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『邪馬壱国の壱与~1,769年の眠りから覚めた美女とおっさん。時代考証や設定などは完全無視です!~』  作者: 姜維信繁


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第57話 『それぞれの戦場』

 西暦257年6月3日 弥馬壱国 都


 壱与による国家総動員令が発布された翌日、工房の空気はいまだ熱を帯びていた。


 夜が明けても、修一たちはほとんど眠ることなく今後の具体的な計画を詰めている。広げられた地図の上には、昨日壱与が引いた2本の線、すなわち2つの国家プロジェクトの道筋が記されていた。


「まず、オレたちが向かう『二日市水道の調査と改修計画』の人選だ」


 修一が切り出した。


 その視線の先には、SPROの近藤や地質学者の佐伯、そして教え子たちがいる。


「調査隊の指揮はオレが執る。佐伯さんには地質の専門家として同行してもらって、ボトルネックの特定と改修方法の技術的助言をお願いしたい」


「わかりました。私の知識が役立つなら」


 佐伯は力強くうなずいた。


 学者としての探求心が、この未知の挑戦に燃えている。


「医療担当として美保。千尋にはドローンの操作と記録を頼む。そして、全体の警備とSPRO機材の管理は近藤さんにお願いしたい」


「承知した。万全の体制で臨もう」


 近藤は短い言葉で応じる。彼の部下数名も警備に加わる手はずだ。禁忌の地とされる龍の通り道は、何が潜んでいるか分からない。厳重な警戒が必要になる。


 一方で、もう1つの計画の責任者である槍太は、工房の隅で腕を組んで難しい顔で考え込んでいた。


 頭の中では、実家の造船所で叩き込まれた知識と、大学で学んだ工学の知識が高速で回転している。


「どうした槍太。不安か?」


 修一は隣に座って声をかけた。


「不安じゃないって言ったら嘘になるなあ~。国中の船大工をまとめるなんて、オレにできるかどうか……」


 槍太は弱音を吐いた。


 専門はあくまで現代の造船技術だ。弥生の職人たちと上手くやれる自信はない。


 昨日はやると決めて意欲が高まったが、冷静に考えると不安の方が大きいのは否めないのだ。


「お前の設計する船が、この国の未来を運ぶんだ。お前にしかできない仕事だぞ」


 修一の言葉に、槍太は顔を上げた。


 不安を消し去るように、その目には強い色が戻ってきている。


 やるしかない――。


 誰かがやらなきゃいけないなら、やるのはその知識を持ったオレだけだ。


 槍太は自分に言い聞かせた。





 ■西暦257年6月10日 弥馬壱国 博多湾岸


 総動員令から数日が過ぎた。


 博多湾に面した一角には、急ごしらえの巨大な作業場が姿を現してきている。


 弥馬壱国の各地からは、腕に覚えのある船大工たちが続々と集まってきていた。ほとんどが日差しに焼かれた肌と、ノミや斧で鍛えられた太い腕を持つ海の男たちである。


 気性は荒く、互いの腕前を値踏みするかのように鋭い視線を交わしていた。


 作業場の中心に、ひときわ大きな体躯の老人がどっしりと座っていたが、その名をフツヌシという。


 この国で知らぬ者はいない船大工の棟梁だ。顔に刻まれた深い皺と無数の傷が、彼が乗り越えてきた海の厳しさを物語っている。





