15.アリアナ派VSロレンス派③
付き従う男子生徒たちを置き去りにし、ひとりで木々の陰に隠れながらロレンスが向かったのは並んだ生徒たちの対面。丁度マーサの巨躯が陰になって生徒たちからロレンスの姿は見えず、ロレンスからも然り。
「事故なら、仕方ないよな」
クスクス笑うロレンスの杖先から放たれた魔力弾はマーサの脇腹に激突し、パンっと音をたててはじけた。
突然の衝撃に、マーサが大きな鳴き声をあげて暴れだす。
「マーサちゃん!?」
普段は大人しいマーサが急に暴れだすなんて初めてのことで、動揺を隠せない様子のアニマ。
彼女が見つめる先でマーサは長い尻尾を振るう。軌道のなかにいたのは、唖然とするキャロルだった。
「キャロル、避けて!」
「え?」
ドロシーが呼びかけた時にはもう遅く、マーサの強固な鱗に覆われた尻尾がキャロルを直撃。幾つもの骨をへし折り、軽い体を吹っ飛ばしてしまった。
「キャロルっ!」
生徒たちは怯えるばかりだが、アリアナは即座に背中の杖を抜き取って左手で構える。
「風ノ陣・ハンマーショット」
杖先から放たれた風の塊はマーサの頭へぶつかり、巨躯はバランスを大きく崩した。
とはいえ、ドラゴン種の鱗はその程度で貫けるほどヤワじゃない。アリアナの一撃はさらにマーサの憤怒を煽り、鱗を逆立たせてしまった。
「これはマズいな」
リルクレイもまた、背負っていた杖を引き抜く。
マーサが暴れればキャロル以外にも被害が及ぶだろうが、それを止めるために強力な魔法を使ったって大きな被害は免れない。
「そういえば、前にも村を襲ったドラゴンを鎮めたことがあったか」
ドラゴンは長寿で、むしろレイア・ワーグナーの生きていた時代のほうが数が多かった生物。当然、リルクレイも数度ばかり対峙したことがある。
小さな歩幅をいっぱいに広げて温室を駆け抜けたリルクレイが、発生させた風で自分の体を空高く押しあげた。
「コイツらは所有する魔力が多く、人間が束になったって戦える相手じゃない。だから今も昔も、対峙した時の最適解はひとつだ」
マーサの頭のうえに着地すると、リルクレイは杖の底を黒い鱗に押し当てる。するとさっきまで激昂して大暴れしていたマーサは眠り、石畳に伏せた。
「マーサちゃん!」
アニマが顔面を蒼白させ、大慌てで駆け寄る。
だが彼女の行く手は、頭から飛び降りたリルクレイによって阻まれた。
「落ち着け、魔力に干渉して眠らせているだけだ。今はゆっくり寝かせてやることだね」
「たしかにドラゴン種は魔力量が多いですが、そんな簡単に」
「なに、この手の小技は得意なんだ。それよりキャロルのほうを頼む」
「はいっ! あ、あのぉ……怪我した生徒を治癒院へ運ぶので手伝ってください」
普段なら、講義以外でアニマが自ら生徒に話しかけることはない。そんな彼女が自ら声をあげたのは、ほかならぬ責任感からだろう。
「手伝います」
逸早く駆けつけたドロシーをはじめ、心配して集まった女子生徒たちが手を貸してキャロルは治癒院へ運ばれた。
*
魔法による人々の健康的な生活を掲げる組織【治癒院】の魔導師学園支部には、実践などで負傷した生徒や、体調のすぐれない生徒がよくやってくる。
大きな傷を負ったキャロルはすぐに治療室へと運ばれ、付き添いのドロシーとアリアナは部屋の前のベンチに腰を下ろす。
「ロレンスだ」
頭を抱えたドロシーがぼそっと呟いた。
「ドロシー?」
「あの時、ロレンスがどっかに行くのが見えたんです。多分、アタシらに見えないところでドラゴンを攻撃したんだと思います」
ドロシーの細い指が、悔しそうに自身の髪の毛を握りつぶす。
「証拠はありません」
「でもっ!」
静かな治癒院にドロシーの怒号が響いた。
「状況からみて可能性は高いでしょうが、シラを切られるのがオチです」
「取り乱しました」
ごめんなさい、と弱々しく呟いてドロシーが顔を伏せる。
「キャロルは信じたものに真っ直ぐな素晴らしい魔導師です。彼女の道を本気で邪魔しようというなら、私も実力行使を辞さない。
ですが、今は彼女の回復を待ちましょう。流血も大げさに見えましたが、治癒院の魔導師によれば大した怪我ではないそうですよ」
「はい」
塞ぎこむドロシーの背を優しく撫でていたアリアナの目が、廊下を横切るヘド・ブラッドの姿を捉えた。
「ドロシー、私は少し用事があるのでここは任せます」
「アナ様?」
すっくと立ちあがったアリアナの足が、ヘド・ブラッドの背中目指して急ぐ。
「ヘド・ブラッド」
「ん? 君は、マクニコル家の」
自身を呼ぶ声に気づいたブラッドが足をとめ、くるりと振り返った。
「アリアナ・ヴィラ・マクニコルです。少し、お伺いしたいことがあります」
「今日の講義で、何か分からないことでもありましたか?」
「いえ、講義のことではありません」
「では、私に聞きたいこととは?」
「十年前の征伐のことです」
アリアナがその言葉を口にした瞬間、ブラッドの眉がぴくりと跳ねた。
「どうして征伐のことを」
「まだ統括局員だった頃のあなたが征伐に参加し、裏切りの魔導師ガブリエラ・ゴートを討ったのは資料で拝見いたしました。私が伺いたいのは、ガブリエラ・ゴートの右腕に刻まれていた数字のタトゥーです」
「数字のタトゥー、ですか。そんなものを彼女が彫っていたかどうかは覚えていません」
「どんな情報でも構わない。ガブリエラ・ゴートは何か特殊な環境で育ったのか、はたまた特殊な力を持っていなかったか、教えていただけませんか」
「どうしてそんなことを」
「私は今、数字のタトゥーについて調べています。あれはただのデザインでなく、何か特別な意味があるはずです」
「なるほど、そういうことでしたか。しかし私は本当に何も知りません、協力できずに申し訳ない」
「そうですか」
数字のタトゥーの謎へ繋がる最大の手掛かりと踏んでいただけに、アリアナの落胆は大きかった。
「こちらこそ、足を止めて申し訳ありません」
それではこれで、と深く頭を下げてから去ったブラッドの背を、アリアナは険しい表情で見つめる。
征伐のことを聞いた瞬間の彼の反応を、アリアナは見逃していない。その場で問い詰めることはしなかったものの、「ブラッドは何かを隠している」と彼女は確信していた。




