知らないうちに
フレイアは自分と同じ姿の者に気をつけろ、と言うものの、詳しく説明したがらなかった。いつもとても仲の良い麗麟と白愛にさえ、詳しくは話していないらしい。とにかく、気をつけろとは言ったものの、危害をなしてくることはないと思う、と。フレイアを狙って色々してくるだろうが、全て試験みたいなもので、フレイア、麗麟、白愛がいれば、苦しいときもあるだろうがなんとかなるらしい。そういうのなら、信じるより他はない。そもそも、俺はこのパーティーで、いや、この世界でフレイアを最も信頼しているのだから、フレイアが気にしなくても良いというのなら、そうなのだと納得できる。短い付き合いでここまで信頼してしまうのは、我ながらどうかと思わなくもないが。
さて、そんな本日の世界樹の活動は、戦力確認だ。今のパーティーメンバー全員の戦力を一度きちんと確認しようということである。そんなわけで、俺たちはギルドに来ていた。
「あ、アクアちゃんじゃないですか!先日はお菓子をどうもありがとう」
「あら、テルさん。いえいえ、あなたがくれたお弁当、とても美味しかったわ。あの時のお弁当はみんな、パーティーメンバーみんなで頂いたのよ。本当にありがとう」
ギルドに入るなりフレイアが声をかけられる。そう言えば、リコと白愛とダンジョンへ行った日、なぜか家の前に山のようにお弁当があった。あれは全て頂き物だと聞いていたが、なぜ頂いたのか聞いていなかったな。
「アクア様!謹慎処分は明けたのですか!?だったら、是非合同パーティーを組みませんか?」
「ありがとう、だけどまだ明けてないのよ。またの機会によろしくね」
言って、純度100%の作り笑いを返す。男はそれで幸せそうな顔をして戻って行った。
「アクアさん!先日はお菓子をどうもありがとう」
「アクアちゃん!また決闘してくれないか?」
「アクア様、よかったらご飯をご一緒しませんか?」
なんだかフレイアに話しかける人が増えてきた。というか、減らない。よって進めない。フレイアは完璧な作り笑いを返し続けていた。
どうやら、知らないうちに人気者になっていたようだ。
「ごめんね?先に進みたいんだけどな。今日はレベルの確認に来ただけだから」
暗に退け、と言っているフレイアの台詞に引き下がる男たち。フレイアの実力を知っている冒険者ならではの反応だ。どうやら、フレイアは名実ともに有名人になったらしい。
レベルの検査。今日の俺たちの目的はそれである。フレイアの謹慎はあと一週間ほどあるので、その間にフレイの剣を習ったりもしたいと思っている。その前に今の状況を確認したかったのだ。
「じゃ、俺から行ってくる」
「「「「はーい」」」」
まずは俺が陣に立った。相変わらずいつ死んでもおかしくないギルドマスターが検査をしてくれる。果たして。
「剣士、レベル、えー…っとなぁ…42じゃなぁ」
「42っ!?」
「わー、おめでとう!ルイード!」
「おめでとうございます」
「よかったね」
「ご祝福いたします」
予想外の上がりぶりに四者四様の反応があった。それにしても、レベル20近く上がるとは。剣の神の加護、恐るべし。
「では、次は私が」
リコが相変わらず眠たげに陣にのる。
「支援魔導師レベル、79じゃのう」
「あ、よかったです」
「おめでとう」
「おめでとう、4くらいか?上がったのは」
「よかったね」
「ご祝福いたします」
リコは対した感動もなさそうに陣から降りてきた。まあ、もともとかなりの高レベルだしな。
「じゃあ、次、私が行ってもいい?主上?」
「ええ、いいわよ」
元気良く白愛が陣にのる。果たして、未だ謎なそのクラスは?
「獣戦士、レベル99じゃなぁ…MAX?くらすあっぷをお勧めするのぅ」
「あら?獣戦士だったの?その上位は何かしら?」
「お似合いのクラスですね」
「レベルMAX……」
「上位職ですかぁ。いいなぁ」
獣戦士というクラスは初めて聞くが、驚きはそこじゃねえよなぁ。レベルMAXって…
「では、クラスアップをお願いします」
白愛が対した感動もなさげに言う。もしかして、レベルとかクラスとかを気にしてるのってこのパーティーでは俺だけなのか?
「はい、獣戦士の上位職は狂戦士になります。よろしいですか?」
「「「「「……」」」」」
マリが告げたクラス名に全員の動きが止まった。
「待ってください。どうして獣戦士の上位職が狂戦士なんですか?」
「戦士職の上位は全て狂戦士となっておりますが」
「「「「「……」」」」」
「如何いたしましょうか」
「やめておきます」
白愛が苦渋の決断、と言った顔でそう言った。賢明な判断だろう。正直、クラスを答えるときに狂戦士です、とは言いたくない。
「了解しました。では、獣戦士のレベル99で登録致します」
そう言えば白愛と麗麟は登録していなかった。パーティーの手続きのときに籍に入っているだけだ。やって来てよかったな。
「では、次は私が行ってもよろしいですか?」
「ええ、構わないわよ」
麗麟がフレイアに一礼したあと陣へ向かう。白愛とすれ違い様に「レベルの高かった方って話だから私の勝ちね」「うるさいです、狂戦士」という会話が聞こえた気がする。
「治療魔術師、ほう、回復役の上位職かのぅ。めったに会えんクラスじゃのう…レベルはぁ……56?すごいのぅ」
初めてギルドマスターが褒めた気がする。あと、隣からチッという舌打ちが聞こえたんだが、白愛か?
