戦士の休息
清々しい朝日が医務室の窓から差し込む。
アキが開けたカーテンから差し込む日光はベッドで眠るミユキの顔面に直撃する。
―なんだか顔のあたりが熱いな。それになんだろう、耳がスース―する。
「ふふふふ」
―アキさんの笑い声だ。
ミユキは自身の顔面に伝わる違和感と、隣から聞こえるはずの無いアキのその笑い声が気になり、強引に目を覚ますとそこには目を見開きミユキの顔をニヤニヤと見つめるアキの顔があった。
「あらら、目覚めちゃった」
「うわああああああああああああ!」
ミユキは枕元で話しかけてくるアキの存在、そして絡みつくようにミユキを抱きしめるアキの四肢に驚き思わずベッドから転げ落ちてしまう。
「痛った!」
「あらら大丈夫!?」
「あらら、大丈夫?じゃないですよ!ななな、なんで私の寝てるベッドに潜り込んで来てるんですか!」
「なんでって、ミユキッチ。君がここを寝床代わりにしてるからでしょ?」
「それはそうですけど」
「まったく、何が『味方に天使がいる状況で眠ることなんてできない』よ。だからってここにきてベッド掻っ攫われたら溜まったもんじゃないのよ、確かに何かあったらここに来なさいとは言ったけど、完全に占領されると困るのよ」
「でも...」
口を細くしごもってしまうミユキ。アキはそんなミユキの姿を見て少し言い過ぎたことを理解した。
「ま、まあ、たまになら来てもいいけど」
アキのその言葉を聞いてミユキの顔は太陽のような明るい笑顔になった。
ミユキがアキとじゃれあっていると医務室のカーテンが揺れ強風が吹きこむ。三階にある医務室の窓から揺れたカーテンを纏って人影が飛び込んでくる。
「起きたか?」
窓から入ってきたのはミツキだった。
窓から入ってきたミツキをよける暇もなくミユキの頭が足の下になる。
「あれ?ミユキは?」
「そこでさっきまで起きてたよ」
アキが指をさした方向を見ると左足の下敷きになったミユキの顔があった。その顔からは鼻血を出し白目をむいていた。
「あ……」
ミツキが足元に敷かれたミユキの顔を暫し見つめていると白目をむいていたその顔がミツキの顔と八合わさる。
ミユキの顔がミツキと重なり合ったとき白目をむいていたミユキのその目に黒目が戻る。
「お、おはよう」
そのまま3秒ほど見つめあった後ミユキが頭に乗っているその足を手でよける。
「ふう」
ミユキは何事もなかったかのようにその場から立ち上がり鼻から流れる鮮血を手の甲でぬぐい取る。
「み、ミユキちゃん?」
「はい?」
「大丈夫?」
「はい大丈夫です。それよりも、コットンか何か持ってきてくれませんか?」
「わ、分かった」
アキはミユキの鼻から流れ出るその鮮血を止めるべくつっぺになるようなコトンを取りに一旦カーテンをくぐりその場を後にする。
ミユキはアキが上げたカーテンが完璧に落ちたことを確認すると、ゆっくりとミツキのほうを振り返る。
「ミツキ、最後に何か言いたいことある?」
その言葉を聞いたミツキは恐る恐るミユキの顔を見返す。その顔からはミツキ自身が踏みつけたミリタリーブーツの靴底の跡とそこから流れる血。そして額から流れ出る血が伝線し鼻のもとへ流れていき顎から滴り落ちるその様は、いうところの般若のそれであった。
「そ、その。ごめ…」
ミツキはそれを最後まで言い切ることができず、空へ舞っていく。ミツキが空を舞う途中に見えたその光景は、今まさに後ろ回し蹴りを終えたミユキの足の裏だった。
ミツキはその足が地面につくことすら見えないうちに、顔面を地面へ強打した。
「ミユキ?これでお相子ってことで許してくれない?」
ミユキの眼はいまだ死んではいなかった。
「まだだよ。だってミツキ気絶してないもん」
ミツキが顔を上げると間髪入れずミユキの固く握りしめられた拳がミツキの顔の目の前まで来ていた。
ミツキはその拳をよけることができず直に左頬へ受けてしまい再び地面へ倒れこむ。
―よし、このまま気絶したふりをしておけば、きっと許してくれるだろう。
そう考えたミツキはおとなしく気絶したふりをした。
しかし、その思惑はミユキには通用せず、ミツキは再び拳を顔面に入れられる。
「ミツキ、あんたが考えてること手に取るようにわかるわ。気絶したふりなんかしてないでさっさと立ち上がりなさい。じゃないと」
ミユキは振り上げた肘を、全体重を乗せて振り下ろす。
その肘を見切ることができたミツキは瞬時に転がりその攻撃を交わすと、ミユキの肘は医務室の床を砕いていた。
