Dream.28 禁断の獏 〈4〉
月の出総家別館、中庭。
「“大玉転”」
「“曙”」
朔十が放った大玉を、朝海が朝力の壁を張って弾き飛ばす。戻って来た大玉を軽々と跳び避けた朔十は、朝海へとさらに右手を向けた。
「“月光”」
朔十が放つ夜力の塊に、朝海が眉をひそめる。それは修夜が使う技と、まったく同じものであった。月光に撃たれて朝力の壁が砕け散ると、朝海はその場から去ろうと飛び上がる態勢を整えた。
「“綱引き”」
「あっ!」
朔十の左手から伸びた綱が、朝海の足を絡め取り、その場で朝海が態勢を崩す。立ち上がることも出来ていない状態のそこへ、朔十の月光が勢いよく直撃した。
「どうした? こんなものか? 日の出の神子の力は」
伸ばした綱を手元に戻しながら、余裕すら漂う笑みを浮かべて、朔十が前方へとどこか見下すように問いかける。朔十のその視線の先では腕や足に傷を負った朝海が力なくうつ伏せに倒れ込んでいた。
「う、うぅ」
少し苦しげに声を漏らしながら、朝海がゆっくりと上半身を起こす。
「さっきの夜力に、その印……」
日の出の印が額に輝く顔を上げ、鋭い視線を朔十へと向ける朝海。
「何故だ? 何故君が、月の出の印を持っている?」
朝海が疑問の声を向けたのは、朔十の額で青白く輝く月の出の印についてだった。その印は朝海もよく見覚えのある修夜が持つものとまったく同じもので、先程見せた月光といい、朔十も纏う夜力は、三奈や他の十二暦家の者たちの夢喰寄りの夜力とは明らかに異なっていた。
朝海から向けられたその問いかけに、朔十は一層鋭く微笑んだ。
「夢を見たからさ」
「夢?」
思いがけないその言葉に、朝海が思わず眉をひそめる。
「そう、夢」
もう一度大きく頷いた朔十が、ゆっくりと夜空を見上げる。
「遥か昔、十二暦家で唯一、月の出の神子になる資格を剥奪された神無月一族は、それから延々夢を見た。“神子になりたい”と、夢を見続けた」
長い時を示すようにゆったりとした口調で、朔十が言葉を続ける。
「そして長い夢見る日々の末、一族の夢は形となり、俺は神子の力を得た」
「そんなことが……」
あまりにも信じ難い朔十の言葉に、朝海が険しい表情となる。
「疑うか? まぁ無理もない。なら、信じさせてやろう」
そう言って朔十が、朝海へと右手を向ける。
「“御夜棲魅”」
「あっ……!」
朔十の右手から放たれる強い夜力の塊に、朝海がすぐさま焦りの表情を見せる。日の出の印を輝かせた朝海は、すぐに地面につけていた両手を挙げた。
「“御破夜宇”!」
両手から強い朝力を放って、朝海が何とか朔十の夜力を弾き返す。弾き返した時の衝撃が強かったのか、朝海の手のひらは真っ赤に腫れ上がっていた。
「今のは間違いなく、月の出の神子にしか出来ない技」
「どうだ? 信じる気になったか?」
朔十からの問いかけに、両手のひらを見下ろしていた朝海が再び顔を上げる。
「君は本当に、月の出の神子のようだな」
「ああ。ただの人間を神子へと変えた。これが、どれほどに大きな夢かわかるか? 日の出」
そっと両手を上げて、自らを指し示すように前へと持っていく朔十。
「それほどに我が一族の、神子剥奪の恨みは深かった。そして俺は今、一族すべての夢を背負い、月の出の神子の力を手にした」
得た力を示すようにまた、額の印を輝かせる朔十。
「だからこそ俺には、一族皆の夢を叶える責任がある。月の出一族の上に立ち、日の出を討つ。そしてこの世界を俺たち月が、神無月が支配するんだ」
「日の出を倒したくらいで、世界を支配なんて出来るわけがない」
自身の一族を否定するように、朝海がすぐさま言葉を返す。
「日も、月や小さな星と同じ、空に輝く光りの一つ。日を消したところで、この世界が君たちのものになるなんて道理は」
「だが日がなければ、人々は夢から目醒めない」
朝海の言葉を遮るように、朔十もすぐにまた言葉を発した。
