30. 最初で最後のデート
【惑星Zeronia カルザ帝国軍 司令部】
「ゼノン様、偵察機の不調について報告に参りました」
ネリオスがゼノンの前にひざまずく。
昨日の夜の、強い銀色の光……
直接この目で見たわけではないが、間違いなくEarthからだ。
ヤツらはいったい何を企んでいるのか。
「テラ軍は我々の神経リンクを弾くデバイスの開発を進めております。おそらく、その力を増幅させる装置の実験を行ったのではないかと……」
「なるほど」
こちらにノヴァを渡しさえすれば、侵略する気はないと言ったが、それを真に受けるほど呑気でもないということだ。
「現在はどのドローンも問題なく稼働しております」
「ノヴァの様子はどうだ」
「昼間は軍の残務、夜はアストラ族の男の船にいる模様です」
それも明後日までだ。
最後ぐらい二人で好きに傷を舐め合っていれば良い。
ノヴァを取り戻し盾に取れば、アストラ族の王とて妙なマネはできないはず。
「カーディスは何をしている」
「明後日、ゼノン様に同行する精鋭の選抜を行っております。私には、留守を預かるよう指示がございました」
重要な局面ではネリオスを離し、自分が最前線に出るというわけか。
「わかった。何かあればすぐに報告しろ」
「は。では失礼いたします」
ネリオスは、まるで影が移動するかのような静けさで部屋を出て行った。
カーディスは体も大きいが、その分リンクから感じられる気配も大きい。
だがネリオスは、その気配すらあまり感じない。
あのような、自我のない男の方が、意のままに操るには良いのかもしれない。
いずれ、上層部の変革も必要だ。
〝狡猾な司令官〟であるために。
〜ゼノンが提示した期限まであと一日〜
【テラ第1自治区 行政管理局】
リラがEarthで過ごす、最後の日。
ロベール立ち会いのもと、リラとルークは婚姻登録をする。
行政管理局は軍の施設とは違い、どこか事務的で静かだった。
白を基調とした広いホールには、やわらかな光が満ちている。
「では、個人情報にお間違いないか確認をお願いします」
担当の職員が、淡々とした口調でタブレットをこちらに向けて出した。
リラとルークはそのタブレットに目を落とす。
名前、生年月日、識別コード、所属。
どれもこれまで何度も記入してきた項目なのに、今日は一文字一文字がやけに重く感じられた。
「緊張してる?」
隣でルークが、少しだけ笑いながらささやく。
「……ちょっとね」
正直にそう答えると、彼は肩をすくめた。
「オレもだ。どんな手術より緊張する」
リラは思わず小さく笑った。
「それでは認証に進みます」
職員の指示に従い、虹彩認証と指紋認証が終わると、タブレットの表示が静かに切り替わった。
[婚姻登録 承認]
それだけだった。
拍子抜けするほど、あっけない。
「これで、終わり?」
思わずそう口にすると、ロベールが小さく咳払いをした。
「法的には、な。だが……」
そう言って、ロベールは隣の係員に目配せをする。
係員が一歩前に出て、薄いケースを両手で差し出した。
中に収められていたのは、白に近い淡い銀色の紙と、一本のペンだ。
「こちらは儀礼用の婚姻証書です」
「紙に、書くんですか?」
リラは紙から係員に視線を上げる。
「はい。王族、軍高官、または星間同盟に関わる婚姻の場合のみ発行される証書です。法的効力はすでに電子登録で確定していますが、こちらは……」
係員は一拍おいて、静かに言った。
「〝誓いのしるし〟として、永久に保存されます」
その言葉が、胸にしみた。
ルークと顔を見合わせる。
「重いな」
「……うん」
ペンを手に取ると、思ったよりもずっしりしている。
今から書くものの重さを感じた。
最初に署名するのは、リラだった。
名前を書き始めると、文字がほんのわずかに震えた。
それをごまかすように、ゆっくり、丁寧に書き進める。
書き終えた瞬間、新しい自分になった気がした。
ルークは何も言わず、リラの隣でペンを受け取った。
一瞬も迷わず、流れるように自分の名前を書く。
「よし」
最後に、彼は小さく息を吐いた。