「やっぱり、気絶なんかしてなかったんだ。じゃあ、今度こそ行くね?」
ミユキの眼は獲物を捕らえる野獣のごとくミツキの姿をロックオンしていた。
―まずい、あのアマ本気で殺しに来てる。ここは早く逃げないと。
「逃げようとしたって無駄だよ」
ミユキはミツキの希望を打ち砕くようにその背中を踏みつける。
「捕まえた」
ミツキが見たミユキのその顔は。異常なほど赤く、異常なほどにこやかだった。
「やっぱり、許してくれないよね?」
「もちろん!」
ミツキはもがくことをあきらめカーテンが風でなびく医務室の窓を眺めた。そこには今にも飛び立ちそうな鳥が一羽その止まっていたか細い木の枝から羽ばたこうとしていた。
その鳥が飛び立とうと羽を広げるのと同時に、背後から冷たい声が聞こえた。
「はい、じゃあ、お休み」
ミユキが後頭部めがけて拳を振り下ろす。ミツキは後頭部から伝わる鈍い痛みが脳全体へ行渡るのを感じつつゆっくりと気を失っていく。
木の枝にとまり飛び立とうとしたその鳥は羽を広げたとたん木の枝がぽっきりと折れて地面へと落ちていった。
ミツキはこの記憶を最後に気を失った。
*
アキはミユキの血を止めるべく救急セットを用意してミユキの元へ戻ると、ミユキの足元には無残にも殴られ続けたミツキの姿、鈍器のような物で殴ったとしか考えられない床に空いた大穴。極めつけには額からも血を流し気絶しているミユキの姿があった。
「なんなのよこれ」
アキはひとまずミユキの額から出ている血を消毒しようと、コットンに消毒液をなじませ傷口へかざすと、コットンに染みていた消毒液が一滴額に零れ落ちた。
消毒液が額の傷に染みていくにつれてミユキの顔が険しくなっていく。
「こっちはまだ意識があるようね」
そう言い、アキはミツキの肩をたたくがいまいち反応がない。耳元で名前を叫ぼうが、体をゆすろうがピクリともしなかった。
「仕方ない、ミユキちゃん起こして一緒にミツキ君ベッドに運ぶとしますか」
アキは再びコットンに消毒液をしみこませ、今度は軽く絞りミユキの額に当てると、ミユキは飛び上がるように目を覚ました。
「痛ったーい!」
「やっと起きた。戻ってきたら二人とも倒れてるから何事かと思ったのよ、とりあえずミユキちゃんは無事でよかった」
「何。ミツキまだ目覚まさないの?まったく、アキさんちょっと離れていてください」
「わかったわ」
アキが数歩後ろへ下がったことを確認するとミユキは完全に伸び切っているミツキに向けて正拳突きの構えをとった。
「さっさと起きなさい!」
ミユキが気合を入れその拳をミツキへ打ち込もうとすると突如として医務室の窓から侵入してきた何者かによって阻止された。
「何!?」
ミユキが恐る恐るその拳を離し、自分の攻撃を防いだものが何かを確かめる。
するとそこには一羽のフクロウがいた。
『申し訳ありませんミユキ様』
ミユキはフクロウが発したその声に聞き覚えがあった。
「もしかしてアモン!?」
『左様でございます』
「どうしたのその姿」
アモンはフクロウながら人間のような立ち振る舞いで医務室のベッドに腰を掛けた。
『ミツキ様が伸びていらっしゃるので私が説明させていただきます。本来はミツキ様が説明すべきものなのですがなぜかはわかりませんが、ご覧のあり様なのでここでは私が』
*
アモンはアキとミユキを椅子へ座らせ淡々と説明し始めた。
『では説明させていただきます。まず、ミツキ様やトオル様、カオル様が所有する専用機体に搭載されている操縦補助人工知能。通称【Assist Brain】ここではABとしておきます。基本的に私たちABはコックビットに搭載されている小さなモニターに収容されています。しかし、万が一の事態。例えば戦闘によってパイロットの生死が危うい事態に陥った場合に緊急の策として私のこの姿のように、自然界に生きる動物を模した姿【BEAST】が与えられています』
ミユキはこの話を聞きあることを思い出す。
「アモンさん」
『なんでしょう』
「私にもこれから専用機が与えられるらしいんですが、その、私にもABが与えられるのでしょうか?」
『もちろん与えられます。今日はその話をするためにここに来ました』
「因みに何の動物ですか?」
『まだフレームしか見ていないですが、恐らく私と同じ鳥獣類タイプだと思われます』
アモンがふと視線をミユキの横へそらすと、しれっと座っていたアキが手を挙げていた。
「あの、いいですか?」