 男たちの前に槍太が立った。その横には、壱与の命を受けた巫女が控えている。


 彼女は職人たちへ向けて、先ほどの説明を繰り返した。


「これは古くから伝わる『万能鏡』。託宣を映し出す神器です。これから記される船の形こそ、神が我らに授けた知恵である」


 巫女の権威に押され、職人たちの間にあった侮りは沈静化した。槍太は布から端末を取り出し、画面を起動させる。蒼白い光が巫女の背後で揺らめき、職人たちが息をのむ。


 画面には、槍太が徹夜で仕上げた『高瀬舟』の設計図が映し出されていた。


 巫女が無言でうなずく。槍太は画面を掲げた。


「これが、今回造ってもらう船の形です」


 職人たちは恐る恐る画面をのぞき込むが、その奇妙な線画を目にした途端、彼らの間に再びどよめきが走る。


「……なんだ、この平べったい船底は。これでは海に出られぬ」


「板を釘でつなぎ合わせるだと? そんなもので水の圧に耐えられるものか」


 小僧が何を言っているんだと、ざわめきが非難の声に変わっていく。


 彼らの常識は、巨大な丸太をくり抜いて造る頑丈な丸木舟か、舷側に板を貼り付けて容量を増やした準構造船だけだ。


 槍太が説明した喫水を浅くするために平たい船底を持ち、板を組み合わせて箱型に造る構造は、彼らの常識を根底から覆すものだったのである。





「静かにしろ!」


 フツヌシの一喝で、騒ぎが収まった。


 彼は槍太を睨みつけ、低い声で言う。


「若いの。これは何かの遊びか。ワシらが造るのは、荒波を越えるための屈強な船だ。このような板の箱では、川を下る途中でばらばらになるのがおちだ」


「そんなことはありません。この構造は、少ない木材で多くの荷を運ぶために最適化されています。竜骨を使わず、横板と底板で強度を保つ。だから喫水が浅くなり、今まで船が入れなかった浅瀬も航行できるのです」


 槍太は必死に説明するが、職人たちの固い信念の前では空回りするだけだった。


「若造の絵遊びに付き合う気はない」


 フツヌシは吐き捨てるように言った。


「我らには我らのやり方がある。巨木から舟を削り出す。それが先祖代々受け継がれてきた、この国で最も優れた技だ」


 他の船大工たちも、そうだそうだとフツヌシに同調する。


 彼らにとって伝統こそが全てであり、誇りそのものだった。


 見たこともない技術を携えて現れた若き責任者は、その誇りを脅かす異分子にしか見えない。


 議論は完全に平行線をたどった。


 完全にアウェー状態である。


 槍太は唇を噛みしめ、反論の言葉を見つけられずに立ち尽くすしかなかった。





 ■湿地帯


 同じ頃――。


 修一たち調査隊は、都から数日かけて広大な湿地帯へ到着する。


 そこは、壱与が語った『龍の通り道』そのものだった。


 見渡す限り葦が生い茂って、ぬかるんだ大地が続いている。


 時折水鳥が飛び立つ音がするだけで人の気配は全くなかった。


 足を踏み入れると二度と戻れない、禁じられた場所の雰囲気が漂っている。


「ここが……」


 修一は息をのんだ。


 SPROの車両から降りて、その異様な光景を目の当たりにする。


「早速、始めましょう」


 近藤の指示で、SPROの隊員たちが手際よく機材を準備していく。荒くれ者が多いが、こういった作業も手慣れたものである。千尋は少し緊張した面持ちで、ドローンのコントローラーを握りしめた。


