遊園地の観覧車
「それじゃあ行ってみるぜ、よく分かんねぇけど」
「ついでにジュースでも買ってくるのですしずちゃん!」
しずくとひかりは二人仲良く売店へと足を進めた。
疲労困憊な僕はグレートスさんに抱かれて、体を休める。
二人には少し実験に付き合ってもらうことにした。
今までの事情を語るには時間が惜しかったので、兎に角二人には売店にて飲み物を買うことをお願いする。
此度僕が実験するのは、この世界の強制力についてである。
先程僕は主人公と会長の間を邪魔しようと近付いた。しかしそれは叶わず、体が拒否反応を見せて邪魔することは出来なかった。
ならばただ何も知らない奴が近付いたら、どうなるだろう。
丁度彼女らは売店近くの椅子に腰かけ、談笑している。
売店に物を買いに行く二人が、視界に入る位置だ。もしゲームのイベントを順守するなら、僕と同じくゲームに登場する二人は動くことさえままならないだろう。
一度はゲーム中に出るのだ、その彼女らが昼食イベントに映るとなると問題があるように思える。
しかし二人は何事もなかったように、僕が頼んだミックスジュースと自らの飲み物を携え戻ってきた。
「ほい、冷たい内に飲みやがれ。」
「…んっ有難うしずく。」
「へっこれぐらい、大したことじゃねぇよ。」
しずくの耳まで赤くなった横顔に、思わず笑みを浮かべてしまいます。
ひかりはいつも通りの笑顔を咲かせていますし、グレートスさんの胸は僕の頭に乗せられたままだ。
家令さんは僕たちよりも一歩後ろに下がり、その光景を見つめている。
彼女の表情を見ることはグレートスさんに抱かれる僕の位置から見えないが、流石に仏頂面ではないだろう。
僕たちの間を裂くように複数のSPが取り囲んでいました。
まあそれはそれとして、如何やら邪魔をしようと思わなければ近付いても問題はなさそうである。
試に二人にも彼女たちを邪魔するように頼んで見てもいいが、この辛さを味わうのは僕だけで十分だ。
段々と頭に響いていた痛みも消えてきた。周りには未だにお客さんが沢山いる。
若しかしたら僕が死ぬイベントは回避不可能なのかもしれない。
先程のように強制力が働き、その身を動かすこと叶わず呆気なく轢かれる。
そんな未来を憂い、笑顔の二人にこの事実をどう伝えるべきかと僕は再び頭を悩ませることとなった。
遊園地の最後はやはり観覧車だ。
夕焼けに染まる見慣れた町は幻想的に、どこか遠い世界のように感じる。
皆の横顔がオレンジに輝く。対して今の僕はどんな顔色をしているだろうか。皆と同じように輝いているのだろうか。
今日もまた主人公と会長さんのイベントは進み、親密度は上がってしまった。
僕にはどうすることも出来ずにただ見ているだけしか出来ない。役立たずだ、色んな人に迷惑かけて結局何も成果を上げられない。
遂に頂上まで観覧車は上がりきる。
あとは地面へと降りるのみだ、しずくとひかりは外の光景に釘付けとなる。
僕は足元の影を眺めるだけで、顔を上げようともしなかった。これ以上みたところで変わりはしない、あとは落ちるだけの光景など見たくない。
僕の首元にかけられているだろう死神の鎌は今か今かと僕の命を狙う。
振り下ろすだけで絶命する鎌の先を、僕は死ぬその時まで見つめ続けなくてはならなかった。
それがとても苦しくて、見ていられなくて。隣に座るグレートスさんの柔らかな手を強く握ってしまう。
「大丈夫です、私が必ず貴方を守って見せます。」
絶叫マシンに乗る前の、グレートスさんのそんな言葉が蘇った。
必ず守る、そんなのは無理に決まっている。
この世界は全ての物理現象を無視して、僕を殺しに来るに違いない。
例えトラックを回避できたとしても、何らかの形で僕は死ぬことになるだろう。
それがシナリオに必要ならば、主人公と会長、その他5人の攻略対象者の幸せの為に僕の小さな命は犠牲になる。
それで皆が幸せになればいい、なんて考えは今の僕にはない。
生きてこそだろう、生きてこそ人生は輝く。前世を高校生で終わらせてしまった僕には、死とは決して誰かの為にするものじゃないと確信する。
もっと生きたいと願ってしまう、もっと皆と遊んで、笑っていたいと切に願ってしまう。
一筋の涙が頬を伝う。
それは熱くて、悲しくて切なくて流した小さな感情の吐露。
嗚咽を何とか抑えて、僕は唇を噛みしめる。生きたい生きたい、もっと遠くに行きたい。
グレートスさんの体が更に密着してきた。
ほぼ0距離となった僕とグレートスさん。握りしめる手は最早感覚さえ溶けてしまったかのように感じる。
涙で視界はぼやけて、まともにグレートスさんの顔なんか見れはしない。
ただいつものようにグレートスさんは囁く。
遠くに聞こえるしずくとひかりの声が現実を曖昧にし、まるで夢の世界。
夕焼けに染まり、古びた鉄が鼻を擽る手狭な空間に言葉は咲く。
いつか見た桜を背景に、グレートスさんの一言は僕の耳を通り深くまで染み込む。
「貴方は死なない、絶対私が守って見せるわ合ちゃん。」
息をつく暇もなく塞がれた僕の唇は、いつまでも余韻を楽しむように赤く染まり続けるのでした。




