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誕生日には歌を  作者: 風花てい(koharu)
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誕生日には歌を 5

「僕の父親は竹里剛毅なんだってさ」

「…………………………… え?」

「今の長い沈黙は、『まさか、こいつが剛毅の実の子供だなんて、ありえねえよ』っていう意味? それとも、『久志総支配人の隠し子の次は、剛毅かよ? 次から次へと隠し子なんて、ありえねえよ。人をバカにしてるのか?』っていう意味?」

 浩平が、絶句しているふたりの反応を茶化すような笑みを浮かべる。


「でもさ、ことの始まりまでさかのぼれば、『堅物で有名だった久志総支配人に、隠し子がいました』って話より、『女遊びが激しかった剛毅が、意外な所に隠し子を隠しました』って話のほうが、信ぴょう性が高いと思わない?」

「それは、そうかもしれないけど」


 竹里剛毅が女にだらしなかったのは、有名だ。しかも、深い仲になった女とその娘を捨てきれずに全て抱え込んでしまった源一郎とは逆に、一度捨てた女を捨てたきりにする男だった。『相手にせよ、自分がそういう男だと承知したうえで付き合っていたのだ。自分といることで一時的にせよ楽しく贅沢な思いをできたのだから、関係が終わった後のことで文句を言われる筋合いはない』と、開き直っていたらしい。

 そのせいもあって、剛毅と関係のあった女たちは、いわゆる商売女が多く、金離れのいい剛毅との刹那的な関係を楽しんでいたようだった。だが、それは、冬樹の母親と結婚するまでの話であると、要は聞いている。そろそろ孫も生まれようかという年齢に達していた剛毅は、大物政治家の血脈に通じる若い花嫁を大切に扱った。浮気も一切やめた。口さがない人々は『本当のところは、大物政治家である彼女の祖父の機嫌を損ねたくないだけだ』と言っていたが、それなりに仲の良い夫婦に見えたことも事実だ。ならば、なぜ、浩平は冬樹よりも年下なのか。



「つまり、剛毅は、結婚してから幾らも立たないうちに、妻を一途に愛する品行方正な男性でいることに飽きちゃったんだよ」


 だが、妊娠初期の新妻に夢中であるはずの男が、以前のように商売女相手にパーッと遊べるわけがない。だから、彼は、後腐れがなく、秘密が守れる女を探した。本人の口が堅いのはもちろん、彼女の知り合いからも秘密が漏れることがないような…… いっそ、身内も友人もいないような、いなくなっても誰も気にされないような女を求めた。戦争が終わってからそれほど経ってなかったから、条件に合った女性を見つける手間も、それほどかからなかったようだ。


「僕の髪は、その女性譲りだったらしいよ」

 浩平が、要よりもクセの強い髪のひと房を指に絡める。きつい性格の冬樹の母親とは正反対の、いかにも気弱そうな美人であった彼女のために、剛毅は家を用意した。その家は、今でも冬樹が暮らしている竹里の家の目と鼻の先にあったそうだ。剛毅は、妻の目を盗んでの彼女との逢瀬を楽しんでいた。やがて、浩平が生まれたが、彼は見向きもしなかったらしい。剛毅がいる数時間の浩平の世話は、彼が最も信頼している秘書が担当していたらしい。やがて、剛毅にとって都合がよいばかりだった、その女が死んだ。身寄りも友人もいない彼女が産んだ赤ん坊だけが、剛毅の手元に残された。


「自業自得でしかないんだけど、剛毅にしてみれば、僕という存在は、えらく迷惑だったわけだ」


 本妻の手前、自分で子供を引き取るわけにもいかない。いなくなっても誰にも気にされないような女性には、養育費を託して子供を預けられる相手もいなかった。信頼のおける部下に託したところで、なにかの拍子にバレるかもしれない。しかたがないので、彼は、この子を捨てることにした。しかしながら、もっとマシな事情があればまだしも、『邪魔だから子供を捨てる』という非道な発想は、普通の人間には耐えられない。『どこかの孤児院の前にでも、こいつを置き去りにしてこい』と命じられた秘書は、この時ばかりは全力で剛毅に抵抗の意志を示した。『捨てるぐらいなら、自分に育てさせてくれ』とも頼んでくれたらしい。それすら、剛毅は許そうとしなかった。そんな、ふたりのやり取りを、よりにもよって口が軽くて考えなしの恵庭久助、すなわち、八重の夫で、久志の父親が聞いていた。この頃、すっかり行き場をなくしたところを剛毅に拾われた久助は、剛毅と更に親交を深めようと……というよりも『いろいろ後ろ暗いことがありそうな』の剛毅から弱味を握れないものかと、彼の周りをウロチョロしていたらしい。



「……え、じゃあ、茅蜩館ホテル経営者としての手腕を剛毅さんが買ってくれた云々っていう久助さんの話は……?」

「そんなの、始めっから、誰も信じてなかったじゃん」


 生真面目だった久志に隠し子などいるわけがない。この幼子は、どこからか久助が拾ってきたに違いない。実は久助の息子かもしれない。こいつは、どれだけ自分たちに迷惑をかければ気が済むのだ?  

