どっちがいい?
土曜日。快晴。
今日は夫婦そろっての休日ということで、美咲の提案でショッピングモールへ出かけることになった。
「わぁ~、このお店可愛い~っ! 誠さん、ちょっと見ていこう?」
そう言って美咲が飛び込んだのは、若い女性向けのアパレルショップ。
淡い色味の春服が並ぶ中、美咲はきゃっきゃと声を上げながらハンガーを手に取り、誠を振り返る。
「ねえ、誠さん。これとこれ、どっちがいいと思う?」
――はい、出ました。地雷ワードランキング第1位「どっちがいい?」。
誠の頭に過去25回の結婚で培われた修羅場記憶がフラッシュバックする。
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【フラッシュバック1:センス否定事件】
「どっちがいいと思う?」と聞かれ、「左のワンピースかな」と答えたら、0.5秒で返ってきた一言。
「え? そっち? だっさ…やっぱ誠くんってセンスないんだよね~」
あの瞬間、誠の中の何かが死んだ。
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【フラッシュバック2:優柔不断裁判】
優しさのつもりで「どっちも似合ってるよ」と答えたら、
「どっちもって何!? 優柔不断って一番イライラする!」
と詰められ、買い物帰りのファミレスで1時間以上の説教。
ハンバーグが冷めきるころ、誠は悟った。
――「どっちも」は地雷中の地雷である。
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【フラッシュバック3:興味ナイナイ攻撃】
「どっちでもいいよ」と言ったら、
「えっ……もしかして、私のこと、もう興味ないの……?」
そのまま、その日は口を聞いてもらえなかった。
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これらの経験から誠は悟っていた。
「どっちがいい?」と言いながら、本人は既にどちらかにほぼ心は決まっているのだ。
パートナーに欲しい方を選んでもらい、購入への最後のひと押しが欲しいだけなのだ…と。
だからこそ、今、目の前で「どっちがいい?」と問うてくる美咲に対し、誠は即答できない。
つまりこれは妻の好みを見抜く推理ゲーム。
誠の脳内にいつもの探偵とホワイトボードが現れた。
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美咲が手にしているのは、白のワンピースと水色のワンピース。
どちらも可愛い。どちらも似合いそう。
――だが、問題は「どちらが美咲の本命か」である。
美咲の手元、視線、表情――。
彼女の好きな色はピンクや淡いパステル。けれど今は白と水色。
持っているワンピースの色合いはどうだ?
先週一緒に洗濯したとき、美咲の服は薄いピンク系が多かった。バランスを考えると、白のワンピースを欲しがっている可能性が高い。
だが待て。
店員が「今年は水色が流行りですよ」と勧めたとき、美咲は一瞬だけ目を輝かせた。
つまり流行にも心が揺れている……?
そういえば今朝、「最近、水色の服も着てみたいかも~」とつぶやいていた。
もしやあれは、このための伏線だったのか?
「白→手持ち服とバランスが良い」
「水色→流行+新鮮さ」
「本命は……?」
ここで誠は深呼吸。
この一言が、二人の夕飯の空気を左右する。
誠は目を閉じ、心の中でカジノのルーレットを回す。
「白か水色か、偶数か奇数か……勝負だ!」
「うーん……どっちも似合いそうだけど……水色かな。爽やかだし、美咲にすごく合うと思うよ」
その瞬間、美咲がニコっと微笑む。
――よっしゃ、勝った!
しかし、次の瞬間。
「へぇ~、誠さんは水色なんだ。うーん、じゃあ……やっぱ白にする!」
あっさり、裏切り。
「えぇぇえええ!?!?!?!?!?」
誠の魂が口から半分出かかる。
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「だってね~、水色も可愛いんだけど……やっぱ白は合わせやすいし……っていうか、私、もうちょっと痩せたら水色着ようかなって思ってたから!」
……そんな内部事情、どう推理しろと?
名探偵でも無理だぞこれは。
「でもね、真剣に考えてくれて嬉しかったよ」と満面の笑顔で白ワンピを抱える美咲。
その姿を見て、誠はほんのり救われた気持ちになる。
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【帰り道・カフェにて】
「なあ、美咲……さっきのって、つまりどういうことだったんだ?」
「え? どっちがいいか聞いたやつ?」
「うん。あれって、もう内心決まってたんじゃないの?」
「うん、だいたい決まってた。けど、やっぱり誠さんがどう思ってるか聞きたかったの~」
「……それって、俺が白って言ってたらどうしてたの?」
「うーん……迷って、水色買ったかも」
美咲はちょっと意地悪そうな笑顔を見せる。
「じゃあどっちでも一緒やないか!」
「違うの!大事なのは、私が選んだ方を誠さんが否定しないことなの!」
「それ、つまり……地雷原ってことじゃない?」
「え? なに? 地雷?」
「ううん、なんでもない……」
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結局、どっちが正解かなんて、答えは最初から決まっていたのだ。
正解は「どう答えるか」じゃない。
誠が美咲の“心”をちゃんと見ていたかどうか。
誠は笑った。
「よし。次からは“どっちがいい?”って聞かれたら、“お前が好きな方”って即答しよう」
「それもダメなやつ~! 興味ないって思われるから!」
「じゃあ、“水色かな。でも白も捨てがたいな。でも水色かな、いや白かもな……どうしよう!”って5分くらい悩んだふりすればいい?」
「それも逆にうざいやつ~!」
その日の夜、誠は枕に顔を押し付けながら笑った。
こんなくだらないことで頭を悩ませる日常が、なによりも愛おしかった。