係員が証書を受け取り、ケースを閉じる。
「これにて、すべて完了です。お二人の婚姻は、記録されました」
リラはルークの手に触れた。
ルークはそれに気づいて、リラの手を握る。
夫婦になったことが心をくすぐり、胸の奥をじんわりと満たしていった。
【テラ第1自治区 西部 テーマパーク】
リラはルークと〝デートらしい〟ことをするために、西部にある第1自治区最大規模のテーマパークにやって来た。
夏の週末のテーマパークは家族連れでにぎわっている。
「絶叫系はダメだからな」
「え、怖いの?」
「違う。きみの体に悪いからだろ」
「まだ大丈夫よ、医療用ポッドで子宮内膜を鍛えられてるもの」
屋外のように見える巨大なテーマパークは、見えないドーム型シールドに覆われている。
内部は空調が効いていて、一年中、快適に過ごすことができる。
とはいえ、アトラクションに乗ったり、長距離を歩くテーマパークは、母体に良くないとルークに反対された。
水族館と意見が割れたが、結局リラの強い希望でジアンの許可を勝ち取った。
「あのポッド凄いのよ、寝てるだけで全身の筋力も鍛えられるんですって」
「……いかがわしい昔の通信販売みたいだな」
「ホントよ」
笑いながら歩いていると、このテーマパークのメインキャラクターの着ぐるみが現れた。
「わあっ、かわいい、写真撮ろう」
「えぇ……この耳つけてぇ?」
リラとルークは、そのキャラクターの黒く丸い耳をかたどったキラキラのカチューシャをつけていた。
いや、正確には、リラがルークにつけさせた。
「ああ、オレは王なのに……」
順番待ちをしている間もルークは何かボヤいていたが、リラはそんな時間すら楽しかった。
順番がやってくると、キャラクターを挟んで左右に立ち、ホロ写真を撮った。
なんだかんだ言ってルークも目の位置で横向きにVサインをしてノリノリに見える。
撮った写真を2Dで確認しながら満足そうだ。
「オレ、かわいいな」
リラは呆れて笑った。
「私は?」
「もちろん」
ルークは写真とリラを並べて見る。
「言うまでもなく、王妃は神々しい」
そして彼女を抱き寄せて額にキスした。
丸い耳がくっつく。
はたから見れば、いちゃいちゃする呑気なカップルかもしれない。
だが今は、呑気なカップルでいたかった。
それから二人で絶叫系ではないアトラクションをいくつか楽しみ、締めはお決まりの観覧車に乗った。
夕陽が、遠く見える水平線にかかり始めた。
それを眺めていると、デートも終わりに近づいているのを感じて切ない。
「オレは、今夜遅くに出発するDahlia行きの民間商用船に乗る」
リラは向かい側に座るルークにうなずいた。
「明日早朝には到着するから、気配を消して、軍人の知人宅にかくまってもらう。そこからダリス軍に向かう」
リラは明日、ダリス軍の迎えの小型船で惑星Dahliaに向かい、ダリス軍の基地内でゼノンに引き渡される。
「どんな手を使っても、きみを連れ戻す」
それが、怖かった。
彼は本当に、〝どんな手〟も使う気なのだ。
「無理しないで。機会は、一度だけじゃない」
「ま、無理はしない主義だけどさ」
ルークはいつもの軽い口調でリラの隣に座る。
「あぁ、この耳もうはずさなきゃ、王の頭を押さえつけてる」
そして自分のカチューシャとリラのカチューシャもはずしてベンチに置き、リラを抱きしめた。
「できるだけゼノンを引きつけてから、ブレスレットをはずすんだ」
ルークはリラの顔をのぞき込んだ。
「ゼノンは星脈波できみに手を出せないとわかったら、Earthに攻撃をしかけると言って脅すかもしれない。でもEarthには〝ルナ〟がいる。星脈波でカルザ帝国軍の攻撃は効かないはずだ」
そして彼はリラのお腹に手をあてる。
「きみのことは、〝サン〟が守ってくれる」
リラはルークの目を見てうなずいた。
夕陽が、彼の二重虹彩を宝石のように輝かせた。
「何があっても、どこにいても、オレたちはいつも一緒だ。星脈でつながってる」
リラはもう一度うなずいた。
その言葉を信じて、共に未来へ進む。




