大きな一歩と海洋生物ドキュメンタリー
ほぼタコの悪魔クラーケンさんを周囲の空気ごと圧縮して掴みながら走るサメの私と、まだ何が起きてるのかよく分からないままついてくるワニのティア様。
目的地の血の湖はもう目の前だった。
「ハイドラさん、小さく開けすぎてもダメですが、大きすぎたらもっとダメです。一気に投げ込むので、湖が見えたらすぐ発動お願いします」
『は、はい、分かってます』
現在私の鎧と尻尾になってるハイドラさんに魔法の開始をお願いする。本当ならもっと安全で万全な策で帰したかったが、今は緊急事態。現状で出来る手段を試すしかなく、それは悪魔が召喚されたと思われる穴をわざと発生させて無理やり押し込むシンプルで筋肉な作戦だった。
「シャークさん!?まさか血の惨劇イベントを発生させる気ですか!?だ、ダメ!絶対ダメです!」
流れに気づいたティア様が青ざめて止めようとする。血の惨劇が本来の形で発動したらティア様が私を消し飛ばす後味の悪いイベントになると予想されているからだ。
ちなみに、心配をかけるのは心苦しい反面、可愛いティア様にそこまで真剣に身を案じられるのはそれなりに心ときめく部分もあり、私ヒロインだこれという乙女な高揚感が無くもないが、さすがに悪の私といえどそれに浸るのはちょっと悪すぎるので抑えなければならない。
(……)(ヒロ…イン…?)(何をいって…?)
「安心して下さいティア様。私は悪魔と契約もしてないしサメが居て取り憑かれもしない無関係な状態。仮に失敗して地獄の門が大きく開いてしまっても、その時は魔力源らしき物やハイドラさんをまとめて消し飛ばせば魔力が足りず門が維持できない筈です」
「あーー、うーーん!確かにとも思うけど!安心とはだいぶ違う感じがします!」
『助けて…プレッシャーが…し、失敗したら自分は…悪魔の皆は…』
「大丈夫、そもそもそんなに大きく開く魔力はその体に無い筈です。むしろ穴が小さすぎて、この空気ごと凝縮されつつあるクラーケンさんでも通れなかった場合、そのまま湖に落ちて恐らくもう助けられないのがピンチです」
「ぐ、ぐええ、たす、助け、真水は、嫌だぁ!」
『すまない…すまない…うっプレッシャーで目眩が』
恐らくクラーケンさんは最初に召喚というかこの世界に落とされた時にいきなり真水の湖に落ちて危険なダメージを受けた筈で、危機の大きさが分かっているようだ。
(地獄への穴を開ける前から既にぼちぼち地獄みたいな光景だぞ)
(悪魔達こんなキャラじゃ無かったろうに)
(少なくともヒーローやヒロインの所業では無い)
さぁ血の湖が見えた。もう後戻りは出来ない。
「クラーケンさん、サメのライバルであるタコで、しかも悪魔なら、地獄に戻りさえすれば自分でなんとか回復しますよね」
「ぐ、ぐえ、その、こっちだと怪我や疲労がずっと回復出来ず重なり続けるのがキツイって状態なので、もちろん戻れるならもっと重症だろうと…」
「そういえばタコは食べるとタウリン豊富で疲労回復に良いって聞きました」
「自分を食えと!?」
よし、やるぞ!
「では勝負所です!ハイドラさん!開いて!」
『は、はい!いきます!』
何らかの魔法が発動する気配。湖の真ん中から何らかの禍々しい気配。
((((((見えた!中央あたり!何かある!))))))
結局今までは推測を重ねていただけだったので、実際に未知の不吉な現象が起きている事に少なからず恐れのような感覚もあるが、ハイドラさんの魔力量的にもクラーケンさんの状態的にも怯んでいる時間は無い。
誰かに見られたら大問題だが、湖を駆け抜けて一気に放り込まなくては!
「シャークさん!?水面走ってませんか!?」
「サメの背びれが水面に出る感じです!」
「どういうことです!?」
いざという時のためにティア様がすぐ動ける状態じゃないとまずいので、抱えて貰って飛ぶのは遠慮して水飛沫を上げ水面を走る。
そして、地獄への穴が開いたままの状態もまずく、向こうから新たな悪魔が出てきたら元も子もないため、クラーケンさんを持ってない方の手で空気を抑え込みながら突っ込もうとするが、その手応えの無さでようやく不穏な状態に気づいた。
「ハイドラさん、さすがにこれは穴が小さすぎるのでは!」
『た、多分魔力もう無いです!何の魔力だったのかも謎で…』
((((((あ。穴、何か挟まってる?))))))