 茅蜩館の誰もが、彼の言うことを頭から嘘だと決めてかかっていた。嘘だとわかっているから、ひとりとして、その嘘の中の真実を暴く気にさえならなかった。当然、剛毅の子供であるかもしれないと、思いつく者もいなかった。それどころか、茅蜩館を久助の好きにさせたくない一族が隆文を、父親の馬鹿さ加減と一族の傲慢さに腹を立てた貴子が要を連れてきて、話は拗れる一方だった。久志の死の疑いから人々の注意を他に逸らしたくて、この件に関わった多くの者が、意図的に騒ぎを大きくしていったところもあった。なにより、八重が引き取らなかった場合の、連れてこられた孤児たちの行く末が案じられた。おかげで、久助は、まんまと浩平を茅蜩館に預けることに成功し、同時に、剛毅の弱みを握ることもできた。 


「もっとも、久助じいちゃんは、そこまで上手くいくとは思っていなくて、僕をばあちゃんに預けることができれば目的達成だと思ってたみたいだよ」

 浩平について、久助は『家族から捨てられちまうなんて、可哀そうじゃないか』と言っていたという。

「はあ?!」

 要と隆文の声に険がこもる。貴子や輝美を捨てた男が何を言っているのだ?


「だからさ。久助じいちゃん的には、外にできた子供をばあちゃんに預けることは、捨てたことになってないらしいんだよね。一番信頼できる人間に託した……みたいな?」

 『八重なら、おまえのことを、ちゃんと育ててくれると思った』とか『八重は久志をなくしたばっかりだから、おまえがいれば寂しくないだろうと思った』とか、『兄ちゃんがふたりも(要と隆文のことだ)できて、よかったな』とか、実に自分勝手な理屈を並べて、久助は浩平を八重に預けた自分の行為を正当化していたらしい。


「じいちゃんは、僕だけじゃなくて、要や隆文のことも孫だと思ってたみたいだよ。思ってたというか、思いたかったんだろうね。そうやって、自分が捨てた家族と繋がっていたかったのかもしれない……って、今ならば思える。もっとも、この話を聞かされた時は、『ふざけんじゃねえよ』と本気で怒ったけど」

「そうだろうね。僕が聞いても、どこまでも勝手な言い草だとしか思えない」

「ところで、それ、いつの話?」

 隆文がたずねる。

「話してくれたの? 久助じいちゃんが亡くなる一週間ぐらい前かな」

 学校帰りの浩平を呼びとめ、要と隆文が近くにいないことを確認したあと、巨大なチョコレートパフェをおごってくれたのだという。

「本当のことを知っておいたほうがいいっていうのもあったんだろうけど、困ったことがあったら、これをネタに剛毅を強請ればいいと思って教えてくれたみたいだった」

「子供にユスリのネタを譲ってやろうと思うところが、どうしようもなく久助さんらしいな。でも、亡くなる一週間前っていうと……」

「浩平が中学生の頃だよね。もしかして、この打ち明け話のせいで、グレたの?」

「うん。こんなこと聞いちゃったら、茅蜩館にいられないって思わずにはいられないじゃん」

 浩平がうなずく。久助が教えてくれたことは、十代の少年が受け止めるには重すぎる内容だった。


「自分が剛毅の悪巧みのためにしか存在していないようで嫌だった。僕の出生は茅蜩館とは全く関係ないのに、僕を足掛かりに剛毅が茅蜩館を手に入れようとしていることが許せなかった。それを仕組んだのが自分の本当の父親だということが、たまらなく嫌だった。茅蜩館のみんなに、そのことを知られるのが怖かった。とにかく、茅蜩館にはいられないと思った」

 だから、浩平は茅蜩館から距離を置こうした。だけども、当時の浩平は、中学生だ。家出はもちろん、離れようとすればするほど、みんなに心配をかけることにしかならない。その中でも、血のつながらない兄の要と隆文は、必死になって浩平を改心させようとした。 

