配っているらしかった。「ありがとう」と受け取れば、女性は、にこりと慎ましやかな笑顔を見せてから、別の参拝客にも甘酒を渡しながら人ごみに消えていった。
紙コップ越しに伝わってくる甘酒の熱は、冷えた手を温めるに最適で、香り立つ甘い匂いは、鼻を心地良くくすぐる。
浅川は一人、それを味わいながら、周囲に目を向けた。
広大な境内には様々な屋台が店を構え、手を繋いだ子連れの親や、若いカップルといった大勢の客に、たこ焼きやクレープ、焼きそばなどの軽食を売っている。様相が夏祭りと違うのは、凧や羽子板、ちとせ飴、ホットチョコレートなどの珍しいのぼりが見えることだろうか。寒空の中にも関わらず、出店の前に並んでいる人々の表情は、誰もが無邪気に見える。こういった祭事のイベントというのは人が童心に返れる貴重な時間でもあるのかもしれない。
妙な感傷に浸りつつ、しんみりと甘酒に口をつける。ドロリとした米の甘味は時間が経っても熱を帯びたままで、身体を包み込むように、じんわりと心から温めてくれた。
神社は、繁華街などとはまた違う独特な雰囲気の喧騒感に包まれ、屋台の良い香りと湯気が、新年を祝うかのごとく、冬の澄んだ空に強く立ち上り続けていた。
……神社を後にした浅川は、近くの商店街に寄ってから自宅に帰ると、一目散にファンヒーターのスイッチを入れ、そそくさとスウェットの部屋着に着替えた。
ジジジジッという着火の音がしてファンヒーターが動き出すと、若干の灯油臭さと共に温風が出始める。その吹き出し口に手足を寄せると、小刻みに擦り合わせながら息を吐いた。
一段落して、床に脱ぎ捨てていたコートに目を止めた浅川は、ポケットに入れたままのおみくじを思い出したように確認した。
結果は、『末吉』という、なんとも微妙なもので終わり、新年一発目の勝負である運試しに快勝とはいかなかったが、ポジティブに考えればまだまだ伸びしろがあるということだろうと都合良く納得し、リモコンでテレビのスイッチを入れると、新春のお笑い番組を見ながら、商店街の初売りで買ったみかんを頬張った。




