森の歌声
ピチピチと小鳥が唄う。
厚く茂った木々の枝を透かして、木漏れ日が落ちる。
古い森の中は、湿った土と苔と木々の匂いにむせかえるようで、芽吹き始めた明るい色の木の芽が、また新しい季節が訪れたことを教えてくれる。
時折こぽこぽと音を立てて、泉の水が湧き上がる。
森と水を愛する鈍い青銅色の竜が、丹念に丹念に時を掛けて大切に手を入れてきた古い森には、動物の気配が満ち満ちていた。
“大災害”の前までは、この3倍くらいは広がっていた。けれど、未曾有の危機を乗り越えて辛うじて残ったのは、森の最も古い部分だけだった。
あわやすべてが荒れ狂う魔法に吹き飛ばされてしまうのではないかと思えたが、竜が懸命に魔法を抑え、鎮めたおかげか、どうにかここだけは被害を免れたのだ。
それからもまた、随分と長い時がすぎていた。
すっかり年老いた竜は、今ではもう泉の横にじっと寝そべったまま、めったに動くことはなくなった。
まるで大きな岩か木の株のように苔に覆われていき……時折薄く目を開けて、動物を驚かせるくらいとなった。
以前は低く響く声で歌いもしたが、それもここ100年ほどは途絶えている。
極々稀に、ここを訪れる者もいるにはいるが、誰も竜には気付かない。ただ、この泉のほとりで夜を過ごし、歌を奏で、夜明けとともに立ち去るだけとなった。
そのうち、だんだんと竜が目を開けることもなくなった。その身体の上では降り積もった落ち葉が土に変わり、草花も芽吹いている。
小さな獣がその土に穴を掘り、巣を作る。
まるで一塊の岩のように泉のそばに寝そべったまま、竜は身じろぎひとつしなくなった。
シェイファラル、また、会えたわ。
誰かがくすくすと笑いながら呼ぶ声が聞こえる。
わたし、ずっとそばにいたのに、なかなか気付いてくれないんだもの。ひどいわ。
拗ねたように口を尖らせ、竜の身体に頭をもたれ掛けさせる彼女の姿が見える。
でも、もう離れたりしないわ。ずっと一緒。
彼女は甘えるように、愛しげに硬い竜の身体に頬ずりをする。
ねえ、シェイファラル。わたしたち、ずっと一緒に、ここを護っていきましょうね。
ああ、もちろんだよ、エイシャ。
竜は人に姿を変えて、愛しい彼女の身体をしっかりと抱き締めた。口付けて、ずっとこの日が来るのを待っていたのだと囁く。
もう絶対に離れることはないだろう。
この世界が終わるまで。いや、終わっても、絶対に。
彼女はにっこりと微笑む。
かつて、ふたり一緒に旅をしていた頃のように。
シェイファラル、愛してるわ。
私もだよ、エイシャ。
魔法嵐が頻繁に起こる危険な土地のすぐそばに、不思議な力に護られた古い森がある。
魔法嵐にも、危険な魔物にも、何にも脅かされずに安全に過ごせる森だ。
森の中心にある泉はいつでも澄んだ水を湛え、森の実りは豊かで、さまざまな獣たちが穏やかに暮らしている。
泉の横には小山のような岩があり、小さな獣や鳥が、そのあちこちに巣を作っている。
今では訪れる者もほとんどいない、その泉のほとりで一夜を過ごすと、どこからか歌声が聞こえてくるのだという。
低く朗々とした男の声と鈴の音を思わせるような軽やかな女の声が、美しく絡み合うように合わさり、調和し、響き合い、かすかに聞こえてくるのだという。





