リコ×ルイード
フレイアがどこかへ行ってしまい、白愛、麗麟、ウンディーネの三人もふらりと去って行ってしまった。俺はすることもないのでフレイアが張った結界の中で素振り中だ。この中は雨が入って来ず、蒸し暑くもないのが幸いだった。かなりの高位魔法陣だろうが、俺にはさっぱりわからない。属性は水だ。なんでも、雨との相性がよく、この場との相性もよい。さらに今彼女の中で最も強い属性なのだとか。やはりよくわからないのだが、すごいのだろう。
さて、そんな、今更過ぎるフレイアの魔法への感謝を述べられるほど、暇な時間だった。フレイアに教えてもらった分の型はもう100%と呼べるほどの成功率を誇り、完成していると言えなくもないからだ。すでに完成した型の練習は、正直言って退屈だった。しかし、他にやることもないので俺は練習を続ける。
「ね〜、ルイードさん」
「なんだよ?」
リコが話しかけてきた。彼女は先ほどからずっと地面に石で落書きをするように魔法陣を描き、何か謎のものを産み出しては消すということを繰り返していたがそろそろ飽きたようだ。ぽいっと石を投げ出して俺にまっすぐな目を向ける。
「そんなことして楽しいですか?」
「……」
こいつはいつになったら相手を気遣う、空気を読むなどの行動が取れるようになるのだろう。一族の特長で幼い頃から成熟した知性を持つ俺でなくても、こいつを見て年上なのに幼い、と言った印象を受けるんじゃないだろうか。
「ねー、楽しいなら私もしたいんですけど」
「楽しくはねえな」
俺は素振りに戻りながらそう答える。そう、楽しくはない。しかし、筋トレになっているのも事実だ。俺の剣は重さだけはかなりあるのだから。
「ふぅん……」
リコは思案顔で口を閉ざす。まるで、俺の回答などには興味がないように。聞いたのは自分のくせに、随分な扱いだ。
またしばらく俺の素振りの音と雨の音だけが響く。
「……」
「……」
雷鳴を放ったらこの結界は切れてしまうだろうか、などと絶対に試そうとは思わないであろうことを考え始めたころ、リコが口を開いた。
「フレイアさんのことが好きなんですか?」
「はぁ!?」
俺は思わず剣を落とし、目を見開いてリコを見る。彼女はまっすぐに俺を見ているがその目には不安の色があった。まるで、否定られることを望んでいるような……
「なんでそんなことーー」
「答えてください!」
「……」
何だ、何のフラグが立っていたんだ、と必死に記憶を探るが何も出てこない。まあ、それも当然と言えた。誰がこんな状況の理由を突き止められるものだろうか。
「俺は…俺には…フレイアは、大事だと思う。お前に向かってこう言うのも何だが、仲間の中で一番信頼してる。だけど、好きとかは…わかんねえよ」
「フレイアさんは無理だと思います!」
いつもこんな話をしているときなら必ずしているニヤニヤ笑いもせず、ただ不安気に俺を見る。その頬は少し上気していた。
「無理って、何が?」
張り合うようなリコの言い方に俺も少しムッとしてしまい、言い返す。
「競争率が高いです。ルイードさんじゃ、無理ですよ。だって、相手はあのフレイーー」
「待て、何の話だ!なんでここでフレイが出てくる!?」
それ以上は聞きたくなくて、遮るものの、リコは俺を冷めた目で、しかし、どことなく悲しげな目で見つめる。
「その理由は、あなたが1番知っているんじゃないんですか?」
「……」
確かに、わかってはいる。俺がフレイアに抱いている気持ちも、それが叶わないことも。
あいつは、モテ過ぎる。リコが言うように、競争率が高過ぎだ。
しかし、俺は相手がフレイだということも承知の上で……
「私……ルイードさんが…好きです」
リコが、必死な顔で言う。その目には諦めたような色と涙が浮かんでいた。
「…何?暇だからからかってーー」
「違います!本気です!!」
空気に耐えきれず混ぜっ返そうとした俺の言葉をまた遮る。これはいよいよ可笑しい。もしかして、リコに化けた偽物だろうか。だが、そんなバカな思考を冷静に否定する意識も、俺の中には確かにいた。
「…俺たち、そんな会って時間経ってないだろ?俺、ずっと年下だしさ。勘違いとか…」
「違います。私…は……初めて会った時からずっと…大好きでした……」
初めて会った時。そう聞いてすぐ、俺はあの時を思い出した。あの、弱っちい風属性攻撃魔法を、である。
「初めて会った時…って、ゴブリンの巣か?」
