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一段落

 次の日


 昨夜のうちにギルドマスター2人の手紙を公爵家に届け、やってきたのは先日の廃村跡地。


 前回は下見が主目的であり、予期せぬ魔獣被害に遭われた方々の保護も重なったため、伐採作業があまり進んでいない。……ということで、


「ユーダムさんこれもお願いしますね!」

「次のを運んだらいったん休憩にしよう! まだ先は長いから、休憩を挟まないと体がもたないよ!」

「了解!」


 今回はスライム魔法による木々の伐採および枝落としの後、運搬作業で絶えず駆け回ることにした。もちろんゴブリン達も働いてくれているけれど、近々グレンさんが来ると聞いたので、鍛錬としての意味が大きい。


「よっ、と」


 肉体強化魔法を使い、丸太を一本担いで走る。担ぐときに声が出るけれど、重いわけではない。むしろ軽くて感覚が狂う。前世のバイトで鉄骨は幾度となく運んできたし、今も素の状態でそれくらいの力は出せる。その上で強化魔法を本気で使うと、力が出すぎるのだ。


 例えるなら、古い電動アシスト機能付きの自転車に乗った時、ペダルを漕いで抵抗を一瞬感じた直後に抵抗が消えるような感覚。体の動きと魔法による補助が微妙に噛み合っていないようで、強化の出力を高めれば高めるほどに違和感も増していく。


「ふぅ……」

「はいこれ」

「ありがとうございます」


 ユーダムさんが用意していた水筒を受け取り、水分補給を行う。


「だいぶ飛ばしていたように見えたけど、無理はしてない?」

「どちらかというと、軽すぎるくらいですよ。動きだけでなく、運動量に対する疲労感や負担も全く釣り合っていません。

 強化魔法による感覚のズレを補正することが今の目標なのですが、そもそも“魔法や気で肉体を強化する”ということにまだ慣れていない感じですね。特に魔力による強化は気功によるものよりも違和感が強くて……要するに鍛錬不足です。

 ちなみにユーダムさん、コツとかご存じだったりしませんか?」

「う~ん、強化に関しては僕も学生時代に徹底的にしごかれて慣れたからねぇ……

 それに肉体強化の魔法は訓練課程の最初に教わるから、最初のうちはちょっと調子がよくなる程度で、違和感を覚えるほどの効果は出ないんだ。訓練をしていくうちに体が鍛えられて、強化の練度も上がって、って言う風に両方が同時に成長していくわけ」

「弱い状態から慣れていくので、大きな違和感は出にくいと」


 そういえば以前シーバーさんと試合をした時に、俺が武術と魔法を別々かつ、魔法を後から学んだことを見破られた覚えがある。俺の動きから察したことだけは分かっていたが、そういうことだったのか。


「あと、気と魔力の違いによる違和感の差。これはもちろん練度もあると思うけど、オーナーさんの場合は魔力量も影響があるんじゃないかな? 魔力量が多すぎる人は、魔力の細かい制御が難しくなるらしいから」

「あまり気にしていませんでしたが、確かにそれもありそう……でも他の魔法は普通に使えているのに、何故強化だけここまで違和感を覚えるのでしょうか?」

「想像だけど、オーナーさんの感覚が鋭すぎるのも一因じゃないかと思う。前の2つは違和感を産む原因(・・・・)だけど、感じる原因(・・・・・)って意味で。

 たとえば剣の振り方一つでも、慣れてくれば自分で“あっ、今振った後の体勢が崩れたな”とか細かい部分に気づけるようになるけど、習い始めの頃は気づきにくいじゃない? しっかり技が身についてれば、普段との些細な違いが気になるのは自然だと思うよ」


 確かに心身のズレだけでなく、ズレに対して過敏になり過ぎていた部分もあるかもしれない。それが動きにも反映されて、さらにズレが大きくなっていたということか。勉強になる。やはり専門家が近くにいてくれて、アドバイスが貰えると助かるな。


