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いきる、なう  作者: ねこうさぎ
再会と別れ
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失ったもの

「助けてくれてありがとう、フレイ…それに、フレイア…?」

俺はフレイとフレイアにとてもよく似た人を見てそう言った。フレイとフレイアが兄妹なのは知っていたがまさか、三つ子だったのだろうか?

2人は抱擁を解き、俺の方を向いて苦笑した。

…絶対睨まれると思ってた、少し安心。

2人からは桃色の雰囲気が漂っていたからな。

「…うん、あなたの知るフレイアじゃないね。言うなれば私はオリジナルのフレイア、かな?」

別に、知らなくてもいい事だったね、と付け足して、フレイを見る。フレイは一つ頷いて言った。

「助けてやったのは気まぐれだが、礼をする気があるのなら頼みたいことがある…場所を変えながら言うぞ」

「わかった」

もちろん、俺に出来ることなら何でもするつもりだ。俺は迷いなくフレイについて行きながら、その目的地が試練の塔であることに気がついた。

「今、あそこの最上階では戦闘が行われている。富白とさっきの男、名をロキと言うんだが、そいつの仲間たちとの戦闘だ」

フレイは真面目な顔と口調で説明を開始した。もちろん俺も真面目に聞く。しかし、フレイアと腕を組んで歩くのをやめてくれたらもっと真面目に聞けるのだが。

「富白…ってやつは知らないが、多対一なのか?」

フレイは何を聞いているんだ?と言った怪訝そうな顔をしたが、そうだ、と頷いた。

そうだって、軽くいうが、あの男の仲間ならかなりの強者なんじゃないのか?一人で戦うって、正気じゃないだろ。

恐らく俺がかなり不思議そうな顔をしていたんだろう、フレイは慌てて言添えた。

「大丈夫だ。お前らの仲間だと思われる者たちに被害が及ばないよう、麗麒に防御結界で守らせている」

予想の斜め上を行く補足説明だった。

しかし、仲間だと思われる者たち?

麗麟や白愛を連れてきたのはお前らだろう?

その疑問はフレイの説明が再開されたため、置いておくことにした。

「もう少ししたらその戦闘は終了するだろう。その頃には俺らの仲間のイズンってやつが到着するはずだ。あいつに治療をさせる」

俺は黙って頷く。フレイたちの仲間なら恐らく神。それなら信頼できるだろう。

「お前に頼みたいのはここからだ」

塔内部に入ってすぐのところ、ノアが開けた最上階までつながる穴の側でフレイは足を止め、凄く真剣な表情で向かい合ってきた。

「上の惨状を見ても、取り乱すな。そして…そっちのフレイアの、心のケアをしてやってほしい」

リコから受け取ってお姫様抱っこしていたフレイア(5歳)をフレイが受け取りながら言う。

「………わかった」

俺は、覚悟しながら頷いた。


大人の方のフレイアの魔法により、穴を上がって行き、最上階に到着した。

頭上では大きな虎がその白い毛を真っ赤にさせる勢いで巨人たちに攻撃を仕掛けている。巨人たちはかなり数を減らされたのか、あと三名ほどになっていた。

しかし、そんなのが気にならないくらい、足元に広がる状況は、酷かった。

「…うっ!」

隣でリコが我慢の限界だというように唸り、嗚咽を漏らしながら泣き出した。見たくないと目をぎゅっと閉じ、耳を両手で塞いで何度も首を振っていた。まるで、子供がいやいやをするように、現実を拒否するかのように、リコは涙を流して首を振る。

「……」

俺も俺で、立っているのがやっとだった。

一番に目に入ったのは、止めどなく涙を流し、真っ赤な癖のある毛を持つ少女を抱きかかえる男だった。

緋色の髪に赤黒い血が付くのも構わず、大声で泣きながら少女を抱きしめる。

少女はぐったりとした様子でピクリとも動かない。

俺はあの男を知らないはずだが、痛いほど状況がよくわかった。

「…麗麒……あいつ、あんなに血を浴びたら…!」

フレイが焦ったようにそう言ってフレイアをフレイアに預けるとすごい速さで駆け出してその男の肩を掴んだ。そして少女から離そうとするが男は断固として少女を離さなかった。

彼は、麗麟の兄なのだろう。いつかみんなで食事をしているときに兄がいるようなことを聞いていた気がした。

そして、あの動かない少女は、麗麟なのだろう。

もう既に致命傷だと思われる首筋から血が流れてもいない。固まって、赤黒くなっていた。真っ白だった髪もまた赤黒く染まり、彼女の着ていた白い修道服のような服にも無数の傷が付き、血が流れた後があった。