「俺が目指す世界を教えてやろうか? 日の出」
鋭く笑みを見せた朔十が、まるで試すように問いかける。
「俺が目指す世界は、すべての人間が夢を見続けられる世界」
「すべての人間が、夢を見続ける?」
朔十の言葉の真意がわからず、朝海が戸惑いの表情で繰り返す。
「つまり、すべての人間が夢喰化した世界だ」
「なっ……!?」
その朔十の言葉に、朝海が大きく目を見開く。
「月の出の神子の力を得てから、俺は夢喰化について色々と調べて来た。十二暦家の連中を使って夢喰化人間も作ってみたが」
朔十が冷え切ったその視線を、少し離れたところで横たわったままの三奈へと向ける。
「あれはダメだな。自我が消えていないせいで、夢を消すまいとする心が働く。使えなかった。やはり夜の世界を彩るのは、ただの夢喰が一番だ」
「夢喰だけの世界なんか創って、どうするつもりだ?」
「決まってるじゃないか」
当然とばかりに言い放って、朔十が再び朝海を見る。
「競わすんだよ。どいつのどの夢が一番強いかを、夢喰同士を潰し合わせることでな」
響く朔十の声に、一層険しい表情を見せる朝海。
「そして、一番強い夢を持った夢喰を俺が倒す。そうすれば俺の夢が、神無月一族の夢がこの世界で最も強いことが証明される。フフ、フハハハ!」
高笑いを見せる朔十とは対照的に、朝海はどんどんと厳しい表情となっていく。否定することすら躊躇われるほどに自己中心的な朔十の夢に、朝海は何も言葉を発することが出来なかった。何を言ったところで朔十には通じないということが、すでに理解出来ていた。
「その夢の実現の為には、人間を夢から醒ますお前たちが邪魔なんだよ。日の出」
朔十がまた朝海へと右手を差し出す。
「“襷掛け”」
「ううぅ!」
襷のように朝海の右肩に巻きついた細長い黒光が、そのまま先端を地面へと突き刺して、朝海をしゃがみ込んだ状態のまま、その場に釘づけにする。
動きを止められた朝海のもとへと、ゆっくりとした足取りで歩み寄っていく朔十。
「目が眩むほどに煩わしい光り」
朝海のすぐ前に立った朔十が、朝海の額に輝く印へと右手を伸ばす。
「消え失せろ」
朔十が笑みを止め、冷たい声を響かせる。
「“皆既日蝕”」
そっと伸びた朔十の右手人差し指が、朝海の額の日の出の印へと当たる。当たった朔十の指先から夜力の黒光が一瞬見えたかと思うと、朔十はすぐに指先を離した。
「何、だ? あっ」
朔十の謎の動きに戸惑いの表情を見せていた朝海が、全身に纏っていた朝力が徐々に体から漏れ出し、朔十の方へと流れていくことに気付く。
「朝力が? これは一体っ」
朝海は何もしていないというのに、勝手に朔十のもとへと流れ出していく朝力。しかも朝力は朔十のもとに向かう途中に自動的に夜力となって、自然に朔十のものとなり吸収されていく。
まったく制御のきかない自らの朝力に、焦りの表情を見せる朝海。
「皆既日蝕」
そう言って少し後ろに下がり、朝海との距離を開いた朔十が、懐から取り出した小さな鏡を朝海へと向ける。鏡に映し出された朝海の額の赤い太陽の印が、徐々に黒色へと染められ始めていた。
「日の出の印を夜力で染め上げ、日の出の神子の朝力を奪う技。俺が編み出した。水無月の連中には考えつきもしないような技だ」
朔十が得意げに微笑み、鏡を懐に戻す。
「今こそ、日を食らう時。さぁ終わりだ、日の出!」
堂々と言い切る朔十に、朝海が厳しい表情を見せる。襷に動きを封じられたまま、朝力を奪い取られ続けながら朝海が深く俯き、どこか考え込むような表情を見せる。
考えを巡らせる朝海の視界に入ったのは、自身の右手であった。先程夜力を跳ね返した際には少し腫れていたが、今は元通りの肌の色に戻っている。その右手を見つめると、気難しげだった朝海の表情が止まった。
「……日蝕は、日の出の印にのみ有効な技か?」
