空をも断つ正義の力
私達サメが深夜の山を駆け抜け、少し木々の開けた山頂付近に着くと、不意に後ろから正義のワニで魔法少女マジカル勇者戦隊アリゲーター仮面のティア様から声をかけられる。
「シャークさん!ここで少し待機です!」
「ひゅえっ!」
ちょっと暗い山中って不気味だなぁとか思ってた瞬間の出来事だったので思わず変な声が出てしまう。が、私は悪なので多少の失敗は無かった事にして流す。
「はい。ティア様、あの、勝手に追ってきてしまいました」
「丁度良かったです!見て欲しいものがあります!ここで!」
やはりいつもより緊迫感のあるティア様の様子に気圧されて静かに従う。暗い真夜中での張り詰めた空気は、実際にピシピシと音を立てているような息詰まる感覚を覚える。
(い、いや、何か本当に鳴ってないか?)
((((((何も無いとこからピシピシ音がする))))))
「シャークさん!今日突発イベントで火事がおきました!」
「あっ、道中でもう治まっているのを見かけました」
「わたし全部は把握出来てないんです!でも助けたいので!あんまり天秤が揺れないようにしました!」
(なるほど)(やはり天秤)(大体は合っている感じか?)
「けど!イベントと役割で、その、賢い方のワニ、そう、それ!恐らくあの火事の結果で派生する筈のイベントと役割が歪んでしまいました!多分いくつか枠組みを超えてたようです!」
ティア様が言い終わるとほぼ同時にビシィという大きな音が鳴り、開けた何もない場所にレンズを通したような歪みと不可思議なひび割れが発生する。
(なんだ!?)
「ティア様、これは…」
「補正です!来ます!後ろに居て下さい!」
ひび割れの向こうの歪んだ空間には何かが蠢いており、それが突然私達に向かって飛び出してくる。それはタコやイカの足を思わせる、触手と呼ばれる類のものだった。
しかしティア様を中心に不可視の防壁らしき魔法が発生しているらしく、何本も飛び出た触手は全て弾かれ戸惑うようにフラフラと動く。
((((((うおおおバリアの中にいる!かっこいい!))))))
「これは、魔物か何かなのですか?」
「えっと!あの、そう!元はデータがおかしくなった時に補正するやつです!名残です!ゲームの!」
(成程、枠組みを超えたと言う話はこれか)
(ある程度まで自動でその場凌ぎの修正を走らせるのか)
(わりと物理的に攻撃してきてるように見えるが)
「…枠組みを超えると、これに攻撃されるのですか」
となれば、血の惨劇を止めて本来のイベントを捻じ曲げようとしている私達にとって決して他人事ではない。新たな事実、新たな脅威だ。
「攻撃とはちょっと違います!その、エロい方のワニ!そう!それ!調査です!異常を検知したキャラデータを調査しようとしてきます!服の中にも平気で入ってくるので絶対近寄らせないで下さい!」
(エロい方のワニに聞いたぞ!!?)
(いかん本当にダメな気がする!!)
(見るのは嫌いじゃないが自分がやられたくはない!)
「聡明なサメの一体、後で尋問があります。ティア様、その調査というのはされるとどうなるのですか?」
「特に何も!えっと、今の世界で補正なんて最も枠から逸脱してるので、調査の段階でちょっとエロいことして自滅して消えます!」
「かなり最低ですね」
「かなり最低です!」
かなりろくでもないものが他人事では無くなってしまった。
「えっと、調査させず防いでるだけでも十分異常事態なので少ししたら消えます!でも空間ごと消し飛ばしてもだいじょぶです!」
(えっ)(急に物騒になったぞ!?)(怖い)
「成程、自分自身が異常なので消し飛ばすのはむしろ正常なのですね」
(いかんこっちも怖いぞ)
「ちゃんと説明できたし!今日はもう早く帰って寝たいので!今すぐマジカル断空ビームキャノンで吹き飛ばします!!」
((((((マジカル断空ビームキャノン!?))))))
突然亀裂の下に魔法陣が描かれ、そこから出てきた大きなワニの幻影が下から亀裂に噛みつくと、それを咥えたまま真上へ飛び上がり空へと運んでいく。恐ろしいことに一定範囲の空間そのものに噛みついて連れ去る幻影のワニだ。
そして防壁を解いたティア様が手に持っていた天秤付きの杖と剣を地面に突き刺し数歩前に進み出る。空いた両手を上空に運ばれた亀裂に方に向けると、ついにその凄まじい魔法が天に向かって発動する。
「必殺!マジカル断空ビームキャノン!!!」
必殺とは必ず殺すという意味だ。もはやビームというか極太の巨大な光の柱が天を貫き、亀裂とそこからはみ出た触手を一瞬でまるごと消滅させる。空が光で裂かれる光景はまさしく断空。絶対地上に向けて撃たないで欲しい。
(意味ありげな天秤杖はともかく剣も攻撃には要らんのだな)
(というか飛行と同じく生身でこれも撃てるんじゃないか)
(怖い)
((((((かっこいいいい!!!!!))))))
「ティア様…まさか…キャノンとカノン、大砲と規範をかけて正義の技っぽさを出しているのですか?」
(いま聞くべき事柄はそれか!?)
(なぜダジャレっぽいものに食いつくんだ!)
「そうです!」
((((((そうなの!?))))))
やはりティア様は只者ではない。恐るべきセンスだ。
「では一緒に宿に帰りましょうシャークさん!運びます!スピードには自信があるので!」
「まぁありがとうございます、確かにあの速度は尋常ではありませんでした。でもどうやっ」
言い切る前に天秤杖と剣を腰に吊るしなおしたティア様が私を抱き上げる。これはまさかお姫様抱っこと呼ばれるとても乙女レベルの高い技では。私のほうが背が高いのでシルエットは少し王道と違うが、それもまた意外性という面で特殊得点である。
((((((ヒーロー抱っこ!うおおおおお))))))
「あ、あの、ティア様、私なんというか少しだけ恥ずかしく」
「発進!」
──その瞬間、景色は白く飛び、音が消え、世界が置き去りになった。なんだかちょっと淡い乙女な感情も全てが置き去りだ。これが、真の、速さの世界。
「というわけで!動きに沿って魔法で風も操るといいです!」
「ひゃぃいいいい」
「なので!これが鳥とか障害物対策で!」
「ひゃぃいいいい」
どうやら速さのコツを教えて下さってるようなのだが、聞き取るのも理解するのも非常に困難で、なんとか返事をするのがやっとだった。
「──はい!では到着です!」
「あ、あり、ありがとう、ございます」
ほんのちょっとレクチャーを受けていたと思ったら、もうそこは風見鶏ホテル上空だった。私の借りてる部屋の窓から一旦中へ入り、私をそっとベッドに下ろす。スピードの暴力に置き去りにされた乙女な感情が少しだけ帰ってくる高得点の技だ。
((((((かっこいいい…))))))
(シックスがもうだいぶ骨抜きだぞ)
(割と最初からだからな)
(でも少しワカル)
「それじゃおやすみなさいですシャークさん!」
「おやすみなさい、ティア様」
ふわりと窓から飛び立ち自分の部屋に帰っていくティア様。
こうして深夜の冒険は幕を閉じる。実は思った以上にあっという間の出来事で十分睡眠時間は残されていたが、さすがにもうしばらく眠気は訪れそうになかった。