クラーケンさんは人間の数倍でかく、穴は人間の頭が通るくらいしか無い。…しかも、漏れ出る筈の瘴気をあまり感じ無いと思ったら…何か…ウツボか何かが詰まってるっぽい感じになってて頭がちょこっと出ている。なるほど。なるほどね。
…仕方ない。無理やりねじ込もう。
「空気投げーーーー!!」
「ぐえええええ!?」
「ぐええええええ!!?!?」
穴の中に引っかかってるらしきウツボか何かと、小さな穴に無理やり押し込まれつつあるクラーケンさんが、その、ちょっぴりだけ苦しげな感じの大きめな声を上げている。
水面を駆けて勢いよく飛び上がり、上空から穴に向けてクラーケンさんごと圧縮空気投げをしたのだ。
『ああああ更に誰か巻き添えになってるうううう!!』
「シャークさん!これだいぶ無茶というかえぐくないですか!?」
大丈夫。大丈夫じゃなかったらもうダメなので大丈夫になってもらうしか無いが、たまにタコと戦うサメだからこそ強みも知っている。
「ぐ、ぐぎぎぎ」
足がなんとか2本通ったらしく、そこから手品のようにクラーケンさんの体が少しずつ穴に吸い込まれていく。
吸い込まれていくというか、こちらからは圧力をかけ無理やり押し込んでおり、どうやら向こうからも引っ張られてる感じがあるのだが。…もしかすると穴に潜むウツボ系の何かにタコが引きずり込まれて捕食されてる光景の可能性も無くは無いが、お腹いっぱいなら襲わないという噂もあるので、多分向こうでも感動の救出劇が始まってるんだと思う。多分そう。
「あの!賢いほうのワニが警戒するよう言ってます!」
(むっ!?)(何か気づいてないミスか!?)(しかし今は動けんぞ!)
「ティア様、私いま水面に着地して立つのとクラーケンさん押し込むので限界で手が!何か失敗しているのでしょうか!?」
「その!水面になぜ立ててるのかは理解出来ませんが!失敗ではなくむしろ軟体さを見きった作戦凄いと褒めてます!そっちじゃなく、このあと!」
見切ってるわけじゃなくもう無理やり筋肉で押し通してるだけだけどそこは褒めポイントを稼いだままでいこう。しかしこのあと…?
「うぎ、ぎ、あり、ありがとうううう!」
見てて不思議なほど頭を変形させながらクラーケンさんの体が殆ど穴を通り抜け、どうやら向こうに引っ張りあげられてるらしい。良かった、途中で閉じてちょん切れたらどうしようかと。
「そうだ、クラーケンさん、全員無事に帰したらそっちの世界の術式破壊して下さいー!」
「は、はい、準備しておきま…ぐあああ噛むな!この!あの、ありがとうございましたああぁぁぁ……」
(いややっぱり捕食されてないかこれ!)
(ま、まぁ足一本くらい食われても悪魔のタコなら…)
(引っ張る力も加わって…その、不幸中の幸いだったし…)
『や、やった!ありがとう、ありがとうございます!』
ハイドラさんが歓喜の声を上げ、クラーケンさんの声は遠ざかり、魔力供給の無い小さな次元穴がそのまま少しずつ閉じていく。やった、やったのだ。成功だ。
一歩だけだけど、一歩進んだ。やった。やった!
「実は、もしかすると地獄側の周辺に魔力源が隠されてて、うまいこと血の惨劇イベントに誘導されて巨大な穴を開かされてしまったなら、もうティア様に地獄側の周辺一帯をビームで薙ぎ払って貰って、こっちの悪魔は全員私が握りつぶそうと思ってました。無事成功して嬉しいです!」
「そんな話聞いてないですけど!?」
『ま、まさか間違って大きく開いてたら…うっ存在しない筈の胃が!』
冷静に考える隙を賢い方のワニに与えたら、この手の危険な推測が増えすぎて止められる可能性もあったので、そういった意味でも時間が無かった。
誰かが危機に陥る可能性があったらティア様だけで解決しようとするのは目に見えているので、勢いも重要だったのだ。多分。
その時、突然ビシィっという大きな音が鳴り、上空にレンズを通したような歪みと不可思議なひび割れが発生する。これは…前に見た…!
