楽しいことの準備は本番と同等に楽しい
私達の日常の中心はやはり昼休み。
エレン様とケイト様から参加の快諾を得て、早速正義のワニのティア様へのサメ屋敷パジャマパーティ招待状を作成する。
「血の惨劇対策の一環として、書斎にある魔術書や、私が今暮らしている家を一度確認しておいて頂けないかと思っております。そこで、宜しければ週末に夕飯を我が家で共にし、一泊お泊り頂くパジャマパーティにお誘いしたいと考えています」
「本パーティにはいつも血の惨劇について相談している友人達も参加頂く予定です」
「パジャマパーティに (参加可能/今は無理)」
「参加可能な日に丸をつけてください (複数可)」
「好物に丸をつけて下さい」
「その他の場合はこちらの空欄に記載して下さい」
「避けたい食品に丸をつけてください」
「布団は羽毛だと食いちぎりますか? (はい/いいえ)」
「…乙女のパジャマパーティっぽさが全くありませんわ!業者です!」
「ふっ…っ…くふっ……し、しかし、これなら大丈夫でしょう…!」
エレン様が素直な判定を、その判定に弱いケイト様が笑いに耐えながら合格判定をする。アンケート方式の発案者はそもそもケイト様なのだが、恐らく本人が一番ダメージを受けている。
「他人事ではすみませんよお二人共」
招待状は当然1枚では終わらないのだ。
「シャーク様…まさか今お書きになられてるのは私達宛の…!?」
「この形式はメイドさん達に色々お願いするのにも便利ですからね」
「ふぐ…っ…くふ…ふっ…」
((((((クーポンは?))))))
「パジャマパーティのクーポン!?」
「……っ!くふぅ…っ!」
心の中で6つ頭のサメが想定外の発案をし、驚いた私と流れ弾を受けたケイト様が重大なダメージを受ける。しかし確かに前回はクーポンが重大な戦果を上げたのだ。
「何度も来て頂くほうが情報への近道にもなりますし、この条件であればクーポンよりスタンプと景品方式のほうが宜しいかも知れませんわ」
「ふ…っ!?」
「うっ…!?」
そしてエレン様が突然冷静に作戦を補完する。情報との戦いにおいては戦略性が高くとても頼りになるが、今真面目な提案で笑ってはいけない空気を作られると逆に危険度が増してしまう。
「でもワニ様だけスタンプカードを持ってるのは不自然さがあるかも知れませんから、となると私とケイト様にもスタンプを…私達がスタンプ集めを!?いえやっぱりパジャマパーティにスタンプはおかしいですわ!?」
「…っ…!……!」
「ふぇひひひひ」
突然正気に戻るエレン様にとどめを刺され倒れるケイト様。私も無傷ではすまない。令嬢として鍛えていなければ人前で笑い転げていたかもしれない。
「やっぱりそれ笑い声なんですの!?シャーク様の!?」
「ふぇひひひひひひ」
* * *
やはり平日にティア様と遭遇するのはなかなか難しく、今回も風見鶏ホテルのご主人にお願いし招待状を手紙として届けて頂いた。
翌朝登校前に伺うと返答の手紙と共に再びティア様用のクーポンや焼きたてのパンをプレゼントされてしまい、美味しさを皆に伝えるよう約束して学校へ向かう。
手紙を託すにあたって利益関係で生まれる信頼度の高さはとても大事だし、使い所のあるクーポンも美味しいパンも嬉しいのだが、既になんらかの取引先のような扱いになってきてる気がする。
「おはようございますシャーク様。招待状いかがでしたか?」
「おふぁようございますエレン様。丁度今確認しようかと」
途中公園のベンチでパンを食べていると、水筒を持ったエレン様が現れる。エレン様にもパンを分けつつ手紙を開くと、招待状には参加可能に丸がついていた。
(やはり基本的には協力的かつ肯定的だな)
(ゆっくりしないという難関さえ突破出来ればだが)
(なんと、羽毛布団食いちぎらない方に丸があるぞ)
聡明なサメの言う通りティア様も基本的に誰にでも優しく協力的だ。ただひたすらに素早く会うのは大変だが。
「早速今週末にサメとワニと令嬢のパジャマパーティが開けそうですが、エレン様も大丈夫そうですか?」
「…!楽しみすぎて正気でいられるかだけ不安です…!」
サメを愛するエレン様はどうやらサメがワニと居るという状況に対しても何故か非常に学術的興奮を覚えるらしく、今回合法的に共に過ごせるパジャマパーティに関しては一歩前に出て全面協力するとのことだった。違法な過ごし方が少し気になる。
水筒のコーヒーを頂きながら2人であれやこれやとパーティの予定について楽しく話し合う穏やかな朝。それはなんだかとても楽しく、そしてとても登校中とは思えぬ光景で、その先には盛大な遅刻が待ち受けていた。怒られた。
* * *
それはいつものようにケイト様との食事中。最初に変化に気づいたのは6つ頭のサメだった。
((((((速い!?))))))
ケイト様の美しく高速な無音食事方法はあくまでサメでは無い卓越した運動能力の賜物のはずだが、洗練に洗練を重ねてきたその動きは遂にサメの領域にまで踏み込んで来ている。
(なんと)(最近何か動きを試しているようだったが)(凄いぞ)
聡明な3匹のサメも驚きを隠せない。ケイト様の両手から生まれるブレのない残像はもはや具現化したサメの頭部であり、私の9つのサメの回転式とは違い2つのみの幻影が的確かつ超高速で上品に料理を捕食していく。
これは…スポーティダブルヘッド令嬢シャークタイフーン…!?
「ああ…!つまり人も…!サメ…!」
隣のエレン様からもどうやらサメ判定が出ている。これが令嬢競技に精通したスポーツ万能少女ケイト様の本気…!
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」
ほぼ同時に食事を終える私とケイト様。私の方もアン先生の教えを受けてからタイフーンが成長している筈なのだが、その状態であってもなお互角の域だ。
「驚きましたケイト様、スポーツの世界の方は突然進化するのですね」
「ふふ…どうやらシャーク様の進化に振り落とされず済んだようでなによりです」
「ああ…!つまり進化とは…!」
(鍛錬と知恵の蓄積が爆発する形か)
(どの分野でも停滞に耐え思考を続けてこその形と聞く)
(サメならずともサメの世界に入るとは正直驚きだ)
「パジャマパーティが開催可能になったという事なので、ワニのお方に会う前に完成形を見せなくてはと。無事成功して安心しました」
「これほどまでに高め合うライバルが居るというのは心躍ります。私また少しやる気が湧いてきましたわ」
「ふふ…こちらこそ。おかげで別の競技にさえ心地よい鍛錬欲求の高まりを感じています」
これが良きライバルの居る生活。令嬢競技のクラブには参加していない私でも、皆がスポーツに打ち込む気持ちが少しだけ分かってしまう。
(成長を楽しむ娯楽ならTRPGのキャラ育成辺りが好きだが)
(こういう方面もなかなかに心地よい)
((((((成長で頭増やせないかな))))))
(それはさすがに現状で十分だろうシックス)
「これはうちのメイドさんに更なる覚悟をお願いしなくては」
「パジャマパーティであれば夜のお菓子も必要となりましょう」
「私いっぱい持っていきますわ」
どうやら私だけではなく友人達もパーティの準備は万端で、ちょっと目的を忘れそうなほど楽しみになってきてしまった。