「すごいじゃない、麗麟。頼りにしてるわ」
「ありがとうございます。全て主上に頂いた魔力と知識のおかげですわ。お兄さんと共に主上に色々と学んだ日々を思い出しましたわ」
「うふふ、その記憶はないのよねぇ…」
そんな微妙な会話を終えた麗麟は白愛に目配せをして微笑んだ。余裕のある笑みに白愛が舌打ちをする。
お前ら、仲悪いのか?
「最後は私ね。そろそろ、二桁が欲しいところだわ」
フレイアが陣に向かう。パーティー最強の火力を誇る彼女だが、レベルは伸びない傾向にあるのだ。今回こそ、きちんと強さにあったレベルを…
「魔導師、レベル……3じゃ。まあ、パーティーメンバーの足を引っ張らんようにのう」
「フレイアさん、前回はレベル7でした。修行を怠るとレベルは下がります。ご注意ください」
「……」
フレイアが落ち込んで戻ってきた。
俺たちはなんて声をかけてやったらいいのかわからず、みんなで視線を逸らした。
『大丈夫だって。俺やオーディンもレベル判定したことれあるが、1だったぜ?あれはあんまり高性能じゃないんだよ』
頭の中で響く、フレイの声に励まされ、なんとか立ち直る。全く。もっと高性能な陣を描きなさいよ。
「フレイア、例えレベルが低くても俺たちの中の最大火力なのは違いないぞ?気にするな」
ルイードが気遣わしげに声をかけてくれる。私は微笑み返しながら答えた。
「なんか、フレイお兄ちゃんたちもそうらしくって…だから、気にしないことにしたの」
そう言うとルイードは少し苦い顔をした。しかし、すぐに安心したような笑みに変わる。
「そっか……あ、そうだ。これ。この間のダンジョンの最奥にダークハンドがいて…あげるよ」
ルイードは言いながら、ポケットから黒い宝石を取り出した。
「え…?くれるの?」
「?もちろん。フレイア、集めてただろ?俺に出来ることなら、なんでもするぞ?当たり前だろう?」
ルイードは私の問いに不思議そうに首を傾げ、当然のように私の手に宝石を乗せる。
「あ、ありがとうっ!」
予想外だったのもあるけれど、初めて男の人からプレゼントをもらった喜びから、自然に涙が零れた。何よりも、くれたのがルイードだというのが堪らなく嬉しい。それは、どうしてだろう。初めて優しくしてくれた人だから…なのかな。
「えっと…そ、そんなに喜んでくれるのか…?そんないいもんでもないだろ」
ルイードは顔を真っ赤にして顔を背けた。
私はルイードに抱きついて返事をする。
「いいものだよ!こんなに嬉しいプレゼント他にないよぅ……本当に、ありがとう」
ルイードはびっくりしたのか身体を硬直させた。徐々に熱くなってくる。
「えっう…ぅう……とにかく、渡したからな!」
身体をよじって私の抱擁を解き、去って行ってしまう。
「…あ、ちょっと馴れ馴れし過ぎたのかな……親しき中にも礼儀ありだよね…」
嫌われちゃったらどうしよう。そう思うと胸の深いところが痛かった。
小走りで廊下を歩いていると白愛に声をかけられた。
「顔、赤いよ」
「っ!!」
慌てて顔を隠す。確かに、かなり熱かった。
「全く。何、主上にふしだらな感情を抱いているんですか」
「あ、あれはフレイアにも否があるだろう?いきなり抱きつかれたら誰だってこうなるよ」
「そりゃあ、アスガルド一の美女ですもん。どんな男だってそうなるでしょう。けど、あなたはならなかった。今の今までね?それがフレイ神があなたを選んだ唯一の理由だったのに…」
「白愛。これなら、フレイ神に申請すれば新しく3人で暮らす家を探すことの許可が降りるのではないですか?」
麗麟の台詞に白愛の肯定の声。俺は一気に血の気が引いて行くのを感じた。
「ま、待て待て!フレイ神にこんなことを報告したら俺が殺されるだろうが!」
「主上にいやらしい感情を抱く人のことなんて知りません」
「なんか、いいように逃げなさいよ」
俺は二人を拝み倒して許してもらった。
「とにかく、次はないんだからね」
「わかったよ」
俺は両手を上げて降参の意思を示した。この2人に勝てる気なんて微塵もしないからな。麗麟だけならともかく、狂戦士はな。
二人は俺の反応に満足したらしく、フレイアに絡みに行った。フレイアは何処か寂しげな表情に見えて、儚げで、いつにも増して綺麗に……
「って、何考えてんだよ、俺」
俺は頭を振りながら外に出た。
素振りでもしよう。