「しまった!えっちな触手!」
『えっ!?そういうの有りなんです!?』
「シャークさん!もっとわたしの近くに!」
ハイドラさんはちょっと喜んだ感じがあったので後で尋問するとして、完全に忘れていた。補正だ。それも”プレイヤー”では無い私が勝手にイベントを一歩動かしたのだ。異常の検知は前回の比ではないのだろう。更に足元の湖の中や前後左右など全方位にひび割れが発生し触手が飛び出してくる。
(賢い方のワニの警告はこれか!)
(失念していた!)
(見るのはいいが自分で食らうのは嫌だ!)
まだ懲りてない聡明なサメの一体も尋問が確定したが、この量はティア様でもどうにか出来るのだろうか。それもさっき中途半端と言えど一度必殺技を撃ってしまっている。
「ちょっとだけ手伝って下さい!」
やはりさすがに厳しいのか初めて戦闘で頼られたかもしれない。その割に防壁は完璧で触手は全く近づけず、大きなワニの幻影が次々現れて触手の発生源に噛みつき上空に運んでいってるが。
…ビーム撃てずとももうあっさり解決しちゃったような?
「ティア様、あの、勿論手伝いたいのですが、もうこれ触手動け無さそうですし、しばらく防壁張ったまま待ってたら勝手に消えるという話では無かったでしょうか」
「このあとすぐ無茶したシャークさんにお説教があるのでさっさと倒して帰ります!剣と杖持ってて下さい!」
「あれっちょっと思ってた流れと違うかも知れません」
ちょっと手伝いとは水の上で剣と杖が刺せないから持ってて欲しいという意味だったようだ。上空は沢山の幻影のワニが沢山の触手を拘束しててちょっと気持ち悪い光景になっていて、そこにティア様の両手が向けられる。なるほど、別にビーム連発に問題は無いらしい。
それになんだか、まだ何も起きてないのに空気が震えるような凄まじい気配がある。何か今までと雰囲気が…?
「量も多いし、ちょっと怒ってるので、手加減も控えめです!」
ごぅっと言う激しい音が周囲を取り巻き嵐のような風が吹く。
(うわ)(怖)(まさか…今まであれで手加減してたのか…?)
今までとは違いもはや目に見えて強烈な光がティア様の両手に凝縮されていき、その瞬間、世界が、真っ白になったような
「必殺!!!!!マジカル断空ビームキャノン!!!!!」
空がなくなった。
もうビームの太さとかそういう次元では無い。なんかもう全部白い。
『ーーー!!!!』
ハイドラさんは何か言葉にならない悲鳴を上げて気絶した。異常なレベルの光の技が恐怖なのもあるだろうし、もし失敗してたらこれが地獄の門の向こうに放たれていたのに気づいてしまったので、意識が耐えきれなかったようだ。
((((((かっこいいーーー!!!))))))
(かっこいいで済むレベルか!?)
(本来のイベントでは我らがこれ食らってたかも知れんのだぞ!)
(本当に跡形も残らんぞ!)
光が静まると当然もう空には何も残されておらず、広範囲の空間が消滅した箇所に流れ込む空気で風が吹き荒れていた。まさに断空。絶対地上に向けて撃たないで欲しい。そして手加減控えめという表現は多分全力という意味ではない。怖い。
「では帰りましょうシャークさん!」
ティア様が私を抱き上げる。これは、前と同じ乙女レベルの高さに定評のあるお姫様抱っこだ。そういうのをサラリとこなされてしまうと私としても、こう、なかなか
「発進!」
──その瞬間、思考を置き去りに、景色が吹き飛ぶ。
なんだか一瞬淡い感じだった筈なのだが、気がつくと私の家の上空で、窓から部屋に戻るとエレン様とケイト様も起きて待ち構えており、深夜の大成功だった筈の冒険はお説教で幕を閉じる。
最初はティア様も含めた3人に無茶をお説教されていたが、途中からはティア様も説教される側に堕ち、私と二人して無茶と背負いすぎを咎められ、お茶を持ってきてくれたメイドさんに助けられたりしながら夜を過ごし、恐らく朝には起きれ無さそうな時間にようやく再びの就寝時間が訪れたのだった。




