家族会議
桐山邸の道場は、屋根が吹き飛んだおかげで最高の星空が見えていた。
だが、そこに座る面々の空気は、満天の星空、そして美しい満月のもとで混沌としていた。
「……さて。儀式は無事!? 終わった。じゅん坊、いや潤子!? お主は天狗の力を覚醒させたのだ」
厳蔵が重々しく口を開く。その背後では、大和が腕組みをして「うむ、良い風であった」と満足げに浮いている。
「じっちゃん……。潤子じゃねえし。はぁ……結局、この姿は何なんだよ。天狗って、もっとこう……鼻が高くて、赤い顔で羽があって、団扇で風をおこしてってイメージだろ普通……」
潤は、エナエマの神通力が切れて「男」の姿に戻っていた。はだけた道着を直しつつ困惑している情けない顔だが、体中から溢れる力——基本ステータスの向上——には自分でも驚いていた。
「古い、古いよジュンチン! 鼻高いのとか大和や常陸だけでオッケーじゃん!? そもそも今どき流行んないし。てか男に戻るの早くね!? 共鳴低いからか!? それとも潤のスキルレベルのせいか!? ……まあ初日だしね。しゃーない」
「エナエマ、何言ってるの!? 本当きちんと教えてくれよ!」
潤が問い詰めるが、エナエマはどこからか取り出した日本酒をクイッと飲みながら、
「ふふふ♡」
「ふふふじゃないし……!」
「さて、功。山の四方に『防衛結界』の杭を打ち直すぞ。潤の覚醒で、周囲のバケモノ共も騒ぎ出すはずだ」
祖父が父へ指示を飛ばす。
「はっ、父上。……常陸、準備を」
父・功と、その守護天狗・常陸が真面目な顔で立ち上がろうとした、その時。
「Wait! 功さん、そんな『Ground(地面)』のことは後回しよ! もっと『Special』で『Important』な決め事があるでしょ!」
母・ローランが、鋭い指先で空中にホログラムを映し出した。そこには、先程まで美少女化していた潤の自撮り写真が浮かんでいる。母はテンションが上がると、英語と日本語が混ざって怪しくなるのが癖だ。
「見て! 私と功さんの『DNA』が奇跡のダンスを踊った結果がこれよ! 潤ちゃんの『女の子ネーム』を決めなきゃ! この家、これからキュートな娘が一人増えるんだから! ああ、クローゼットが足りないわ!」
「母さん、増えてないから! 僕は息子! 桐山家唯一の跡取り息子!」
「え〜、潤子で良くない? 覚えやすいしw」
ローランのマブダチ天女、ジェイジェイが笑いながら言う。すると、姉のココが潤の頬を両手で挟み込み、至近距離まで顔を近づけた。瞳が完全に獲物を狙うそれになっている。
「潤子? なにその昭和のセンス。……満月に爆誕なんだから『ルナ』よ。ねぇ潤、っていうかルナ。あんた、さっきの姿……自分のポテンシャル理解してる? 正直、あたしは男の時のあんたのことも、磨けば私好みに光るダイヤモンドだと思ってたわよ。その真っ直ぐな瞳も、ちょっと生意気な口の利き方も、お姉ちゃん的には『最高の弟』として合格点だった。……でもね」
ココの指先が、潤の耳元を熱っぽくなぞる。
「その大好きな弟が、こんな絶世の美少女にアップデートされちゃったら……あたし、もう正気でいられる自信ない。ユリ展開? むしろ望むところよ。お姉ちゃんが全部教えてあげる。男としてのあんたも、女の子としてのあんたも、全部あたしが一生かけて可愛がってあげるからね……」
「姉貴、目がガチなんだよ! 怖いよ! なんだよ『全部可愛がる』って! じっちゃん、助けてよ!」
潤が助けを求めると、厳蔵は眉間に皺を寄せ、背後の大和を仰ぎ見た。
「大和よ。お主はどう思う。潤の女子名の件じゃ」
『……俺は『潤美』が艶っぽくて良いと思うぞ。さっきの太もものライン、天狗界のトレンドを数百年先取りしてたからな』
「大和!! お前もそっち側かよ!! 常陸さん、叩いて! 今すぐ大和さんを叩いて!」
「……御意(バシィィィィン!)」
常陸の拳が大和の頭にめり込む。道場にシュールな音が響く中、エナエマが潤の肩を抱いた。
「ま、呼び名はなんでもいいっしょw ジュンチン、喜んでよ! ステータス爆上がりしてんじゃん」
「……力は確かに感じる。けど、なんか思ってたのと違うんだ。もっとこう、山を割るような硬派な天狗に……」
「あはは! その力、TSして潤子モードにならないと10%も出ないけどね♡ パッシブスキルも女子限定で盛っといたから! 褒めていいわよ。儀式のお祝いでブレザーとタータンチェックのミニスカートとかバックなど一式あげるね」
ドヤ顔のエナエマ。
「…………え?」
潤の目の前に、パステルカラーの可愛いバッグが召喚される。
「Oh my god! エナエマちゃんナイスセレクト! ジュンちゃん、今度高校でしょ? 来週だっけ? これ持って登校ね! 明日は朝イチでショッピングよ! 開店と同時に『DASH』よ! ジュンちゃんの可愛い下着、ママが100枚くらい選んであげるから! さあ寝なさい、潤子ちゃん!」
「待て、母さん! 100枚もいらないし! エナエマ、明日って買い物って何だよ!? 確認したいこと山ほどあるんだけど! 高校は『ギャル』で行くの!? 無理無理無理無理……! 仮にギャルで行ってバレたら俺の人生詰むし、リスクしかないだろ!」
「あ、明日の買い物は『潤子モード』の維持訓練も兼ねてるから逃げらんないよ☆ その時はその時で『神展開w』ってことで! おやすみー!」
エナエマが指を鳴らすと、潤の視界は強制的にシャットダウンされた。




