試着室デビュー
「……んふ!? ど, どうしてこうなった……ちょっッ!?」
狭い試着室のカーテンの中に、3人。
俺――桐山潤は、生まれて初めての絶望に打ち震えていた。
目の前には、ハイテンションの母・ローサと、恍惚の表情を浮かべる姉・ココ。
「いい? 潤ちゃん。ブラはね、『寄せて、上げる』! これが鉄則よ! ここから肉を持ってくるのよ」
「そうよ潤くん! あとこれ! この紐パンもおしゃれでしょ♡ ほら、じっとしてなさい!」
「ひ、冷てぇ! 手を突っ込むな! 寄せる肉なんてねーよ! ……って、ある!? なんであんの!? おふっ♡」
「あるのよ♡ くすぐったいかもだけど早く慣れてね! ほら、この脇のあたりをグイッといって……」
「やめろ! 姉貴、触り方なんかくすぐったいしエロいよ恥ずいマジで! あっふ、ん」
そうなのだ。
そう、それは今朝、目が覚めた瞬間に全ては始まっていた。
起きれば、隣で寝ていた姉貴に「もふもふ」と弄り回され、気づけばこのザマだ。
鏡に映る俺は、もう俺じゃなかった。盛り盛りのまつ毛に、潤んだ瞳。
朝のことを不意に思い出し……そして、悔しいが……認めざるを得ない。
試着室の鏡に映るコイツは、ただただ、美しい。
その時、脳内にポップアップ広告のような軽い声が響いた。
『おつー! いいじゃんいいじゃん! ついに目覚めちゃった? 』
「目覚めてねーよエナエマ! 脳内に直接話しかけてくんな! とりあえず今すぐ元に戻せ!」
『あー、無理無理。なんか今ので共鳴上がっちゃったから、あと半日はギャル確定ね! 買い物終わったらぬん活行こー♪ マカロンは妾を待っている』
「待ってねえよ! 半日!? この格好で!? 終わった……早くコントロールできるようにならないと、俺は詰むな……」
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地獄の下着買い出しを終え、俺(潤こと潤子!?)は母と姉に挟まれ連行され、マカロンで有名なラウンジカフェへと向かっていた。
姉貴と母の距離感バグりが半端ない。
エスカレーターがゆっくりと上昇する。その対向、下り側から降りてくる顔を見て、俺の心臓が止まりかけた。
「(げ……マサ!?)」
クラスの悪友、マサだ。
よりによって、こんなフリフリの服を着て、姉貴にベタベタされている時に。
「大丈夫よ潤くん、潤子のままだからバレないわよ。ほら、もっと私に寄りかかって、『お姉ちゃん大好き♡』な顔して!」
「できるか! 殺せ! いっそこの場でエスカレーターに巻き込まれて死なせてくれ!」
必死に顔を伏せる俺の横で、無情にも運命は交差する。
「――あ、ちわっす。潤のお母さんとお姉さんじゃないっすか」
マサが、ごく自然に母さんと姉貴に声をかけた。
その瞬間、俺の視界に「異物」が映った。
マサの頭上に、人間には見えないはずの「どす黒い角」が、ヌッと顕現(現出)しているのだ。
「あら、マサくん! 奇遇ねぇ。今日は一人?」
「ええ、まぁ、ちょっと野用で。……ところで、お隣さんは、どなたで?」
僕らは2階へ。
マサは1階へ。
たまたまエスカレーターですれ違い、遠ざかっていく。
「(……マサ、お前、鬼族だったのかよ!? より見過ぎ! 男の視線きもいな、見過ぎだろ、どこ見てるかわかるもんだな!? 俺も気をつけよ……)」
マサの視線が、獲物を狙う肉食獣のように俺を射抜く。
その瞳の奥には、確かに「鬼」の光が宿っていた。
「……え、あ、えっと……」
「……? 自分、どっかで会ったことあったっけ? あ、ぶしつけですみません! でした ……では潤によろしく伝えといてください」
「はーい、了解よー!」と、母さんが暢気に手を振る。
お互い、エスカレーターで過ぎ去っていく。
「(ヒィッ!? タイミング悪すぎだろ鬼ハゲ!)」