「まぁ、結局のところ継続して訓練するしかない、って結論は変わらないんだけどね」

「それは仕方がありません。自覚はありつつも、放置してきたツケが回ってきたということです。……正直に言うと、グレンさんに出会うまでは強化を鍛える必要性をあまり感じていなかったので。

 ほら、武術は力が強くて動きが早ければいい、というものではないじゃないですか」

「確かに。肉体だけに頼らず、多少不利でも状況を覆せるようにするための技術だからね」


 相手も自分も人間である以上、肉体のスペックは大きく変わらない。この世界の人類は異なる種族が混在しているが、それでも技と違和感のない強化で十分に対応できる範囲だった。


 それなら自分の運動能力よりも相手の防御を貫くために武器を強化する、もしくは攻撃魔法の方が使い勝手もいい、というのがこれまでの考え方。今でも間違っているとは思わないが、何事にも例外はある。この例外がグレンさんだ。


「グレンさん並みの人が沢山いるとは思いませんが、良い機会なので少し腰を入れて鍛えておこうかなと」

「そのくらいで丁度いいと思うよ。別に実力が不足しているというわけではないんだから、無理しない程度にね。あと訓練なら何時でも付き合うよ。僕自身のためにもなるからさ」

「頼りにしています」


 そう伝えたところで休憩は終了。休みすぎては訓練にならない。

 こうして俺達は、廃村跡地の開墾と木々の伐採に戻る。



 ■ ■ ■



 そして3日後……


「確認できました。ようこそガウナゴの街へ」

「お疲れ様です」


 伐採の仕事は一段落。今回は廃村跡地から義倉までの運搬を、公爵家の手配した業者さんが担ってくださったので、公爵家への報告後はギムルの街に帰る予定。


 だがその前に、縄の生産工場を訪ねる。この3日で工場を稼働させたとのことで、今のうちに稼働中の様子も見せてもらうのだ。


「タケバヤシ様、お待ちしておりました。奴隷たちは順調に縄の生産を始めております。つきましては稼働状況や完成品の質に問題がないか、一度お目通しをいただけますと幸いです」

「お忙しいところ、お時間ありがとうございます。拝見させていただきます」


 マルロさんに出迎えてもらい、そのまま建物の奥へ案内された。


 扉の向こうから沢山の人の気配は感じていたが、第一印象は静かな場所。ただ縄を編む作業の音と、道具や材料を要求する最低限の会話だけが聞こえてくる。内部は廊下の左右に大部屋がいくつも連なる間取りで、扉はない。部屋ごとにチームで作業をしているようだ。


 チームの構成は老若男女が混在しているので、統一感はない。ただし全員縄を編むことに慣れている人達なのだろう。一番若そうな小学校低学年くらいの子でも、手元が淀みなく動いている。真面目に黙々と縄を編んでいるので、工場としての機能に問題はなさそうだ。


 逆に若干気になったのは、作業をしている人の表情が暗いこと。そして1つずつ部屋を覗くたび、気づいた人が手を止めて直立不動になったり、不安げな顔でこちらを見ること。これはおそらく彼らの不安からきている反応。


 彼らは俺が工場の話を持ちかけた時に、オレストさんが話していた“売れ残り”の人達なのだ。


「タケバヤシ様。もしよろしければ彼らに何か一言、声をかけてやってもらえませんか? きっと励みになりますので」

「分かりました」


 こちらとしても挨拶くらいはしておきたいので承諾すると、マルロさんが号令をかける。それから作業を止めて部屋を出てきた皆さんが廊下に並ぶまで、20秒と経っていない。


 彼らの動きから教育が行き届いていることを理解もしたが、それ以上に日本の学校が頭に浮かぶ。さらに一度学校を思い出すと、先程までの大部屋も教室に見えてきた。子供がこちらを見やすいように前に出されて、背の順になっているところがさらにそれっぽい。


