16.対魔導師訓練
ひと言に魔導師と括っても、活躍の場は多種多様。テロリストへ対抗するために力を振るう魔導師もいるし、一般人の生活を豊かにするためライフラインの整備に準ずる魔導師もいる。
街に灯りがあるのも、井戸から簡単に水が汲めるのも、短期間で家を建てるのだって魔導師様のおかげ。
「リルちゃん、外で待ってたの?」
「ああ、心配になってね」
今や人の怪我を治すのも魔法の時代だ。
「キャロルなら軽い怪我だから大丈夫って、今は治癒魔法の副作用で寝てる」
学園の敷地内にある治癒院から出てきたドロシー・パーカーの夢は、自身の母のようなジャズシンガー。学園に入って魔導師を目指したのは魔力操作による楽器演奏をするためである。
「治癒魔法、か」
「リルちゃんの地元じゃ治癒魔法なかった?」
「ああ、かくいう私も先日図書館で知ったよ。魔力操作の一種で、人体を構成する細胞に干渉して活性化することで自然治癒力を最大限まで高める。強引に細胞が活性化するから処置後は極度な眠気におそわれると本で見たが、本当らしいな」
そう言ってリルクレイは安堵の息をもらすとともに、小さく笑みを浮かべた。
「あははっ、講義を薦めてみたけど、キミには必要なかったみたい」
「そんなことはないさ、どれも興味深い内容だった」
石を積んだ階段をくだってゆくドロシーの背を追い、リルクレイも短い足をいっぱいに伸ばした。
「そういえばアリアナはどうした? 治癒院に入るまで一緒だったろう?」
ちらりと治癒院の正面玄関を振り返ってみるが、やはりアリアナの出てくる気配はない。リルクレイが記憶しているかぎり、キャロルの身を案じて治癒院へ付き添ったのはドロシーだけでなくアリアナも同じだったはずだ。
「アナ様ならブラッド先生を見つけて、何か用事があるんだってひとりで」
「忙しいヤツだな」
「なにせあのマクニコル家の長女、って言ってもリルちゃんには伝わらなかったか」
けらけらと無邪気な子どものように笑ったドロシーが、「そういえば」とさらに続ける。
「私はこれから対魔導師訓練にいくけど、リルちゃんはどうする?」
「対魔導師というのも興味深い、ついていくよ」
*
魔法を学び、合法的に魔法が使えるよう統括局に認可をもらうための入学。けれど生徒ひとりひとりは異なる夢や目標を抱き、それに沿った講義を生徒自ら選択するのが魔導師学園の教育方針でもある。
とはいえ、学園側が出席を推奨している講義も数種類ばかり。
「ようこそ、対魔導師訓練へ」
ほかのどの講師よりも背が高く鋼のような筋肉をまとった男、ミルコ・ストロングが担当する【対魔導師訓練】も、学園が出席を推奨する講義のひとつである。
徐々に空が焼けはじめ、青と茜が薄っすらと混じるころ、一年生たちは入学試験でも使用した競技場に集められた。
一年生に向けた対魔導師訓練が行われるのは今日がはじめてのことで、彼らが競技場を訪れたのは入学試験以来である。
「我々魔導師にとって最大の脅威となりうるのもまた、我々と同じ魔導師である。実際、この私が統括局の対テロリスト部隊にいた時は、非公認の魔導師による暴動や攻撃を幾度となく経験した。
しかし私は危険な任務からも生還し、今ここに立っている。何故だか分かるか?」
すぅっと分厚い胸板が膨らむほど息を吸いこむと、ミルコは口を大きくひらく。
「この私が、強いからだっ!」
強さこそが、彼にとっての誇り。
「お前たちも強くあれっ!」
自身の体躯ほどあろうかという巨大な斧の形をした杖の底で地面を叩けば、張りあげた声よりもうるさい衝突音が競技場に響いた。
「痛くても泣くなっ! 負けても落ちこむなっ! そもそも負けるなっ!」
大きな口から放たれる雄たけびと唾液に、生徒の数人は思わず顔を歪める。
「あのー、ミルコ先生」
「なんだお前はっ!」
「ええっと、ドロシー・パーカーです」
「そうかっ! この私になにか用かっ!」
恐る恐る挙手したドロシーに、ミルコの剣幕と雄たけびと唾液が襲いかかった。
「あの、対魔導師戦闘において大切なこと、たとえばコツとかって――」
「負けなければ勝つっ!」
話にならない。誰もが、ドロシーさえもそう思わざるをえなかった。
「勝ち続ければ、そいつは強いっ!」
裏切りの魔導師ガブリエラ・ゴートをはじめ、魔法を使うテロリストによる事件は世界中で後を絶たない。大きく新聞でとりあげられたような事件ならばリルクレイ以外の全員が知っているし、だからこそ生徒たちの【対魔導師訓練】に対する関心も非常に高かった。
しかし、ドロシーのあとに続いて質問をしようとするものは現れない。
「よくもまあ、あれで教育する立場が続けられるものだな」
そう言って、リルクレイがため息をつく。
「あの人もブラッド先生と一緒で、現役時代はすごかったみたいなんだけどねぇ」
隣でドロシーが呆れたように笑っていると、
「ハッ、あんな下っ端だったヤツなんかどうってことないね」
