第1話:魔王の城、再稼働
本作は別投稿しています、
「眠らぬ民【【村を焼かれ初めて「眠り」に落ちた時、脳内に核の火を制御する男の記憶が流れ込んだ。魔法の世界を物理法則で上書きします】の前日譚、千年前のストーリーゼロです。
ちなみに原発転移から100年後の過酷な世界を描く、もう一つの物語。後に千年後の伝説へと繋がる、失われた「技術」の夜明けの物語です。
空は年中、灰色の雲に覆われている。
かつて存在したという青い空や、眩しいほどの太陽は、今や古びた伝承の中にしか存在しない。
100年前、「それ」がこの異世界の北の大地に突如として現れてから、この地の理は狂った。
「……また、高濃度汚染区域か」
俺、カイは、ボロボロになった鉛入りの防護布を深く纏い直し、手にした魔導具を振るった。
ガイガーカウンターに似た形状のその装置は、周囲に漂う「死の魔素」を検知するたびに、耳障りなクリック音を鳴り響かせる。
ジジッ、ジジジジッ――。
音の間隔が狭まるにつれ、視界の先にある森の空気は、不気味なほどに淀んで見えた。
周囲の冒険者や住民たちは、この地を「死の森」と呼び、決して足を踏み入れようとはしない。
かつて勇敢な騎士団が浄化を試みて突入したが、数分と持たず、身体が腐り、体内の魔力が暴走して発火。一人として生きて帰った者はいないからだ。彼らにとって、ここは神に見捨てられた、呪われた地だ。
だが、俺にとっては違う。
俺が歩むたび、右目の網膜に投影されたヘッドアップディスプレイ(HUD)が、無数の数値を更新していく。
俺の右目には、100年前の「日本の設計図」がインストールされている。かつて巨大な質量と共にこの世界へ転移してきた際、時空の歪みに散らばった知識の断片。それを拾い上げ、適合させたのは、この世界で俺一人だけだった。
『警告:空間線量、毎時五〇〇ミリシーベルトを突破。生体組織への影響――無視可能。第一原子炉格納容器の損傷、および冷却水の漏洩を確認。修復プロトコルを推奨します』
脳内に響く、冷徹で無機質な声。
それはかつての文明が産み落とした人工知能の残滓だ。
視界が開けた。
森の最深部、そこに鎮座するのは、巨大なコンクリートと鋼鉄の残骸だった。
人々が「魔王の城」と呼び、恐怖の象徴としているそれは、100年前に日本から転移してきた『原子力発電所』そのものだった。
「……ッ、あ……っ」
微かな声がした。
視線を落とすと、瓦礫の陰に一人の少女が倒れていた。逃げ遅れた近隣の村の娘だろう。
彼女の皮膚は不自然なほど青白く、呼吸は浅い。汚染――いや、被曝による深刻な魔力失調を起こしている。
この世界の神官が唱えるような回復魔法では、彼女を救うことはできない。細胞レベルで刻まれた「呪い」を解除するには、その根本を浄化しなければならない。
「動くな。今、楽にしてやる」
俺は躊躇なく、少女の元へ、そしてさらにその先にある高濃度汚染の渦中へと足を踏み入れる。
周囲の空気が、致死量の放射線を帯びてパチパチと青白く弾ける。チェレンコフ光のような幻視が走るが、俺は止まらない。
「起動。――『元素分解・再構築』」
俺が少女の肩に手を触れた瞬間、彼女を包んでいた「死の霧」が、瞬時に黄金の光へと変換された。
光は渦を巻き、俺の右目へと吸い込まれていく。
人々が死を招くと恐れるその莫大なエネルギーは、俺にとっては最強の燃料でしかなかった。
少女の頬に赤みが差し、荒かった呼吸が整い始める。
俺は彼女を安全な岩陰へ移すと、再び「魔王の城」へと向き直った。
「100年もの間、誰もこの『力』の使い方を知らなかったらしいな」
俺は建屋の巨大な防護扉に手をかける。
魔導や魔法では決して開くことのない、分厚い鋼鉄の扉。
錆びつき、沈黙していたはずの電子錠が、俺の手のひらから流し込まれた「魔力変換電力」に反応し、鮮やかな青色に発光した。
『バイオメトリクス認証成功。管理者:カイ。メインシステム、コールドスタートを開始します』
電子合成音が空間に響き渡る。
俺は大きくレバーを引き絞った。
「認証完了。――燃料投下、再稼働する」
ズゥゥゥゥン、という腹の底に響くような重低音が、大地を揺らした。
100年の沈黙を破り、巨人が目覚める。
排気塔から立ち上がる真っ白な蒸気。
それは汚染を焼き尽くし、世界を浄化するための、再誕の光だった。
人々が呪いと呼ぶ場所で、俺は静かに笑う。
これが、後に「眠らぬ民」と呼ばれる俺たちの、世界に対する最初の反撃の狼煙だった。
第1話をお読みいただきありがとうございます!
ここから100年後の混迷をカイがどう「清掃」し、それがどう千年後の世界へ語り継がれるのか。
少しでも「続きが気になる」と思っていただけたら、下の【☆☆☆☆☆】からポイント評価と、ブックマーク登録をぜひお願いします! 皆様の応援が、汚染された世界を救う力になります!