「要は不良と喧嘩してでも僕を連れ戻そうとするし、隆文は逃げそびれて東京湾に捨てられそうになるし、秋彦は秋彦で天下の公道で保護者ぶってこっ恥ずかしい正論をぶっこくし、輝美は泣くし、どこにでもいる茅蜩館のお得意さんたちが、僕の行く先々を通報してくれるしで、これじゃあ、不良なんてやってられないっていうか、そもそも不良になりたくて茅蜩館を出ようと思ったわけでもないからね。なにより、にわか不良をやっている時にさあ――」

 芝生に胡坐をかいた浩平がげんなりした表情で空を仰ぐ。 



「冬樹を見ちゃったんだよね」


 制服姿のままの冬樹が、大勢の同級生を得意げに引き連れながら当時人気であった洋服店の中に入っていくところに、浩平は、たまたま出くわしたらしい。待ち合わせでもしていたのか、店の中には、竹里剛毅と冬樹の母親もいたそうだ。


「遠くから見ても、冬樹が甘やかされ放題にされているのが丸わかりでさ。それを見ていたら、情けなくなってきた」

 自分のことをすっかり忘れているらしい実の父親のせいでグレて、その結果、剛毅が猫かわいがりしているいかにも出来の悪そうな少年よりも自分で自分をダメにしたら、それこそ、自分が可哀そうすぎるではないか。 


「あいつらなんかよりも、僕のことを本気で心配してくれる人が、他に大勢いるのに。そう思った途端、みんなに迷惑かけていることが、すごく幼稚なことに思えてきたんだ。それに、不良グループの間でも有名なワルだった滝さんが総料理長にスカウトされて料理の修業を始めたのを見ていたら、僕も、ああいうふうに頑張れはいいやって思えてきたんだ」


 まずは、ホテルの仕事をしっかりと身に着けよう。そして、絶対に、武里グループの――竹里剛毅の言いなりにはならない。表面的には協力的なふりだけしておいて、武里グループが茅蜩館の後継者問題に口出ししてきたら、浩平は、要か隆文に跡を継がせるべく、ふたりを全力で応援する。


「……と、心を入れ替えたばかりの頃の僕は、殊勝にも、そう思っていたわけだ。だけどさ、一度認識しちゃうと、なんでだか知らないけど、冬樹の噂が次々に僕の耳に入ってきちゃうわけだよ」

「確かに、僕らの耳にも入ってきていたものね。テニス大会で優勝したとか、ファッションリーダー的な存在だとか、映画に出たとか」

「学校で生徒に怪我させて他の生徒に責任を擦り付けたとか、テニス大会で脅迫まがいの行為をしたとか、店員の対応が気に入らなかったから店の中を徒党を組んで荒らしたとか。映画のチョイ役だった女性を散々もてあそんで捨てたとか」

 隆文の言葉を、浩平が混ぜっ返す。 


「でも、僕がなによりも許せなかったのは、武里リゾートだった。これでも一応ホテルマンだし」

「だな」

 要と隆文が反射的にうなずく。ふたりの反応に元気づけられたのか「ひどいよね? あれ? 冬樹の周りの人たちと地元の一部の有力者と業者が儲かるだけじゃん」と浩平が続ける。

「確かになあ」

 茅蜩館で八重やスタッフの苦労を見てきた要たちの目から見れば、数年後だか数十年後になれば、乱立したリゾートが負債という形になって武里グループのお荷物になるであろうことは充分に予想がつく。持続的に運営していけるリゾートであれば開発によって地元も潤うが、経営破たんし閉鎖されでもすれば、残るのは夢の残骸のような空虚な建築物と借金だけだ。 


「秋彦が止めようとしたんだけど、逆に武里グループの内での立場をなくしただけだった。反対に、冬樹の評判は上がる一方だ。でもって、その冬樹は、大人たちの企みに乗せられてるだけで、若者に人気の武里リゾートっていう神輿に、なんとなく乗っかっているだけなんだよ。あいつは、そんなこともわからずに、全部自分の手柄だと自惚れて、カッコイイこと言っているだけ。あれなら…… 僕のほうがマシだと思った。ううん。 僕のほうが、ちゃんとやれるって思った」

