メッセンジャーリョウマ
翌日
「――というわけです」
「というわけ、じゃねぇだろ……」
昨夜の話し合いで大まかな方針がまとまり、セバスさんは王都へとんぼ返り。その直前、俺はギムルの冒険者ギルドおよび商業ギルドマスター達への手紙を預かったため、朝から空間魔法をフル活用して超特急でギムルに戻ってきた。
そして、その足でまず冒険者ギルドを訪れたところ……話を聞いたウォーガンさんは想像していた通り、俺から手紙と説明を受けてうなだれた。
「元騎士団長と死影の魔女だけでも大事だが、あのグレンまでギムルに拠点を移す可能性があるか……上級魔法をぶち込まれた気分だぜ、ったく。
まぁ、話は分かった。冒険者の取りまとめと問題対応はギルドの仕事だ。そこを放棄する気はねぇよ。事前に情報を貰えたのも助かる。返事は通常通り、送ればいいか?」
「向こうでやりかけの仕事が残っているので、今日の夜には一旦戻る予定です。それまでに預けていただけるなら、直接持っていきますよ」
「ならすぐに返事の手紙を書くから待っててくれ。委細承知した、ってことを少し飾るだけだから、大して時間はかからないんでな」
俺の返事を待たずに、ウォーガンさんは机の引き出しからレターセットを取り出して手紙を書き始めた。書類仕事が苦手という話をいつかしていた記憶があるが、それでもギルドマスターを務めて長いのだろう。動きには慣れを感じる。
「そうだリョウマ。こっちとは別件なんだが、ちょっといいか?」
「はい、なんでしょう」
「あれ……なんだっけか、スライムの……ほら、粉あるだろ、粉。体にいいやつ」
「アルガスライムの藻の乾燥粉末ですか?」
「それだ! あれ少し売って貰えないか? あれ飲んでると調子がいいんだよ。特に目の疲れが大分軽くなる」
「あれはうちの病院に行って検診を受ければ、今は無料で貰えますが……」
大分前に進化していたアルガスライムの藻には、地球のミドリムシと同じく栄養成分が豊富であることが分かっており、現在は栄養剤としての更なる研究が行われている。
昨年末、ギムルに来てくださったマフラール師匠からは“医療ギルドへ報告して薬あるいは薬草としての承認を受けるべきだ”という提案もいただいたため、承認をスムーズに進めるためにもデータを収集しているのだ。
定期報告でデータ取りを終えたという話は聞いていないので、まだ受付はしているはずだけど……ウォーガンさんの表情を見るに、そういうことではないのだろう。
「お仕事が忙しくて時間が取れませんか」
「全くってわけじゃないんだが、まとまった時間は取りづらい。あとは急に対応が必要な時もあるからな。病気ってわけでもないと、どうしても飯食って酒飲んで寝る方を優先しちまう。大体それでどうにかなるし……治験ってのは入院か定期的な通院が必要なんだろ?」
気持ちは分かる。俺も前世の会社で義務化されていた定期検診は面倒で仕方なかった。健康管理が大切なのはもちろん理解しているが、それはそれとして時間に追われて余裕がなければ、億劫にもなる。
労働基準法で年一回は義務だからと検診は受けていたけど……そういえばあの会社、会議室にお医者さんが来て健康診断を受けられた時期があったな。
社員の負担を軽減しつつ業務にも支障を出さないことを目的とした施策と説明されたけど、前年度に治療の指示を受けた社員も含めて結果に問題がない人が爆増したり、検診を担当した医師が上層部の知り合いであることが発覚したり、過剰な報酬や接待の噂が広まったり。
疑惑だけで真偽不明のまま、3年くらいでしれっと元のやり方に戻っていたけれど、会社で医師の診断を受けられたのは確かに楽だった。あの時の会社の目標と、出張検診という手段そのものは悪くない。
「ではギルドに往診という形で対応していただけないか、マフラール師匠に相談してみましょう」
「それができるならありがたい」
「もしそれが可能なら、ギルドマスターだけでなく他の職員の方にも交代で受診してもらったらいかがですか? その方が治験のためにはありがたいですし」
「おっ! いいな。忙しいのは俺だけじゃないし、倒れられでもしたらそれこそ困るからな。日時とか金額とか、条件が分かったら教えてくれ。あと書けたぞ」
「お預かりします」
封をされた手紙を丁寧に受け取り、検診の事も約束して冒険者ギルドを後にする。
さて、次は商業ギルドだ。
■ ■ ■
「いいところに来たね」
商業ギルドを訪ねると、グリシエーラさんから開口一番にそう言われた。
「“いいところ”とは?」
「ピオロの店を通して樹海の素材を王都に流しただろう? 品物の出所がアンタだとバレたらしくてね、王都の商業ギルド本部から問い合わせがあったんだよ。リョウマ・タケバヤシに関する情報をできるだけ詳しく教えろ、だと。
貴族の圧力もあったみたいだし、本部も本部で色々と知りたがってるみたいだ。それに妙に急いでいるのが分かったから、樹海の希少素材の供給だけが目的とは思えない。本部の手紙に書いてない裏もありそうだから、本人から話を聞きたかったのさ」
納得すると同時に、商業ギルド本部の動きの早さに脱帽する。
「僕の説明の前に、こちらをお読みください。その方が話が早いと思いますので」
暖房関係の技術、基金、樹海素材、グレンさんとの関係。一体どれが本部に目をつけられたのか? 目を付けられる理由が多すぎて、逆にどれが原因か分からない。
「なるほどねぇ……とりあえず把握したよ。本部がわざわざ問い合わせるわけだ」
「ギルドマスターから見て、どの点を本部は重視しているのでしょうか?」