聞き覚えのある声がふたりの背中にぶつかった。
「ロレンス」
「まあ、お前たちみたいな愚民からすれば、あんな下っ端でも良く映るんだろうな」
振り返ったリルクレイとドロシーの視線の先で彼女たちを鼻で笑ったのはロレンス。彼が皮肉を口にするや否や、彼の取り巻きたちもまたゲラゲラと下品な笑い声をあげる。
「対テロリスト部隊なんて、統括局でも汚れ仕事を押しつけられた下っ端にすぎない。本当に秀でた魔導師というのは戦わずしてその実力を示すものさ、父上のようにな」
「キャロルにあんな酷いことしておいて、よくアタシらの前に顔をだせたね」
珍しくドロシーの眉間にシワが寄り、剥きだしの怒りをロレンスにぶつけた。
「なんのことだか、あれは単なる事故さ。そうだろう?」
ロレンスの言葉に幾人もの男子生徒たちが頷くものの、その表情はどれも気味が悪いほどニヤけている。
「このゲス野郎」
それがドロシーは許せなかった。
「やめなさい、講義中にみっともない」
「アナ様」
今にも殴りかかりそうなドロシーを制止したのは、遅れて競技場に顔をだしたアリアナのひと言。
「しかし、私も今回のことを見過ごすつもりはありません」
「おー、怖い怖い。アナ様まで俺のことを疑ってらっしゃる」
ドロシーを止めたといっても、彼女のなかにロレンスへの怒りがないわけではなかったらしい。むしろキャロルはアリアナが認めている数少ない同期のひとりで、それを傷つけられたとなればはらわたが煮えくり返るような思いだった。
「魔法が扱えるようになって、はしゃいで、見せつけようと必死になって。子どものようで実に愛らしいじゃないか」
「なんだって?」
なにが面白いのか、けらけら笑うリルクレイ。小馬鹿にしたような彼女の言動を、プライドの高いロレンスが見逃すはずがなかった。
「しかしまあ、度を越えた悪戯をする子どもには躾が必要だ。それはダメなことなのだと教えてやるのが、子どものためでもある」
「薄汚いネズミが、俺が誰か知って――」
「知っているとも。お前はロレンス・エスマ・レイクストン、模擬戦闘訓練で私と戦う相手だ」
リルクレイが短い指でさしたのは、競技場にある巨大な鏡。入学試験の対戦カード掲載と同じく、鏡のなかには【模擬戦闘訓練】で戦うふたりの名前がハッキリと浮かびあがっていた。
鏡のなかでゆらゆら揺れるふたつの名は、リルクレイとロレンス・エスマ・レイクストン。間違いなく、ふたりの名前である。
「それではこれより、模擬戦闘訓練を開始する! ルールはさっきも言ったように、なんでもいいから勝てっ!」
どうやらドロシーやアリアナが怒りをぶつけていた間にミルコの話は進んでいたらしく、既に模擬戦闘訓練がはじまろうとしていた。
「ハハハハハハッ! あのアリアナ・ヴィラ・マクニコルと引き分けになったネズミと、この俺が? これは傑作だ!」
競技場の巨大鏡面を見るなり、ロレンスが高笑いを夕方の空に響かせる。
「これは光栄だ、俺も本気で戦わなくては」
取り巻きたちと一緒にゲラゲラと笑いながら、ロレンスが前へとでていく。当然ながら、彼は光栄とも思っていないし、ましてや負ける気なんて更々ない。
しかしこれはアリアナを敵視するロレンスにとって、自分が彼女よりも優秀だということを示す最高の機会だった。
「魔法は人を豊かにする技術であって、戦うためのものではない。あの大男のように魔法を戦いにだけ使おうという考えは好きじゃないが、それが今の時代なんだろう」
両腕をいっぱいに広げて背伸びするリルクレイ。彼女のいう大男はミルコのことであり、彼のような戦闘に特化した魔法の使い手というのは、まだレイアだった頃に最も危惧した存在。
だが、魔法が普及すればそれが多くの人を傷つけるというのも、五百年前から分かっていたことだ。知っていながら魔法を広めた彼女に、その行為自体を否定することはできなかった。
「リルちゃん、大丈夫なの?」
「せっかくだ、身を守る術くらいはあの大男に代わって私が見本となってやろう」
ドロシーの心配をよそに、リルクレイはそう告げて無邪気に笑う。
「模擬戦闘、どうしてあなたがロレンスと」
ふたりと対照的に不満で顔を歪めたのはアリアナ。訓練とはいえ実際に持てる魔法技術を使って戦うのだから、キャロルの仕返しをするには絶好の機会である。それをリルクレイに奪われたのが納得いかないのだろう。
「お前の憤りも分かるが、ヤツの対戦相手は私だ。ヤツにはキツい灸を据えてやるから、今日のところは私に任せてくれよ」
「彼は仮にもレイクストン家の魔導師、口先だけではありませんよ」
「忠告、痛み入るよ」
「あなたが無様に負けたとあっては、私の名誉にもかかわりますので」
「昨夜は美味い飯を食わせてもらって、しっかり睡眠もとった。今の私は万全さ」
リルクレイの向ける子どものように無邪気な笑みが、アリアナは大嫌いだった。