『なんですか?』
「先ほど言っていた、『私と同じ鳥獣類タイプ』と言っていましたが、ほかにも何かいるんですか?」
『そうでしたね、アキ様は普段ここから出ないので見たことが無かったですね。それにミユキ様も着任早々天使が襲撃してきたため姿は見たことが無かったですね』
アモンの眼が怪しく光ると、ベッドをスクリーン代わりにテキストを投影する。
そこには大まかに三種類の動物が映し出されていた。
『まず、ここには犬が代表例として挙げられていますがこれが【哺乳類型】です。基本的に犬や猫などの姿を模しています。彼らは陸上での生活が主になります。それに加えて彼らは私たちの中でも、随一の危機管理能力が備わっています』
「トオルのジークとカオルのアテナがこの型だ」
いつの間にかアモンの隣にミツキが座っていた。
『ミツキ様!もう起きて大丈夫なんですか?』
「なんとかな、まあ多少頭が痛いぐらいだ」
そう言い、ミツキは白い眼をカオルに向ける。
カオルは下手な口笛を吹きつつミツキからの目線をそらした。
「まあいい、簡単に言うとジークがハスキーで、よく鼻が利く。そしてアテナがアメリカンショートヘアの形だな。といってもアテナはちょっと特殊で自由自在に姿を変えることができる。つまりアテナは形が定まっていないんだ」
形が定まっていないというその言葉に違和感を感じつつも一同はそのまま話を聞き続けた。
次にアモンは片足をフクロウの写真のもとへ移動する。
『次にこの【鳥獣類型】です。こちらは私やミユキ様のもとへ配属になるABがそれに分類されます。私たちは【哺乳類型】に比べて地上での活動や危機管理能力は劣りますが、その分飛行能力が備わっており、空からの偵察などに優れています』
「と言ってもアモンは偵察以外にも特技がある」
「と、いうと?」
ミツキはアモンの頭をたたく。
「見せてやってくれ」
『わかりました』
アモンが返事を返すと、アモンの姿が一瞬にして見えなくなる。
「消えた!」
「いいや消えたんじゃない。こいつは光学迷彩を張ることができる。アモン、もういいぞ」
ミツキがアモンへ合図を送ると見えなくなっていたアモンの姿かミユキたちの眼に見えるようになった。
『このようにBEASTの中でも特殊能力を持つものが多くいるわけで…』
「待って!これは何?」
アモンが切りよく説明を閉めようとするとそれを遮るようにミユキがもう一つの種類に指をさす。
そこにはサメのような生き物が描いてあった。
『それですか、それは一応【魚類型】と言い、現段階では日本に所属はしていませんが海外でABFと共に戦力として重宝されています』
「この【魚類型】には特技とかないの?」
アモンは人工知能らしくなく長考してしまった。
「い、いいのよ答えられなかったら」
『いえ、存じてはいるのですが実際にお会いしたことはなくて。聞いたところによると彼らは私たちの数十倍の大きさを持っているとのことです』
「なんだか無理させちゃったみたいでごめんね」
ミユキが謝るとその場に微妙な空気が流れてしまう。しかしその中でもアキだけはその空気にのまれず一人考え事をしていた。
「アキさんどうしたんですか?」
ミユキの呼びかけにすら反応を示さず、暫し考え事をしていたアキが何かを思い出したかのようにミツキへ問いかける。
「そういえば、この前。医務室の前でハムスターとカラスも見かけたんだけど、それもそのビーストってやつなの?」
「ああ、恐らくハムスターが司令で、カラスがミサキのだな」
「見かけによらず可愛いのだったり、鋭いのだったり、見た目とパートナーが一致しないわね」
ここでミユキに一つの疑問が生じた。
「でもさミツキ」
「なに?」
「その二人はパイロットじゃないよね?」
「確かにそうだな」
二人が疑問に思っていると医務室のカーテンの隙間からモリタが入ってきた。
「ちょうどいい所に、モリタなら分かる?」
「何がだ?」
「ミサキと指令がなんでBEAST持ってるのかってことです」
モリタの口からは驚きの回答が飛び出した。
「あの二人は元々パイロットだったんだよ、と言っても空軍のな」
三人はその回答に驚き思わず大声で盛り上がってしまう。
「そういえばあんたがここに来たってことは、向こうで何かあったんだろ?」
ミツキの問いかけに対してモリタは冷静に口を開いた。
「ミツキ、お前が捕まえた捕虜が何者かの手によって脱走した」
にぎやかな三人の休息はその言葉をもって即座に終了した。