「全部重要だろうけど、しいて言えばグレンとの関係だろうね。最近、グレンと本部の関係が一気に冷え込んでいるそうだよ」
やはりSランク冒険者の伝手を持っているというのは大きいか、とおもいきや、話の流れが変わった。
「樹海素材のことで多数の貴族からの問い合わせがあったはずだし、おそらく焦りすぎて何か下手を打ったとアタシは見てる。グレンも辛抱強いとは言い難い性格をしているそうだから、追加の素材供給をしつこく迫ってへそを曲げられたのはほぼ確定でいいだろう。
そして関係がこじれたなら、一旦誰かを間に挟むのも1つの手ではあるから、間に入る奴が商業ギルド所属なら色々と“使いやすい”と考えてもおかしくはないね」
「……圧力をかけやすい、という意味で解釈は間違っていませんか?」
「あくまでも協力の要請という形だろうけど、ギルド本部から直々に頼まれちゃ、そんじょそこらの商人なら怖くて断れないだろう。褒められた手ではないけど、牙が迫れば小枝にも縋るというやつさ」
“溺れる者は藁をもつかむ”と同義の慣用句……グレンさんは本心を隠したりもしないと思うので、拠点変更を正直に口に出していたとしても、交渉役の方が察していてもおかしくはない。本気でグレンさんとの関係がこじれ、改善を図っている可能性は俺も否定しない。
ただ、
「交渉の仲立ち、いや交渉の席につかせるところから? どちらにしてもそういう小細工は、グレンさんが嫌いそうな手なので余計に拗れますよ」
「だったらそう言って断ってやればいいさ。本当に逆効果なら嘘でも何でもなく、ギルドのための提案だからね。アンタの場合は公爵家の後ろ盾もあるんだから、本部もそれ以上の無理強いもできないよ。そもそも要請が来ると決まったわけでもないんだからね。
その辺りはこっちで調べておくし、他の事もまとめて、商業ギルドとしての対応はきっちりやらせてもらうよ」
「よろしくお願いします」
ここで冒険者ギルドの時と同じく、公爵家への連絡を預かることができると伝えると、グリシエーラさんも手紙を書き始めた。
「しかし、アンタはまた色々とやってるねぇ。樹海の素材もそうだけど、今度は暖房器具に基金。とうとう国と教会まで巻き込んだかい」
「今回は我ながら、大きなことをやったと思っています」
「公爵家が認めて急いで動くくらいの品なんだろう? 新しい暖房器具は基金にせず、自分で売れば儲かっただろうに」
「暖房関連はどれも有用だと思いますが、私の研究成果というわけではないので」
樹海の生活の知恵と、祖母の残した資料から見つけたものだ、と用意していた説明を行う。するとグリシエーラさんは鼻を鳴らし、手元から視線を上げた。
「儲けが増えて、そろそろ欲も出てくる頃じゃないかと思っていたけど、アンタは本当に変わらないねぇ」
「? 自分ではだいぶお金遣いが荒くなったと思いますが……具体的には大きな出費をあまり気にしなくなりましたよ。つい先日も、自分のための工場を構えたばかりで」
「そりゃ商売の規模が大きくなって、投資が増えてきたからだろう? 使う金額は大きくなっただろうけど、無意味な金じゃないのなら金遣いが荒いとは言わないよ」
呆れたように椅子の背もたれに体を預け、グリシエーラさんは続ける。
「実際に小金が入ると“儲けられる”ってことに現実味が出てきて金に対する執着が大きくなるのさ。普通はね」
「僕は普通でないと」
「あくまでもアタシの経験に限った話だけど、急成長も含めてアンタみたいな奴は初めてだよ」
商売が軌道に乗って懐が温まった途端、人が変わったようになる者は多い。急に商売の規模が大きくなった時、あるいは運が良くて楽に稼げてしまった時ほど人は変わりやすい。だからこそ、そうなった時に自制を利かせられるか、金をどう使うかでその人の将来は決まる。
また、商人としてはそこからが本当の第一歩だと、グリシエーラさんは語った。
これは迂遠な言い方だけれど、褒められているのだろうか?
「褒めるかどうかは迷うところだね。金ばかり追い求める商売をしない点は素晴らしいと思うけど、アンタは欲がなさ過ぎて、商人としてはどうなのかねぇ? もうちょっと大金を稼ごうとか懐に入れようとは思わないのかい?」
「相変わらず自然に心を読まれる……収入に関しては現時点でも十分ですから。なんなら多すぎて使い道に困るくらいで。お金の不安のない生活を送れるだけでも贅沢じゃないですか? それにいくら貯金があったとしても、あの世にお金は持って行けないのです」
ソースは俺。尤も、老後に向けた貯金はそこまで大きな額があったわけではないし、お金じゃ買えない二度目の人生を貰ったのだから不満はないけどね。
「まるで教会の聖職者だね、まったく。まぁ、初めて会った時の半分世捨て人みたいな状態を考えれば、成長したと言っていいんじゃないかい? 地に足が着いて、根を張れる場所と自覚が芽生えたのは成長さね。ほら、持っていきな」
グリシエーラさんは書き上げた手紙を封筒に入れ、机の向こう側からずいっと押し出してくる。
「お預かりします」
「頼んだよ。あと話が変わるけど、今度の会合に参加するんだろう?」
「もうお聞き及びでしたか。つい先日決まったばかりなんですが」
「会合は一応アタシが主催だからね、オレストの奴が嬉々として連絡してきたんだよ。
参加者はどいつもこいつも曲者揃いだけど、当日は変に気負わず頑張ることだね」
「ありがとうございます」
激励の言葉とともに見送られ、俺は商業ギルドを後にした。