確か、あの時にリコに出会ったのだ。リコは一人でゴブリンの巣に向かおうとしている俺を助けようとしてくれた。今思えば、支援魔導師としてもっと他に出来ることがあったと思うのだが、よっぽど焦っていたのだろうか。
そう言えば、あの日にフレイに会ったんだ。はじめは気のいい青年だったのに、随分と嫌われたものだな。まあ、フレイアをあんな危険に晒していたのだから何を言われようが言い返しようがない。あの時、ルビリアルフラワーの薬を飲まされたフレイアは死にかけだった。生きている場合でも、記憶をなくすなどをしている可能性が高かったのだ。
今ではすっかり元気で俺ではもう手の付けようがないくらいに強くなって、賢くなった。彼女はもう、俺が拾った女の子、アクアではない。それが寂しくもあり、嬉しくもあった。
そんな感傷に浸っていたせいでリコの反応を見逃した。ただ、許して欲しい。この空気は、俺には重い…。
「うわっ!?」
一瞬の間に俺の懐に飛び後で来たリコ。彼女の目尻に光っているものがあることに気づき、思わず息を飲む。
俺は尻餅をついて、リコに上からのしかかられる形になる。そしていきなり奇行に走ったリコの、細い身体が震えているのに気がついた。
「…リコ……?」
「違う…違うよう、ルイくん」
突然変わった雰囲気。まるで子供のような、幼い泣き声。そして、不意に俺を包む、懐かしいような気持ち。
「ね、私を…リコを、助けてくれたの…忘れたの?」
幼い声に、幼い泣き顔。そして、俺をルイくんと呼ぶ。その時俺は、思い出していた。昔に遊んだ、自分よりも幼く見える年上の少女を。
「……リコ…」
確かに昔、両親に連れられて行ったパーティーで俺はその名の少女の手伝いをしたことがあった。彼女はそれを助けられた、と少々過剰な認識をしているとは、今日の今日まで思っても見なかったが。
彼女は内気で、立食パーティーなのに飲み物一つ持たず、会場に立ち尽くしていた。それを親の挨拶回りでうんざりしていた俺が見つけ、声を掛けたのである。
その頃、俺は5歳ほど、彼女は9歳ほどだったが当時すでにそれなりの知性を得ていたし、そもそも、俺の一族は10歳で成人扱いとなる。それは正式ではないにしろ、平均的にその頃にはその程度の精神年齢になるのだ。ゆえに、さして問題もなく少女、リコとコミュニケーションを取れ、飲み物をもらってあげたり、一緒に食事に取りに行ってあげたりした。同年代の子供とも一緒に遊んだりとそれなりに記憶に残ることだったのは確かだった。それからも、リコとはよく遊んだものだ。幼馴染、と言えばそうである。しかし、俺も色々あって家出をしたし、その時には追われていたりしたので挨拶もできなかったのだ。リコがどんな経緯で王と知り合い、婚約までしたのかは知らないが、家出の原因は俺ではないかと思う。それはきっと自惚れではないだろう。
髪色や目の色が変わっているのはあれから魔法に目覚めたからだろうか。レベルがあんなに高くなるほどだ。かなりの影響が彼女自身にもあるのだろう。そして、俺がリコの名を聞いて思い出せなかったのは、あの時は苗字は名乗らなかったからだろう。まさか、アルフレッド家のお嬢様だったとは夢にも思わなかった。
リコがいつまでも泣き続けるので頭を撫でてやると、リコは少し落ち着いたらしく、身体を動かしはじめた。腕で身体を起こし、やっとこの態勢から変わるときに、俺たちは恐ろしく怒りを含んだ声を聞いた。
「ただいま。随分と仲が良さそうね?」
声のした方へ顔を向けるとそこには絶対零度ほどに低いのではないかと思うくらいの冷たい目を向けているフレイアがいた。
俺とリコはその時、寝転んでいる俺の上に寝そべっているリコ、しかもなまじ上半身を腕で持ち上げているため顔がとても近い。さらに悪いことには俺はリコの頭を手を伸ばして撫でていた。
つまり、言い訳のしようもない状況なわけで…
俺たちが何も言えずに、その精神的に冷たい目を見ていると、フレイアが同じく冷たい笑顔を向けてきた。
「しばらくそうしておきなさい。麗麟と白愛、それにウンディーネにも見せてあげるの。私は怒ると、こうなるのよって」
そして、俺とリコを包む、物理的に冷たい視線。俺とリコは仲良く氷像にされた。
「にゃ……か、過激にゃね」
フレイアの後ろにいた日傘を差した少女が綺麗な顔立ちを引きつらせているのが視界に映ったのを最後に、俺とリコは意識を手放した。