少しの間を置いた後、俯いた状態のまま朔十へと問いかける朝海。朝海の問いかけが予想外のものだったのか、朔十は少し眉をひそめた。
「ああ、そうだ。月は月を食らえないからな。この技は月の出の神子には通用しない」
「獏には?」
「獏にも通用しない。獏の持つ紋は神子の印と対になっているもの。印の光りを封じない限り、紋は輝きを失わないからな」
朝海の問いかけに、朔十が躊躇うことなくすらすらと答えていく。
「そんなことを今聞いてどうする? 言っておくが、お前の仲間の月の出の神子や日の出の獏が来たところで俺に勝つことなど」
「そうか。獏には通用しないのか」
朔十の言葉を遮るように声を発した朝海が、すぐに顔を上げ、額に浮かび上がっていた日の出の印を掻き消す。印が消え、朝海が全身から発していた朝力が消えると、朝海から朔十へと流れていた朝力も止まった。
「力を奪われるくらいなら使わないとでも言う気か?」
印を消し去った朝海に一瞬戸惑いの表情を見せながらも、朔十がすぐに挑戦的な笑みを朝海へと向ける。
「だが、神子の朝力を使わなければ、俺がお前を消すことが容易になるだけだぞ」
「朝力は使うさ」
もう一度朔十の言葉を遮って、朝海が堂々と言い放つ。
「“神子の”じゃ、ないけど」
そう言って朝海が、右手のひらを朔十の前へと突き出す。
「何っ……!?」
そこに刻まれた黒色の紋に、驚きの表情を見せる朔十。
「あれは、日の出の紋?」
朔十が困惑の表情を見せる中、朝海が紋の刻まれた右手のひらに左手を擦り当てる。
「起きろ」
紋から放たれる、眩いばかりの金色の光。
「“青”」
光りの溢れ出るその手のひらを、朝海は勢いよく地面に付けた。
「ううぅ……!」
「旭っ!?」
突然、額を両手で抱え込むようにしてその場にしゃがみ込む旭に、盟治が慌てて駆け寄る。
「旭さん!?」
「どうしたのです?」
額を強く押さえたままの旭に、晃由や小夜子も皆、心配そうな表情で歩み寄る。
「旭っ」
「行けません……、朝海っ」
盟治に両肩を支えられながら、少し震えたような声を漏らす旭。両手で押さえ込まれた旭の額では、日の出の印が戦闘の時よりも激しく輝きを放っていた。異常なほどに輝きを増す日の出の印に、盟治や晃由がただならぬ事態を感じ、険しい表情を見せる。
「貴方はもう、神子になることを選んだっ……。貴方はもう獏ではない。獏ではないのですよ!」
旭の必死の声が、静かな夜空へと響き渡った。
同刻、月の出総家地下部屋。
「フフフ!」
「浅見さん?」
大吾を救い、七緒を倒して、戦闘を終えたというのに、再び背中から巨大な黒い翼を生やす硝子に、修夜が戸惑いの表情を見せる。大きく首を伸ばして上方を見上げる硝子の瞳は、一瞬にして真っ赤に染まっていた。
「やっと、やっと逢えた」
何かを求めるように、硝子が上へと大きく両手を伸ばす。
「“青”!」
「これは」
朝海が右手を付いた地面から、金光がどんどんと広がると、辺りの地面は一面光りに包まれ、まるで波打つように揺らめいた。
「何だ? 一体、何が……、ああっ!」
足元を見回しながら戸惑いの表情を見せていた朔十が、前方に視線を移した途端に大きく目を見開く。座り込んだままの朝海のすぐ前、波打つ金色の地面から、ゆっくりとその巨大な頭を出していく一頭の獣。巨大なその姿が徐々に明らかになると同時に、地面から這い出た鋭い瞳がまっすぐに朔十を睨みつける。
「あれは、獏?」
朔十が一層険しい表情で見つめる中、金色の海から姿を見せたのは鮫のように鋭く尖った背びれを持った、鯨のように巨大な一頭の獣であった。獣がその大きな尾ひれを振り上げると、金光がまるで水飛沫のように噴き上げる。
その水飛沫が朝海に振りかかると、朝海の動きを封じていた朔十の襷が砕け散った。
「さぁ、行こうか」
ゆっくりと立ち上がった朝海が、その獣の巨大な尾ひれを一撫でする。
「青」
朝海の呼びかけに、青と呼ばれた獣は激しく咆哮をあげた。