「皆さん初めまして。私が皆さんにお仕事を依頼した、リョウマ・タケバヤシと申します。まずはご協力いただいている皆様、ご協力ありがとうございます」


 一度感謝を伝えて頭を下げ、顔を上げると皆さん無言。驚いたり戸惑ったりしている人もいれば、興味がなさそうな人もいる。


「さて皆さん、本日はお仕事の様子を見せていただき、大変満足いたしました。これからも引き続きお仕事をお願いしたいと思います。

 ですが、皆さん疑問に思われた方もいらっしゃるのではありませんか? 何故こんなに大勢の人を集めて、ただの縄を作らせるのか? と」


 俺が率直に切り出すと、思う所はあるものの素直に同意していいものか? と悩んで声を上げられない……そんな様子が所々で見られる。特に子供達の態度は顕著だ。おそらく“下手なことを言って、もし雇い主の不興を買ったらまずい”とか、そんな葛藤があるのだろう。


 軽く手を叩いて注目を集めてから、話を続ける。


「当然の疑問だと思います。ですので百聞は一見に如かず、実際に見てください。

 マルロさん、完成した縄を一巻き使わせていただけますか? もちろん代金は支払いますので」

「少々お待ちください」


 彼が素早く隅に立っていた部下に指示すると、最寄りの部屋から完成品が運ばれてきた。受け取って手早く術をかけ、足元から廊下の先まで、奴隷の列の中心に縄を伸ばして元の位置まで駆け戻る。


 大半の人からは奇妙なものを見るような目を向けられているけれど、そうでない人も確認できた。


「何人かは既に気づいたみたいですが、私は縄に魔法をかけました。この魔法をかけた縄が私の商品でして……危険なものではないので、各々、試しにその縄を踏み越えて見てください」


 奴隷の皆さんは顔を見合わせ、最初の一歩を踏み出そうとした(・・・・・・)人はすぐに現れた。


「は?」


 怖いもの知らずなのか、面倒なので適当に従ったのか。一番に声を上げたのは、荒んだ目をしている中学生くらいの男の子だ。


「何だよこれ。ただ縄が落ちてるだけなのに、足が向こうに行かねぇ」


 彼の言葉でひとまず安全なのを理解して、後に続く人が増える。そして全員が縄を踏み越えられないことを実感した頃を見計らい、もう一度注目を集めた。


「はい、皆さん体験していただけたと思いますが、私が魔法をかけた縄は人や動物、魔獣の侵入を阻むことができるようになります。街の門や外壁のように、絶対に乗り越えられないほどのものではありませんが、事前に対策をしていない限り、越えるのは困難。

 ……少々話が逸れますが、この中に農業をしていた方はいらっしゃいますか? いたら手を挙げてください」


 7割ほどの人が手を上げる。中には先程一番で記憶に残っていた男の子もいたので、ちょうどいい。


「では、そちらの貴方」

「え、俺!? ……ですか?」

「はい、貴方です。言葉遣いは気にしなくて構わないので、率直にお答えください。畑を荒らされた経験はありますか?」

「……当たり前だろ。動物も魔獣も、俺らが汗水たらして手入れをした作物を一瞬で食い荒らしていく。そのせいで自分が食えなくて倒れた奴とか、税金が払えなくて貴族に罰を受けた奴も知ってる。だから俺達は必死で追い払うんだよ」

「では、そこにこの縄があったら?」

「そりゃ――畑が荒らされなくなる?」

「絶対とは言い切れませんが、荒らされにくくはなるでしょう。家や村のまわりなど、出入り口以外の部分に張り巡らせておけば、盗賊などの侵入も防ぐ簡単な防壁代わりにもなりますね」


 セバスさんからの受け売りだが、彼らはこの縄の便利さを自分達の経験と交えて深く理解できたようだ。先程までの“子供の変な行動”から、明らかに俺と縄を見る目が変わってきた。


「ご理解いただけたと思いますが、この縄は人々の生活を守るために使える便利な道具です。だからこそ、存在を知れば欲しいと思う人が沢山いる。

 ……皆さんが作った縄には今後、全て、私が魔法をかけて販売する予定です。もちろん商売なので利益は確保しますが、この縄が売れれば売れるほど(・・・・・・・・・)! つまり貴方達が縄を作れば作るほど(・・・・・・・・・)多くの人が助かる(・・・・・・・・)ことでしょう!」


