天狗の血、ギャルに染まる系
「……ジュン坊、落ち着け。呼吸を乱すな。血に呑まれるぞ」
東の果ての山、桐山邸。広大な道場の中央で、十五歳の誕生日を数分後に控えた桐山潤は、脂汗を流していた。
周囲には、祖父・厳蔵、父、母、そして姉。家族が四方に座り、古の結界を張っている。
「良いかジュン坊。桐山家の血は『劇薬』じゃ。今夜、お主のDNAに刻まれた天狗の因子が完全に覚醒する。その力はあまりに強大。ひとたび表に出せば、現代の平穏など一瞬で吹き飛ぶ。何が見えても、何が聞こえても、決して『人』であることを手放すな!」
「わかっ……てるよ、じっちゃん……ッ!」
潤の背中が熱い。肩甲骨の裏側で、鋼のような筋肉が意思を持って蠢いている。
視界が歪む。数キロ先の森で跳ねる兎の鼓動が耳元で鳴り、地を這う怨念の腐臭が鼻をつく。
(……来る。僕を塗り潰そうとする、恐ろしい――何かが……!)
時計の針が、重なり、零時を告げた。
ドクン、と世界が爆ぜる。
「……う、あああああああ!!」
潤の体から、不吉な藍色と血のような赤のモヤが噴き出した。道場の床がみしみしと裂け、強烈な妖気が嵐となって吹き荒れる。
じっちゃんが叫ぶ。
「案ずるなジュン坊! 桐山家の天狗は、山を統べる孤高の魔神! その矜持を……!」
その時、禍々しい霧の中から、場違いなほど軽快な声が響いた。
『――ちょ、待って待って! この霧、エフェクト暗すぎじゃない? 彩度低すぎて死ぬんだけどー!』
「……え?」
潤の思考が停止した。
霧の中から現れたのは、恐ろしい天狗の羽団扇をデコり散らかしたスマホのように持ち、パステルカラーの翼を羽ばたかせる絶世の美女。
「ハロー、ジュンチン! 妾がキミの守護DNAこと、天女天狗のエナエマだよぉ♪ とりま! よろw! ってもう、この家マジで湿度高くない? 換気しちゃうね? それ♪」
エナエマが指をパチンと鳴らす。
瞬間、道場の屋根がドォォォォン!と吹き飛んだ。いや、物理的に破壊されたのではない。強大な風圧が屋根だけを「どかした」のだ。
「「「ええええええええ!?!?!?」」」
家族全員が魂を抜かれたように絶叫した。じっちゃんは白目を剥いて卒倒しかけている。
「な……なんだ……。エナエマ? 天狗……? これが……?」
「やっぱり下界よいわー。ずっと待ってたんだよね! ふふ! そ! 妾が天女で天狗ことエナエマ! これからは妾と二人三脚っしょ。あ、挨拶代わりにジュンチンも『映え』させとくね。特別だよ? えいっ♪」
「え、ちょっ、なっ――!?」
潤の体が光に包まれた。
視界が一気に三十センチほど低くなる。重かった学生服のズボンが消え、代わりに太ももを撫でる涼しい感覚。見れば、自分の手は細くなり、爪には完璧なグラデーションネイルが施されている。
「……え、声が、出ない……。あ、あー?」
「きゃはは! 声高っ! ジュンチン、マジ無双じゃん! 最強のJK爆誕って感じ?」
エナエマがどこからか取り出した手鏡を突きつける。
そこに映っていたのは、ゆるふわパーマの栗色の髪、透き通るような肌、そして絶妙な丈のチェックスカートを履きこなした――どこからどう見ても「完璧な美少女」になった自分だった。
「…………嘘、だろ」
「嘘じゃないし! これが桐山家の『変化』の極致一つだよw! ほら、外見て! 汚ったない奴らが寄ってきてるから、バシッと片付けちゃおうよ!」
エナエマの指差す先、月明かりの下。
街の負の感情を吸い込み、豚のごとく肥大化した汚物級の化け物が、その「神気」に気付き動き出し山を登ってきていた。
エナエマは鼻歌まじりに、あるいは「ヒャッハー!」と歓喜の声を上げながら風を操り、迫りくる化け物を無造作に切り刻んでいく。
だが潤は、その圧倒的な戦闘に目もくれず、ただ鏡の中の自分を凝視していた。
「じっちゃん……『人として生きよ』って……これ、どう見ても無理だよ……」
潤は女子高生の声で絶叫した。
史上最強にキラキラして、史上最強にカオスな十五歳の夜が、幕を開けた。
(本当、逃げたかった……)