「千尋、頼む」


「はい……」


 修一の合図で千尋が注意深くスティックを動かした。


 プロペラが回りドローンが静かに浮かび上がる。弥生の空を飛ぶ初めての人工の鳥であった。


 ぐんぐん高度を上げ、やがて一行の頭上から湿地帯の全景をモニターに映し出していく。


 モニターに映る光景に誰もが言葉を失った。


 無秩序に見えた湿地帯の中を、まるで巨大な龍が這った跡のように、かすかな『道』が蛇行しながら貫いているのだ。


 かつて水路だった場所が、至る所で土砂に埋まり、細く、浅くなっている。


「これが龍の通り道の正体か……」


 佐伯がモニターを見つめながらつぶやいた。


 彼はすぐに測量機器を設置し、地形データの精密な収集を開始する。レーザー光が湿地帯を走り、膨大な情報が記録されていく。


「このデータと、ドローンの空撮映像を重ね合わせれば、洪水の流れをシミュレーションできます。どこがボトルネックになっているか、正確に特定できるでしょう」


 佐伯は確信を込めて言った。


 伝承と21世紀の科学技術が融合し、失われた道がその姿を現し始めようとしている。





 調査は順調に進むかに見えた。





 数日にわたりデータを収集し、修一と佐伯が分析を進める中で、彼らはぬかるみの中に不自然に突き出た石の塊を発見したのだ。


「先生、あれを見てください」


 佐伯が指さす先を、修一も確認する。


 そこには自然の岩ではない、明らかに人の手によって加工された痕跡があった。


 皆で周囲の泥を慎重に取り除いていく。やがて姿を現したのは、巨大な水門の土台の一部だった。表面には見たこともない文様が刻まれている。


「間違いない。壱与の伝承は事実だったんだ」


 修一は興奮を隠せない。


「それにしてもこれは……さらに古い時代のものかもしれません」


 佐伯が驚きの声を上げた。


 修一の脳裏に、大陸から渡ってきたとされる伝説の人物の名が浮かんでくる。


「徐福……」


 無意識につぶやいた、その時だった。


「待て」


 近藤が鋭く声を張り上げ、周囲を警戒する。彼の研ぎ澄まされた感覚が、微かな異常を捉えていた。


「どうしたんですか?」


 美保が不安そうに尋ねる。


「……誰かに見られています」


 近藤は短く答えた。


 その視線は遠くの葦原の一点に注がれている。風もないのに、そこだけが不自然にざわりと揺れた。だが、次の瞬間には静寂が戻り、そこには何も見当たらない。


 気のせいではない。


 確かな敵意の気配があったのだ。


 狗奴国の斥候か、あるいはこの土地が持つ未知の脅威か。調査隊の間に、一瞬にして張り詰めた緊張が走った。





 ■同日夜 博多湾岸 作業場


 作業場は焚火の明かりが揺れるばかりで静まり返っていた。


 船大工たちは昼間の対立の続きで酒を酌み交わし、槍太への不満を口々に言い合っている。


「女王様も人が悪い。あんな若造をわしらの頭に据えるとは」


「図面なんぞなくとも、わしらは立派な船を造れるというのに」


 その輪から1人離れた場所で、槍太は膝を抱えていた。


 昼間のフツヌシの言葉が、重く心にのしかかっている。彼らの誇りと伝統を前に、自分の知識はただの『絵遊び』でしかないのか。どうすれば、彼らに認めてもらえるのか。





 考えがまとまらないまま時間だけが過ぎていく。その時、SPROの隊員の一人が彼の元へやって来た。


「槍太さん。注文の資材と工具が都から届きました。試作用のものです」


 その言葉に、槍太ははっと顔を上げた。設計図を見つめる。


 言葉で説得できないのならば、実物で証明するしかない。彼らの目の前で、この高瀬舟がどれだけ優れているかを見せつけるのだ。


 槍太は静かに立ち上がった。その目には、迷いの色はもうない。彼は資材が運び込まれた作業場へと、確かな足取りで向かっていった。たった一人で、前代未聞の船を造り上げるために。





 次回予告 第58話 『若き技術者と侵入者(仮)』


 国家総動員令を受け、博多湾に集結した船大工たち。


 しかし槍太の「平底の高瀬舟」設計図は一蹴される。四面楚歌の中、槍太は設計の正しさを証明するため、たった一人で試作艇の建造に着手した。


 一方、湿地帯を調査する修一たちは、禁忌の地で徐福の遺構らしきものを発見するが、葦原に潜む何者かの気配が調査隊を狙っていた。


 次回――なんとか船を完成させた槍太だったが、思いもよらぬ試練が立ちはだかる! 湿原で発見した間者の正体は?

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