 やや大げさでも構わない。貴方達の仕事が人のためになるという点を強調すると、彼らも悪い気はしないようだ。


「また、欲する人が多いということは高く、多く、売れる商品になりやすいということでもあるので、儲かります。専門家から聞いた相場では、魔法をかけた縄は普通の縄の10倍――10本分の価値があるそうです」

『10本も!?』


 自分達の編んだ縄の価値が、そこまで上がるとは思わなかったのだろう。幼い子供達は一瞬疑問を浮かべていたけれど、具体的な本数で伝えると価値の差を理解してくれた。おまけに素直に驚きを口にしてくれたおかげか、周囲の大人達の反応も良好。


 ここでさらに追撃の一言。


「この縄をたくさん作って売ることが私、ひいては皆さんの利益になります」


 少し声を張ると、ざわめきがピタリと止んだ。


「工場の運営費や私の取り分もあるので全額ではありませんが、少なくとも普通の縄の3倍は皆さんの利益が出る見込みです。さらに、既に説明を受けていると思いますが、ここでの報酬は歩合制。頑張れば頑張るほど報酬が増えることをお忘れなく」

『オオッ!!』

「それでは皆さん、これからもよろしくお願いします」


 最初よりも皆さんの目に光と熱意を感じたので、話を締めて早々に退出。彼らに聞こえない場所まで移動してから、マルロさんが頭を下げた。


「お疲れ様でした。タケバヤシ様のお言葉で、皆の士気が高まりました」

「こちらの利益にも繋がりますし、どうせなら気持ちよく働いてもらいたいですからね」


 “やりがい”と言うと大げさだけど、仕事に対するモチベーションや充実感があって困ることはない。自分がどんな仕事のどの位置を担い、誰の何の役に立つのかを理解する。そして意欲的に働き、誰かに感謝される方が働いていて気分も良いだろう。


 まして彼らは立場的に、精神的な余裕があまりないように見えた。一朝一夕でどうこうできるとは思っていないけれど、労働に対する相応の報酬は保証するので、少しでも気休めになれば……あわよくば自己肯定感も高めてくれれば、雇用者として嬉しい。


 ただし、今後本人たちのやる気が持続したからといって“やりがい搾取”になってしまうといけないので、利益をきちんと労働者に還元するようマルロさんに念を押しておく。


「かしこまりました。成果と報酬を明確に示せるよう、厳格に管理いたします。継続すれば奴隷達にとっても信用できる要素になるでしょう」

「よろしくお願いします」


 それからしばらく雑談をして、俺達は縄工場を後にする。


「これでガウナゴでの仕事は一通り終わりましたね。まだ帰りがありますが、お疲れ様でした」

「オーナーさんもお疲れ様。結構慌ただしい日が続いたから、疲れたんじゃない?」

「移動が多かったですからね。ギムルに帰ったらしばらくゆっくりしましょうか」

「そんなこと言って、また何か色々始めるんじゃない?」

「……比較的(・・・)ゆっくりはできますよ。今のところ他に急ぎの仕事はないので、例の訓練を優先し、その分だけ体を休める時間も取るとか」

「完全に否定しきれないのがオーナーさんらしいね」


 くだらない話で笑い合いながら、俺とユーダムさんは帰路につくのだった……

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― 新着の感想 ―
ここで安心なのが、最後にリョウマ君が魔法をかけなければ、縄は商品としての価値が下がるということ。 原材料だけあってもどうしようもないとわかっていれば、どれだけの値段で売れると説明しても(奴隷の人達は契…
熟練者だと1.2m作るのに約2分らしい。 100mを約40分くらいで作れることになる。 現代の藁縄100m強が1000円前後。 それの10倍の3割貰えるんだから一巻3000円前後貰えると。 この世界…
縄の10倍の価値ってすごく安くないですか?
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