カヌレうまっ♪
怒涛のゴールデンウィークも、ついに最終日の夜を迎えた。
連日、桃姫の弾丸リストを全力で駆け抜け、全員の足はパンパンに腫れ上がっていた。リビングのソファに無造作に投げ出された、ロゴの入ったショップバッグの山。それを眺めながら、潤たちは心地よい疲労感と、それ以上の充実感に包まれていた。
「ココ、ずっとスマホ見てないで、せっかくみんなでいるのよ♪」
母のローラがクリスタルのワイングラスを優雅に傾けながら、ソファで横になっている姉のココを足先でツンツンと突っつく。
「わかってるって。今いいところなんだから……」
テーブルの中央には、連休中に表参道で長い列に並んで手に入れた、有名な専門店のカヌレの箱が開けられていた。外側はカリッと香ばしく焼き上げられ、中はしっとりとしていてラム酒の芳醇な香りが漂う。その宝石のようなカヌレが、大皿の上に整然と並んでいた。
「ちょっと待って、今オークションの競り際なの。この限定のセットアップ、どうしても落札したいんだから……。あ、この一番大きいの、食べていい?」
姉のココは片手でスマホの画面を凝視し、数字の変動を睨みつけながら、もう片方の手で気怠げにカヌレを一つ摘んで口に放り込んだ。
「あ、ココさんずるいですわ! わたくしもそれが一番美味しそうだと思って狙っていましたのに!」
桃姫が、少し頬を膨らませて悔しそうに声を上げる。しかし、その表情には以前のようなトゲはなく、どこか親しげだ。
「早い者勝ちよ。ほら、まだ他にも種類あるんだからそっち食べなよ。どれも最高に美味しいんだからさ」
ココがカヌレを咀嚼しながら、面倒くさそうに、でも楽しそうに笑う。
「もう……。でも、本当に美味しいですわね。あの時、みんなで並んだ甲斐がありましたわ。表参道の空気ごと閉じ込めたような、贅沢な味がしますわ」
桃姫が、自分用に取り分けたカヌレを一口、大切そうに味わう。連休を通して、彼女と潤たちの間にある見えない壁は、いつの間にか消え去っていた。
「このカヌレなら何個でもいけそうです。表参道のお土産って、やっぱり次元が違うんですね」
マサが温かい紅茶を啜りながら、幸せそうに目を細める。
「マサ、あんまり食べすぎると明日の朝ごはんが入らなくなるわよ。はい♡、ピーちゃんにも」
桜子が、カヌレの甘い匂いにつられて肩から降りてきそうなピーちゃんをそっと指先で制した。
「ピー! んふぅ、んふ♡」
ピーちゃんは桜子の指に頭を擦り付けながら、カヌレの香りに包まれて本当に嬉しそうに鳴いている。その愛らしい姿に、リビングに小さな笑い声が広がった。
「ふふふ、最高。このカヌレの焦げた苦味が、ワインの渋みに溶ける感じ……♡」
堀井先生が赤ら顔でワイングラスを揺らし、幸せそうに目を細める。
「先生、幸せそう♪」
ココがスマホの画面から一瞬だけ目を離し、笑った。
「いいじゃないの。美味しければ全部正解。ねえ先生、もう一杯いく?」
「ふふふ頂けるなら是非。今夜は最後まで付き合いますわ」
ローラが笑いながら先生のグラスにワインを注ぎ、自分のグラスもカチンと合わせた。
「……うん。色々歩き回って疲れたけど、楽しかったよ」
潤はカヌレを齧りながら、本音をこぼした。
「……はぁ。明日からまた、普通の学校が始まるのかと思うとさ」
潤がポツリと呟くと、リビングがふっと温かい静けさに包まれた。
「何言ってるのよ。連休があるから、学校の休み時間が楽しくなるんでしょ。あんた、明日からまた頑張りなさいよ。次の休みのためにね」
ココが「よし、落札!」と画面をタップし、スマホをテーブルに置いて、ようやく満足そうに体を起こした。
「完全勝利。これで明日からまた頑張れるわ」
「まあ! ココさん、おめでとうございます!」
「ありがと、桃姫ちゃん」
リビングの明かりの下、他愛のない会話が静かに流れていく。
表参道でのあの緊張感はもうどこにもない。
今夜のリビングには、ただ温かくて、少しだけ名残惜しい、心地の良い時間だけが満ちていた。
賑やかで、愛おしくて、最高に贅沢な、潤たちの特別なゴールデンウィークが、ゆっくりと、幸せな余韻を残して更けていった。




