禁断症状
「んー…暇ぁ」
フレイアは家の外に置いた椅子に深く座って天を仰いだ。
「……うーん、今言われると傷つくなぁ」
彼女の前で汗を流しながら型の練習をしていたルイードが苦笑する。慌ててフレイアが言添えた。
「違う、違うよ?ルイードに剣を教えるのが暇なんじゃなくて、謹慎が長過ぎて暇なんだよ?」
彼女の慌てぶりにルイードはさらに苦笑した。彼女はいつも18歳くらいの姿を取り、白いブラウス、黒いリボンにプリーツスカート、オーバーニーソックスを着ているのでついつい歳の差を感じるのだが、こんなふとした瞬間の対応が何と無く幼くて、彼女を妹のように感じる時がある。ルイードは、可愛くてつい、頭を撫でてしまった。
「ふえ?ルイード?」
「…あ、ごめんごめん」
久々に撫でたフレイアのふわふわの髪が気持ち良くていつまでも撫で続けるルイードにフレイアはあどけなく首を傾げる。彼女は他の人の前では完璧に見た目相応の行動、言動、仕草をするのだがルイードの前ではつい素に戻ってしまうらしい。
「別に、構わないよ?撫でてくれると嬉しいな」
「…あ、うん……」
不意に向けられた、感情表現の薄い彼女の自然な微笑にルイードは顔を赤くし、そっぽを向いた。それは赤い顔を見られたくないからの行動だったが、フレイアには拒絶に見えるらしく、少し悲しげな表情になる。人生経験の非常に乏しい彼女には人の細かい感情の変化やその真意を解することはかなりの難易度なのだ。
「…さて、じゃあ、剣を教えてくれるか?」
「うん、もちろん」
微妙な空気のまま、2人は剣の練習に戻る。
今日は2人きりなのだ。
いつもフレイアに絡む2人はアスガルドからの緊急の呼び出しで不在。リコは公務でこちらに来ている王に会いに行って不在。
2人がいないことでフレイをはじめとした面識のある主要神から外出禁止を受け、フレイアはフリーでモンスター狩りに行くこともできない。ちょうどルイードから剣を教えて欲しいとお願いされなければまた新しい魔法の術式を組み立てるところだった。
「今回は、雷剣を教えるね?私がそろそろ雷属性に手を出したいなぁと思って色々と術式を組み立ててたから、そのうちの一つ。つまり、お兄ちゃんも使わないオリジナルだね。これはオマケだけど、私の雷属性魔法との相性もいいんだ」
フレイアはにこにこと話すが実は相性がいいはずのその魔法は完成していない。術式は組み立て済みなのだが、試し撃ちが出来ていない。一度撃ってみないことには完成したとは言えないのだ。
「へぇ、なんて魔法なんだ?」
「魔法名言うと発動しちゃうんだよね…」
「やめとこう」
ルイードは何の迷いもなく前言を撤回した。フレイアの新作の魔法ほど恐ろしいものはないとわかっているのだ。これでも魔法制御の能力も非常に高いフレイアのことだから、彼女の側にいれば自身の安全は疑うべくもないのだが、家は完全消滅となるだろう。
「これは、防御と範囲攻撃に当たる魔法だよ。普通の晴れた日でも雨の日でも曇りの日でも使えるけれど、雷が鳴ってる時が一番いいかな。剣を天に向けて、逆手に持ち替え、地面に突き刺す。自分を中心に雷が広がるの。場合によっては即死。もしくは麻痺になるかな」
「なるほど」
かなり魔法に寄る、少し恥ずかしい魔法だな、と言う台詞を何とか飲み込む。天に向けた剣を地面に突き刺すのは剣士に憧れた子供の遊びの動作のようだ、という認識がこの世界では強かったりするのだ。ここで幼少期を過ごしていないフレイアが知る由もないのだが。
「フレイアの魔法はどんな効果なんだ?」
「雷を呼ぶ魔法だよ。完全オリジナル。実は、元もなしで作ったのはじめてなんだよ。だから、早く使ってみたくって」
「機会があったらいいな。人里離れたところとかで」
言葉とは裏腹に、ルイードはその機会が来ないことを祈った。彼女の怖いところは、水属性も持っていることだ。濡らして感電し易くしてから雷を落とすことだって難しいとこではない。
「うん。麗麟と白愛が帰りにギルドでクエスト見繕って来てくれるそうだから、それに期待だね」
彼女の謹慎は今日まで。明日から世界樹はまた冒険者稼業に戻る予定になっている。彼女が今日のモンスター狩りを素直に諦めたのはそれがあるからなのだった。
「そうだな。何か楽に稼げればいいな」