「なに? 浩平は、あんな神輿に乗りたいの?」

「違うよ!! 僕は、あの神輿をぶっ壊して、武里リゾートを真っ当な会社にしたいって思っただけだよ!」

 哀れむような視線を向けた隆文に、浩平が噛みつように叫び、「ねえ! こいつは、どこまで事情を知ってんの?!」と、隆文を指さしながら要にも訴える。


「浩平が武里リゾートのやり口と秋彦さんを失脚させたことに怒り狂って、橘乃さんの持参金騒ぎに便乗して、マリアさん以下ホワイトヘブンリゾートの関係者とグルになって冬樹さんを社会的に抹殺しようとしていたらしいってところまでは、要から聞いているよ。橘乃さんのお母さんがボタンさんで、橘乃さんが久志お父さんの本当の子供だってことも、教えてもらった」

「橘乃ちゃんのことも?!」

「教えるもなにも、隆文は気が付いてたんだよ」

 眼をむく浩平に要が教え、苦笑いをしながら視線を向ければ、隆文が笑顔でうなずいた。 


「六条さんに直談判に行った時――つまり、持参金のことを六条さんが発表する直前のことだよ――その時に、六条さんが『久志の陰謀』がどうのこうのと口走ったんだ。それで、亡くなった久志お父さんに心残りがあると、どうして、六条さんが茅蜩館を橘乃さんの持参金にしちゃうんだろう不思議に思っていたわけ。そこへ、橘乃さんとすっかり仲良しになった香織ちゃんが、『橘乃さんが、八重さんに似てる』って言い出してね」

「たしかに、橘乃ちゃんって、顔はあまり似てないけど、なんでもない仕草とかふとした表情が、ばあちゃんと同じだよね」

「話好きなところもね。だから、きっと、そういうことなんだろうなって思ったし、そういうことなら、要と一緒になることで、久志お父さんが天国で喜んでくれるんじゃないかと思った。それに、誰でも橘乃さんにプロポーズしてもいいとか言われていたけど、始めから勝負が決まっているかんじだったからね」

「そうだよね。それなのに、要がグズグズしているから、みんなから、よってたかって外堀埋められることになるんだ」

「好きなら好きだって、チャッチャと告白しちゃえばいいのにねえ」

 弟ふたりが、人の悪い笑みを浮かべてこちらを見る。 


「それはさておき、話を戻そうか。浩平は冬樹さんに腹が立って、『これなら自分がやったほうがマシだ』と思った。でも、自分でも冬樹さんの代わりに……というより武里リゾートの代表が務まるって、本当に、そう思ってるのか?」

 赤らむ頬をさすりながら、要が、あえて突き放すような口調で浩平に質問をぶつける。浩平の返事は、しばらくためらった挙句の「いや」だった。


「もとはといえば、そこまでのことは考えてもいなかったんだ」

「それはいつ頃?」

「優希耶が、入社早々役員になった冬樹の秘書になったせいで、冬樹の馬鹿さ加減を僕が直接知ることができるようになった頃かな」

「冬樹さんの秘書が、浩平に協力していたんだよ」と、要は、隆文に説明すると、「十年来の付き合いだって、さっき言ってたよね?」と、浩平に詳しい説明を求める。


「優希耶は、冬樹と同い年で同じ学校に通っていたんだけど、あいつのせいで、学校をクビになったんだよ」


 山辺優希耶は、冬樹が学校で起こした不祥事の責任を転嫁されて、当時通っていた中学校を退学させられたそうだ。冬樹の母親から『身代わりになってくれたら大学卒業までの学費については心配しなくてもいいし、あなたの家族にも悪いようにしない』と脅迫めいた懇願をされ、武里でそれなりの地位にいる父や叔父から涙ながらに拝まれた彼に『否』と言えるはずがない。とはいえ、表面的には大人しく退学と転校を承諾した山辺優希耶にも、自分に強いられた理不尽な処遇に憤りを抑えきれずに、自暴自棄になりかけた時期があった。そして、東京は広いようでも、不良を目指す健全な少年が行く場所というのは案外限られているものだ。ゆえに、同じ時期に家に居づらくなった浩平と山辺優希耶が出会ったのは、ある意味必然であったともいえる。


「それで、なんとなく話したり、ご飯食べたりしているうちに、どちらも冬樹の被害者だってことに気が付いたんだ」

 甘やかされた冬樹を遠目に見たのも、ふたり一緒の時であったという。 

「優希耶も吹っ切れたみたいだった。『冬樹と縁が切れたと思えば、かえって運がよかったのかもしれない』って笑ってた」


 『いつか、あいつを見返してやろうぜ』 


 そう言って、ふたりは、自分がいるべき場所に帰った。浩平が立派なホテルマンを目指す一方、山辺は勉学に専念した。彼にとって不幸だったのは、あまりにも優秀すぎたために、大学卒業と同時に武里に働き口を用意されてしまったことだった。慰謝料代わりとはいえ、武里グループから奨学金として学費一切を出してもらっている山辺は、またしても断りづらい立場に追い込まれた。