その隣で、麗麟と手をつないで倒れているのは、白愛だろうか。

腹からの血は未だ流れ出ていた。他の場所にも怪我があるが頭部には見られない。

麗麟とは対照的に、白銀の髪が綺麗なままだった。

つまり、最初、フレイアを庇った一撃が致命傷だったと言うことだ。

そこから視線を移すとこの建物の淵ギリギリところで黒猫人が倒れていた。

ノアの眩しいほどに白かった肌はさらに白くなり、血の気がなくなっていた。しかし、その身体は不自然な形で丸まっている。

注意深く見ると、ノアはノトを庇うようにして丸まっていた。2人ともダラリと尻尾を垂らして耳も垂れているが、先の2人とは違い、肩が上下していた。

生きていたようだ。

その事実が、何とも嬉しくて、俺ははぁ、と息を吐いた。そして、視線を動かした。

そのときに、麗麟たちと猫たちのちょうど中間の辺りに淡く光る水溜りを見つける。

よく見ると、綺麗な淡い青の珠がドクン、ドクンと脈を打つように動いている。そうして、ようやく理解した。

あれは、ウンディーネの核だ。

精霊は実体を持たないと聞いていたが、瀕死に陥るとああなるのか、などと、呑気な感想を漏らした。

その理由は簡単だ、彼女は生きている。

その証拠のように、あの核が脈打っているのだ、間違いないだろう。

しかし、それでも先の2人が死んでいる事実は変わらなかった。

「いい加減にしろ!お前まで死んだらどうすんだ!」

「放っておいてください!麗麟が死んだ今、私の命がどうなろうが…!」

口論するフレイと麗麟の兄、麗麒と言うらしい男の声が聞こえてきた。

麗麟、麗麒。

仲の良さそうな兄妹だ。

事実、とても尊敬していると麗麟は話していた。

そんな、平和だった日のことをぼんやりと考える。悲しいから、現実逃避をしているのだと、頭のどこかで理解はしていた。

俺が取り乱さないのは、フレイアのことがあるからだろうか。

フレイアが今目覚めていたらどう思うかなんて想像するまでもない。ましてや、白愛の死因はフレイアを庇った傷だ。それにフレイアが気づかないとも思えないし、何とも感じないとも、思えなかった。

だから、せめて落ち着いていないといけないと思っているからか?

「…大丈夫?」

不意に、背中をポンポンと叩かれる。振り向くと大人の方のフレイアがいた。

「もうすぐ、治療できる人が来るから…そうしたら、あの三人は助かるわ」

励ますような、慰めるような、優しい声。

子供の方のフレイアは出したこともないような、大人な声だった。

「大丈夫。みんな死んだわけじゃないわ…」

その言葉を聞いた途端、俺は膝をついて泣き出した。

自分の中で、無理をして抑えていた気持ちが溢れてきたのだ。

ロキに支配されかけていた恐怖。

フレイアを奪われていたかもしれないという怒り。

仲間を失った悲しみ。

そして、そんな中を生き残ってしまった、安心感と、罪悪感。

そんな感情が渦巻いていて、俺はこの短い人生で1番泣いた。


「はい、おしまい」

パタン、という本が閉じる乾いた音とともに女の子が立ち上がって伸びをした。

彼女の名はイズンと言うらしい。神々一の治療魔術と支援魔法の腕だそうだ。

そして、その評判を裏切らない働きをしてくれた。

ノアもノトもウンディーネも、もう二度と動かないはずの麗麟と白愛も、無数にあった大小全ての傷が消えていた。

しかし、それでも蘇生は不可能らしい。

「蘇生なら…フレイア先輩に聞いた方がいーですよ」

ね?と大人の方のフレイアに問いかける。フレイアは苦笑を返していた。


ゥガァアアアアア!


上空から獣の咆哮が聞こえた。視線を向けると白愛が転変した姿に良く似た虎とフレイが何か言い争っている。

彼が富白というらしい。

白愛が話していた、最愛の彼だ。

「フレイは大変だな…」

先ほど、ロキの仲間たちは全員倒した。彼一人でだ。しかし、それは八つ当たりだったらしい。巨人たちがいなくなってからずっとああして暴れているのだ。

フレイはついさっきまで麗麒を宥めていたが、イズンが来たことにより血の匂いも治まって、命の危険がなくなったため、富白の対応へ向かったのだ。

今更ながら、フレイが俺にフレイアを任せた理由がよくわかる。

フレイアまで手を回せないという判断だろう。富白と麗麒は彼の聖獣だから他人に任せるわけにも行かなかったのだそうだ。

「私とお兄ちゃんは仲良かったからね。聖獣同士の仲も良かったのよ…」

隣に立つフレイアが俺の腕の中で眠るフレイアの頭を撫でながら言う。

この大人のフレイアと、子供のフレイア、どちらの方が白愛と麗麟の死を辛く思うのだろう。そんなことをふと思った。

「…ところで、あなたは誰なんですか?」

「? フレイアだけれど…?」

不思議そうな顔をして首を傾げる。その仕草はとてもよく似ていたが、雰囲気を含めて、違うような、別人だというような気がするのだ。

「…ま、まあ、いいです。フレイア、あなたは悲しくないんですか?」

麗麟たちと過ごした時間は俺やフレイアの比じゃないはずなのに、彼女に悲しんでいる様子はなかった。

「…う…ん、悲しいは悲しいけれど。死んだら全てが終わるってわけじゃないからね」

そう言って淡く微笑む。その姿に、一瞬見惚れてしまった。

大人の魅力だ…。

フレイアのことを今までも可愛いと思っていたが、このフレイアは綺麗だ。この世のものとは思えないほどに。

「死んで全部終わるのなら、良かったのかもしれないわね」

切なそうに言うのを聞いて、ふと思うことがあった。

「…そう言えば、イズンがさっき、蘇生魔法はフレイアに聞いた方がいいって…どう言う意味です?」

フレイアの目を見て聞いたら、ふっと顔を近づけられた。至近距離で、囁くように言われる。

「秘密」

人差し指を俺の唇に当てて、そっと言った後、フレイアはイズンや一緒に来ていたフリッグたちが集まる場所へと去って行った。


「…ルイード……?」

「っ!フレイア…」

辺りがようやく落ち着き出した頃、俺の腕の中で眠っていたフレイアが目を覚ました。

…さて、どう伝えたものか……

俺は頭を悩ませるのだった。

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