「えー?強いモンスターが出てきた方がいいでしょ?」
そんな微妙に噛み合わない会話をしながら2人は雷剣の習得に励む。実は18歳のフレイアに身長が微妙に負けているルイードには少し辛い時間だった。
彼は毎晩切に願っている。早く成長できるようにと。小柄で華奢な体格なのだ。
「ふぅ、大体出来てきたんじゃない?休憩しよ」
ルイードの魔法発動率が上がってきた頃、ちょうど日が頂点に登り、昼食時となっていた。
「おう、そうだな。昼飯はどうする?」
「うーん、どうしよっか。いつもみたいに作ってもいいけれど…」
実は、世界樹はパーティー内ルールとして家事の交代制というルールがある。これは、同じところに住むパーティーには間々見られることだったが、このパーティーで料理ができるのはルイードとフレイアだけなので残りの家事を三人が交代でやっている。よって、今日も料理を作るのに不自由はなかった。三人の殺人的な料理を思えば、どんなものでも美味しいというものだが。
「今日は街で食べるか?久々に二人だし」
ルイードの何気ない提案にフレイアは満面の笑みを見せる。
「うん!」
街でそれなりに人気のある店に入り、ルイードはこの近くの森ダンジョンで獲られるモンスターの肉料理をフレイアはそこで採取される野菜料理を楽しんでいると女性店員がルイードに声をかけた。
「ルイード、久しぶり」
「ああ、カオル。久しぶり」
「……」
馴れ馴れしくルイードに絡む女性店員にフレイアが不快げに顔を歪める。ルイードは気づかずその店員と話を始めた。
「全然来てくれないじゃない?どうして?」
「低レベルな冒険者風情に外食を頻繁にする金銭的余裕はねえよ」
「えー?おごってあげるのに〜。もちろん、ルイードの分だけね」
「ありがとう。でも最近はそれなりに稼いでいるんだ」
「そうなの?じゃあ、これからは頻繁に来れるわね」
「えー?それはーー」
「無理よ。私たちはクエストがあるんだから。こんなところに頻繁に来るほど暇じゃないの」
楽しげに談笑する2人にとうとうフレイアが割り込んだ。その顔は誰の目にも明らかに怒りの色を現している。
「…何よ、あんた。ちょっとこの街の男どもに人気だからって調子乗ってんじゃないわ」
「乗ってないわよ。別に人気でもないし。あなたに人気がないからそう感じるだけでしよう?」
フレイアがここまで言うのには訳がある。彼女はルイードに干渉し過ぎないよう、女性との交友関係に口出しをしないし、会話中は努めて存在感を消している。しかし、このカオルという女は目に痛いほどの鮮やかな桃色の髪に淡い黄緑の瞳と奇抜過ぎる色合いのくせにそれがとてもよく似合った、十人いたら九人は認めるであろう美少女だったからだ。その髪色と目の色が全く違うことから、魔導師ではないことがわかる。さらに、細身な身体から冒険者ですらないのだろう。本当に純粋にレストランのウエイターなのだ。
まあ、この店自慢の看板娘もフレイアの前では色あせて見えるというものだが。
「失礼ねっ!!私だってそれなりに人気あるわよ!今月だって、もう何人にも食事に誘われてるんだから!!」
「あら、そう。よかったわね。軽い女だと思われて喜べるなんて、至上の幸せと言うものよ?」
「っ!あなたねっ!!」
「ま、待て待て、お前ら!ここは店内だぞ!落ち着け!」
まさに一触即発な雰囲気の2人にルイードが割り込んで諌める。すでに店内にいる全ての人間が2人を注目していた。
はじめから注目されていた節のあるフレイアと看板娘のカオルの容姿を見ているというわけではないらしく、皆、口をポカンと開けている。逃げ出すものがいないのが唯一の救いだった。フレイアが怒って魔法をぶっ放すという狂ったやつとしては見られていないようだ。
「…ルイード、その女を庇うの?」
「そうじゃないけど、お前らーー」
「ルイードッ!庇ってくれないの?!今のはこの女が悪いでしょ!?」
「カオル、こいつはまだ幼いんだ。年上がそう声を荒げるものじゃない」
ルイードはついそんなことを言ってしまったが、今のフレイアはいつも通り18歳の身体。16歳のあどけなさを残したカオルよりも見た目は年上だ。
「歳とかは関係ないわ!腹が立つんだもん、しょうがないでしょう?!」
「同感だわ!それに、この女の方が年上じゃない!」