「その頃には剛毅も亡くなっていて、武里のトップも秋彦の兄さんの春栄さんに代わっていたから、今さら自分の被害を言い立てて申し出を拒否するのもみとっもないと優希耶は思ったらしい」

 浩平は『あいつは、そういうところで優柔不断になるからダメなんだよ』と貶したが、要は、むしろ好感を持った。要と同じように八重から『恩を仇で返すような人になってはいけない。期待されるのは、有難いこと。見込まれたら、全力で応えろ』と言われて育った隆文も「いい人だね。浩平だって、そういう人だから友達になったんでしょう?」と、図星を突く。


「確かにそうなんだけどさ。でも、いきなり冬樹の秘書に抜擢だよ! なんの罰ゲームだよ! しかも、冬樹は、過去において自分の身代わりになって退学になった山辺優希耶の顔も名前も覚えて……いや、もともと知らないのかもしれない」

 冬樹の両親が、息子の知らないところで《全て冬樹のいいように処理》したらしい。 

「ついでに言えば、冬樹は僕のことも知らない。自分と血がつながった弟がもうひとりいることはもちろん、彼の兄の秋彦に僕という名ばかりの子供がいることさえ知らなかった。それどころか、輝美に子供がいないことを面と向かって馬鹿にするような、どうしようもなく無礼でデリカシーのない奴なんだよ! しかも、武里リゾートが世間から注目を浴びているからってだけで調子に乗りまくった挙句、秋彦の地位を狙ったり露骨な嫌がらせをしたりするんだ。思い出しただけで、ムカついてきた!!」

 怒りに任せて、浩平が、手近にある枯れた芝生をブチブチと引っこ抜く。それをやんわりと手で制しながら、隆文が「浩平って、実は秋彦さんと輝美さんのこと好きだもんね」と理解を示した。意地っ張りなのでわかりづらいが、浩平が戸籍上の両親に懐いていることを、要も知っている。浩平にしてみれば、自分のことよりも二人が侮辱されることのほうが許せなかったのだろう。 


「なるほど、これは、ストレスがたまるな。それで、冬樹さんを失脚させてやろうと思ったのか?」

「それでも、『いつかきっと』程度だったよ」

 枯草ばかり10本ほど摘んだものを、浩平が、風に預けるように放り投げる。浩平も山辺優希耶も、所詮は冬樹と同じ若造でしかない。経験なければ信用もない。どれだけ自惚れたところで、年長者の目から見れば、ドングリの背比べと変わらない。ただちに冬樹に成り代わったところで、冬樹以上のことができるとは限らない。


「できるかどうかはさておき、武里リゾートを乗っ取ったところで、自分たち2人でどうにかできるとも思えない。 っていうか、追い落とす必要さえないと思っていたんだ」


 武里リゾートがいずれ破たんすることは目に見えている。そして、冬樹は、面倒くさいことは全て他人任せにして神輿の上に乗っていることだけで満足している。ならば、冬樹をどうこうするよりも、まずは、神輿を担ぐだけの力をつけるのが先決だ。武里リゾートが破たんすれば、恰好悪いことが嫌いな冬樹は、自分で神輿から飛び降りて、すべての責任と後始末を担ぎ手、つまり優希耶に擦り付けるに違いない。


「そうなったら、優希耶が、武里リゾートを建て直すためと称して、その頃にはいっぱしの茅蜩館のホテルマンになっている僕をオブザーバーとして招き入れる。そして、ふたりで、武里リゾートを華麗に再生させ、冬樹をギャフンと言わせてやるのだ! ……って、あの頃は、ストレス解消も兼ねて、ほとんど酒場の愚痴レベルの夢物語を語ってただけだよ。『だから、今は我慢しよう。当面は、秋彦や茅蜩館のスタッフからホテルのことをできる限り学んで力をつけよう』って、お互いに慰め合っていただけなんだ」

「要するに、ふたりは、30年ぐらい先に冬樹を見返そうと思っていただけなのか?」

「それはまた、ずいぶん地道で気長な復讐計画だね」

「そうだよ。もともとの僕たちは、高望みなんかしないで真面目にやってただけなんだ」



 そして、ストレスをためながらも地味で着実な努力を重ねていた彼らの状況を変えたのが、マリアとの出会いと橘乃の持参金騒ぎだった。

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