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天狗✖️ギャル天女  作者: 抹茶ラテ


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トレンド

火曜の夕方。


無事に今日も「男」のまま一日を終えた。

柔らかな春の風に、これまでにない解放感を感じながら帰宅した俺は、リビングのドアを開けた。


「ただいまぁ。お、姉貴いたのか。コーヒー淹れるけど飲む? エナエマもブラックでいいよな?」


「「ありがとう」」


二人の声が重なる。

ソファの上には、先日のメガ割で注文したコスメたちが今日一気に届いたらしく、小さな段ボールがいくつも山を築いていた。


「で、二人で何してんの? 随分楽しそうだけど」


俺は他人事のように、キッチンへ向かった。マグカップを二つ手に取り、ドリップのセットをしてスイッチを入れる。コーヒーの香りが漂い始め、俺は一息ついた。


(へぇ、春物か。平和だなぁ。あ、カップラーメン食べよ)


なんて背後で、二人が新作のリップを腕にスウォッチ(試し塗り)してキャッキャッと言い合っているのを聞きながら、小腹を満たす算段を立てていた。


「これ見て! 今回の新作、質感がマジで『ソルベ』。塗った瞬間、肌の透明感が爆上がりして『ルミナス』な光を放つんだから!」

「本当ね。この『うさぎ舌リップ』の粘膜カラーも、今季のトレンドど真ん中だわ。……ねぇ、いい素材モデルが目の前にいるじゃない?」


その直後、二人の会話がコソコソとした囁き声に変わった。

……聞こえない。嫌な予感がする。


「……ねぇ、潤?」

「……ジュンチン?」


「……え、やだ」


振り返る暇もなかった。

エナエマが指先をパチンと鳴らした瞬間、リビングの空気が甘く重いフレグランスの香りに一変する。


「な! またかよ!! 意味ねーだろ!!」


気づけば俺は、ギャル」へと変身させられていた。急激な身体の変化に、さっきまで着ていた学ランの制服がパツパツに鳴ってきつい。


「いいじゃない、ちょうど試したい新作が山ほどあるのよ。

今季のトレンドはね、潤。

作り込みすぎない『クリーンガール・メイク』なの。ほら、大人しく座って」


姉貴が逃げ場を塞ぐように俺の肩を掴んだ。手には、メガ割で届いたばかりの「最強火力のクッションファンデ」が握られている。


「ちょ、姉貴! 離せ! 俺で遊ぶな……!」


「黙って。あんたのその『フレッシュ』な顔立ちを、この『ピーチ・ファズ』のパレットで、多幸感の塊にしてあげるから。まずは目元に、この『バレエコア』な水光感ラメを……」


「やめろ! 目にキラキラが入る! 目が悪くなる!!」


『きゃはは! 潤くん、マジで受ける! その「うるうるした瞳」にピンクのライン引くと、マジで今季の「地雷系×春トレンド」のハイブリッドだわ! 優勝!』


エナエマがのけぞりながら爆笑している。


「いい? 潤。春のメイクはね、ただ塗ればいいんじゃないの。パーソナルカラーに合わせ、かつトレンドをブチ込む……ほら、次はチークを入れるわよ。笑って」


「笑えるかよぉ……(泣)」


俺の涙で滲んだアイラインが、逆に絶妙なアンニュイ感を醸し出し、さらに二人の創作意欲に火をつけてしまう。その時だった。


「あら! 楽しそうじゃないの!?」


買い物袋を下げた母さんが、リビングのドアを開けた。

そして、その後ろに立っていた人物を見て、俺の心臓が跳ね上がった。


「え……ほ、保健の堀井先生……!?」


学校にいるはずの、そして俺の「体質」の秘密を知っているはずの先生が、眼鏡の奥の瞳をスッと細めてこちらを見ていた。


「……こんにちは、桐山。家ではいつもギャルなのか!? 楽しそうだな」


「ち、違うんです先生! これは姉貴たちが勝手に……!」


「先生、先日の件もありますし。さあ、立ち話もなんですし、コーヒーいかが? 銀座で、あのバームクーヘンも買ってきたわ」


母さんの言葉に、姉貴とエナエマの目がさらにキラキラと輝きを増す。

賑やかな声が響く中、フルメイク完了目前の俺は、ただただ淹れたてのコーヒーを啜るしかなかった。


バームクーヘンより、俺は今、カップラーメンが食べたい。

本作お読み頂きましてありがとうございます。


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