とうとう怒鳴り出す2人。ルイードは慌てて2人を抱えるようにして店を出た。ここの店主とルイードは仲がいいので食い逃げだと騒がれることはない。まだ完食はしていないので、おそらく残しておいてくれるだろう。
「いいわ!ここであなたを殺してあげる!」
「冒険者が非戦闘員に手を出したら謹慎では済まないわよ!」
言いつつもカオルは腰のポーチからアイテムを次々に取り出す。実は、魔法道具鑑定士の資格を持っているカオルは錬金術師のジョブを修行中だったりするのだ。
「いいわよ。謹慎くらい。もう十分に受けたわ!」
対するフレイアは首から下げた青く透き通る十字のネックレスに手をかけーー
「って、それはダメだろう!」
ルイードが慌ててフレイアの手を掴む。そのネックレスはフレイアが持つ主力武器である神器、海蛇の憂を封印してあるものであれを使うとただでさえ強いフレイアの魔法がさらに強化されていまう。ここ周辺半径50m以内の建物全てを跡形もなく消し去ることでさえ、対したことはないほどに。
「どうして止めるのよ、ルイード!」
「お前、こんなところでそれ解放しちゃダメだろう。そもそも、お前はそんな軽いノリで魔法使っちゃだめだ」
街が壊滅するから、という一言は何とか飲み込む。
フレイアは不満げながらもネックレスから手を離した。こうして無事にこの街の平和は保たれたのである。
「カオルも、冒険者が非戦闘員に手を出せないのをわかってて喧嘩を売ると処罰の対象に当たることくらい知っているだろう」
ぐっ、とカオルが気まずそうな声を上げる。
「出した魔法道具を全てしまえ。お互いに戦わない。わかったな?」
「「……」」
今だににらみ合う2人の頭を小突いてから、もう一度問う。
「わかったな!?」
「「…はぁい」」
ルイードはこうして無事に、平和的解決をこじつけたのだった。思えば、フレイアに出会ったあの日から、ルイードは彼女のフォローばかりしている気がしなくもなかった。
「フレイアは大人な思考も持っているだろう。いくら実年齢が五歳とは言え、その姿をとっているんだからもう少し大人な行動を心がけるようにしてくれ」
「…だって、ルイードが……」
ルイードの呆れた物言いにフレイアが反論しようとするがしりすぼみになる。フレイアにだって、なぜあんなにカオルに腹が立ったのかわからないのだから、当然と言えばそうだった。
「俺がなんだよ?」
少し怒ったような口調のルイードにフレイアはさらに何も言えなくなる。
「……」
「フレイア」
「…なんでもないよ……」
やはり微妙な雰囲気のまま、家へと歩を進める。
「…ちょっと、あのお店見てくる」
耐えきれなくなったフレイアが魔法道具専門店に入った。ルイードも黙ってついて行く。
「……」
「…ごめん」
ポツリとルイードが謝った。フレイアは手ではペンダントを弄りつつ、目線だけルイードへ向ける。
「なんでルイードが謝るの?」
「2人で出かけてる時にお前を放ってた俺も悪かった…と、今思ったから」
「……ごめんなさい。何でか、ムカついたの。私が悪かった…んだと思う」
2人は顔を見合わせて微笑みあった。
その日の晩、帰ってきた麗麟と白愛がフレイアに2枚の紙を差し出した。
「このクエストがオススメです」
「主上は水属性強化に興味はありませんか?」
それらはクエストの内容が書いたものだった。
水の大精霊の怒り
最近、湖の大精霊、ウンディーネの機嫌が悪いらしく、近寄った住民が襲われている。あの湖の水は様々な怪我や病気に効くため、このままでは困る。大精霊と接触し、機嫌を戻してきて欲しい。
レベル85指定モンスター、シャーベルト討伐
低ランクダンジョンである水源遺跡に水の宝石を落とすモンスターであるシャーベルトが現れた。このままでは低レベル冒険者の修行にならない。討伐してくれる高レベルパーティーの受注を望む。
「ふぅん?どちらも水属性強化に役立つわね。宝石はもちろん、大精霊とは契約をしたいし。いいわ、明日からこのクエストをしましょう。ルイード、リコ、あなたたちもいいかしら?」
「構わないぞ」
「別にいいです」
二つ返事で承諾してくれた2人に満足げな笑顔を浮かべ、事実上のパーティーリーダーであるフレイアが宣言する。
「決まりね。明日から、これらを頑張るわよ」
世界樹のメンバーはそれぞれにパーティーの準備を始めた。




